シスコン馬鹿が人生どん底の中異世界転生したので、向こうで妹ハーレムを作って青春やり直します。

加藤裕也

プロローグ

第1話「妹は神です」

 妹を軽視する作者はゴミ。妹に非はない。

 創作物に高確率で登場する妹という存在。その、ただ妹という属性が人気であるが故に与えられているその称号に、憤りを感じた事は無いだろうか。

 それは本当に妹であって良かったのか。別に妹にする必要は無かっただろう。

 この主人公に妹が居る設定を忘れているのでは無いか。

 はたまた、弟でも良かったのでは無いかと。

 その、大して登場もしないのにも関わらず、妹属性のキャラを入れといた方がいいなんて浅はかな考えの元生み出された妹キャラに、様々な疑問を抱いた事がある諸君。我々は同志である。

 が、しかし。それによってその妹キャラを嫌いにはならないで欲しい。いくら理想を重ねた妹キャラであろうとも、明らかに現実離れしたキャピキャピキャラとなっていようとも、それは妹の所為では無いのだ。寧ろ、その子は被害者であり、それを不憫に思い更に愛情が増すというものだ。

 結局、何が言いたいのかと訊かれると。


「妹を軽視する作者はゴミ!妹最高!」


 薄暗い部屋。目の前のモニター画面からの光と、ただカッコいいからという理由で機能性も確認せずに購入したキーボードの明かり。そして、その隣に置かれた、これまたカッコいいからという理由で購入したニキシー管時計の光が彼を照らす。

 小太りで短髪、そのくせして伸びきった髭を放置している高校生。後藤駿ごとうしゅんは、電子書籍に目を通しながらそんな事を叫んだ。


「何考えてんだこの作者は!?こんな簡単に普通妹殺すか!?分かってねぇ!マジ分かってねぇぞこの作者!妹の死が、ただ主人公とヒロインの関係値が深まるだけのイベントと化してるじゃねぇか!?もっと苦しめよ主人公!お前兄だろ!?」


 机を強く叩き、駿は頭を両手で抱えて椅子の上で踏ん反り返った。

 六年前。ある事をきっかけに駿は不登校になり、その後中学校にも行ける筈も無く、現在は引きこもりに成り果ててしまった。そんなクソの様な人生だが、一つだけ、希望があるのだとするならば、それは妹である。

 不登校になってから三年後、駿は創作物を読み漁り、視聴する内に妹という属性に心を奪われた。当たり前だが、現に彼に妹は居ない。それ故の昂まりというものなのだろう。

 妹。それは、一番近い存在でありながら、どこか遠い存在。

 関係性にもよるが、妹との恋愛は色々と問題があるため本格的な恋愛としてそれを題材にするには難しい。故に、リアルとはかけ離れた作品に良く見られる設定であるが、駿の好きな「妹」は、ヒロインとして登場する妹だけでは無い。

 先程の様に、モブの様な扱いを受ける妹。主人公だけでは無く、モブキャラの妹。妹が居るという設定だけで登場すらしない妹。更に、もう既に画面外で亡くなっている妹にすら、愛情を感じるのだ。


「...はぁ、」


 深く、ため息を吐く。こんな事をしていても、何も変わらない。妹属性について考えている時だけは全てを忘れられるものの、それを越えた後はこの様に、現在の自分の立場を理解し、現実にため息を吐く。いわゆる、賢者タイムってやつだろう。何がトリガーになっているかは不明だが。


「...暑いな、、何か飲むか、」


 低くそう呟いたのち、駿は立ち上がり、その薄暗い部屋を後にする。

 ギシッギシッと。古びた階段を降りながら、家の中を見渡しまたもや息を吐く。

 両親は共働き。引きこもりの駿には、とても手を焼いている様子だ。


ー悪いな、、母ちゃん、父ちゃん。...俺のせいでー


 駄目な自分への自己嫌悪を感じながらも、外に出るつもりは無かった。いや、その両親に対しての罪悪感も、偽善なのかもしれないが。

 駿はそんな事を考えながら冷蔵庫の炭酸飲料を口に含み、部屋へと戻ろうと足を踏み出す。

 が、しかし。


「!」


 近くで、防犯ブザーの音が響いた。それにハッとした駿は、目の色を変える。駿の家は、田舎の細い道を行った先にあった。そのため、既に夕方を過ぎた現在、街灯すら少ないこの場所は危険な場所なのだ。

 嫌な予感が駿の脳裏に浮かび、冷や汗が噴き出す。

 どうする。

 手が震える、足がすくむ。体が言う事を聞かない。

 だが、防犯ブザーは数十秒間鳴り続いた。間違えたにしては長い気がする。いや、もし間違いだったらどうする。それで恥ずかしい思いをするのは自分だ。

 そんな事をするために、外に出るなんて、間抜けがする事だ。そうだ、その通りだ。

 そう、思ったが、しかし。


「クッ!」


 駿は、思わず玄関のドアを開けた。


「もう二度とっ、あんな事にはっ!」


 駿は、服装など気にせず、部屋着のまま飛び出し走り出した。先程ブザーが聞こえたのはどちらの方向だっただろうか。そんな事に思考を巡らせながら、その場所であろう路地裏へと足を踏み入れた。

 その瞬間。


「がっ!?」


 全身に激痛が瞬時に駆け巡る感覚と共に、駿の意識は遠のいた。


「しっかりして!」

「お母様、少し離れていてもらえますか?」

「駿!いやっ!駿!目を覚まして!」

「お母様っ、離れてください!」

「これは、、酷いですね」

「出血が酷い、、やれる事はやりますが、」


 遠くで、声が聞こえる。

 何を言っているだろうか。聞こえそうで聞こえない。いや、声は聞こえているが、言葉として脳が認識してくれないのだ。

 凍った場所に閉じ込められている様な感覚。自分の体が、自分で無い様な感覚。

 ああ、そうか。これが、死か。


「ああっ!駿!しっかりして!」


ーごめん、、母ちゃん、、こんな、息子で、、父ちゃんも、ごめん。辛いのは、みんな、一緒だったのにー


 ほんの僅かに、まだ脳で考える事が出来た駿は、ああ。死は、こんなに苦しいのかと。"あの時"を思い返しながら息を引き取った。



「こらっ!また勝手に魔導書を読んだわね?駄目よ。これを読んでいいのは、成人してからなんだから」

「え?」


 先程、死んだ筈だ。あの苦しさは本当の筈である。ならば、この光景は何だ。

 目の前には、金髪で髪の長い美しい顔立ちの女性が、しゃがみ込み怒っている様子であった。いや、これは怒る。と言うよりかは叱っているのだろうか。だが、そんな事はどうでもいい。

 これはなんだ。走馬灯だろうか。いや、こんな記憶は無い。どこかのドラマにでもこんなシーンがあったかと。記憶を辿るものの、見た作品はアニメ映画、ドラマ共に既に把握しきれない程あるので、確信は持てなかった。ちなみに、視聴する作品には少なくとも妹が居る。


「え?じゃないの!これは駄目!駄目だからねっ!」

「な、なんでよっ。別に、読むくらい」

「駄目なものは駄目なんです!エル!」

「だからどうしっ、、って、え?」


 本を取り上げ踵を返し、その場を後にしようとするその女性を追いかけようとした時、体の感覚がおかしい事に気づく。そのまま、駿はおぼつかない足取りで鏡の前にまで足を進めると、それを見てーー

 ーー絶句する。


「な、何だこりゃあ!?」


          ☆


 どういう事だ。意味が分からない。鏡に映っていたのは、とても小さい男の子であった。だが、その男児にも先程の方同様綺麗な金髪寄りの茶色の髪が生えており、何となく親子である事が予想出来た。

 それと共に、駿は考える。

 何者かに殺害された駿。彼は、確かに一度亡くなり、気づいたら見た事の無い場所に、別人となり存在していた。マズいぞ。

 思わず、口元が綻んだ。これは、ひょっとすると、そういう事なのでは無いかと。


「まさか、、転生モノ!?」


 笑顔で、その金髪の男の子は立ち上がり声を上げた。夢の異世界転生。こんな別世界が存在していた事にも驚きだが、それが自分の身に起こるなんて。

 それを理解してからは納得も早かった。どうやら、駿の名前はエルマンノ・ヴァラントラと言うらしい。どこかイタリアチックなネーミングや、容姿から、一度は異世界モノでは無くただの転生かと考えたものの、先程の魔導書と言い、外にはドラゴンが飛んでいたので、異世界で間違い無いだろう。

 今日から皆、エルマンノと呼ぶように。

 そんな誰に言っているのか分からない事を心中で呟きながら、エルマンノはふと一つ疑問を抱く。

 エルマンノは、四歳という事であった。おぼつかないものの、歩く事は出来るし、言葉だって少ないが話せる。転生と言うならば、普通は産まれてくる瞬間から始まるものでは無いだろうか。そんな事を思ったものの、前世の記憶のある少年は、物心ついた時に思い出すという話があった気がする。故に、今までの〇歳から三歳の期間は記憶が戻っていなかったのだと推測する。両親への対応も、別段普段と変わらない様子であり、突然言葉遣いが変わったとも取られていない様なので、恐らくはそういう事なのだろう。駿の記憶の無いエルマンノの三年間は少し気になったものの、そこまで考えると同時に目を見開き、エルマンノは重要な事を思い出す。


ー異世界転生。つまり、これは二度目の人生って事だろ、?って事は、、つまりー


「お母様!」

「ん?どうしたの?エル?」

「妹が欲しいです!」

「ブーッ!?」


 思わず、母は何かを吹き出す。なんだ、何も口には含んでいなかった筈だ。


「んー?ちょっと今はキツイかなぁ」


 四歳という力を使った問いかけに、母は苦笑しながらそう返す。恐らく、駿がそれを言ったら家を追い出されていた事だろう。転生、最高だ。


「体力?」


 わざと、わざとらしく見えないように首を傾げた。見たところ、まだお若いお母さんだ。年齢的なものというよりかは、エルマンノを産んだ後という意味か、はたまた金銭的なものだろう。

 そんな、現実的な妄想をする中、母は笑顔で頭を撫でた。


「そっかぁ、、エルは兄弟が欲しいのね、」

「できれば妹!」

「そ、そ、そっかぁ」


 やばい事を即答で返すエルマンノに、母の笑顔は苦笑に変わる。そろそろ子供の権限を使用し本性を口にするのはやめた方がいいかもしれない。そんな事を思う中、母は続けて小さく放った。


「でも、それはお父様には言っては駄目ですよ?」

「え?なんで?」

「駄目なものは駄目です!」


 何故駄目なのだろうか。夜が忙しくなるからだろうか。こちらとしては本望だが、確かに寝ている間に音が響くのは、現世で親戚がマンション暮らしだったのもあり良い印象はない。睡眠を邪魔してしまう恐れがあるからだろうか。それ程までに声が大きいのだろうか。それはそれでこちらとしては捗るのだが。

 エルマンノは想像をしてそう思うものの、何故か興奮自体はしなかった。これこそ、血が繋がっている証拠なのだろう。

 なんとも残念だ。

 だが、そう簡単に諦めるわけにもいかないのだ。こちらだって、二度目の人生。意図的では無かったものの、命をかけてここにいるのだ。故に、この機会に妹という存在を逃してどうする。

 エルマンノは、異常者なりに努力家だった。自称だが。


「すみません父様。妹が欲しいです」


 数日後。とうとう禁断の行為をする事に成功。緊張はしたものの、それを口にした瞬間訪れたそれは達成感であり、確定演出を前にした瞬間と似ている。

 すると、同じく茶髪パーマのイケメン。父は、一度目を瞑ったのちしゃがみ込みエルマンノの目の高さに合わせて告げた。


「...そうか、、妹が欲しいんだな」

「...は、はい、」

「それなら期待に応えられる様頑張らなきゃいけないな」

「っ!はいっ!」


 物分かりがいい父親だった。正直見た目は正統派イケメンであるがためにいけ好かなかったものの、会話は誰よりも合う相手である。

 父の言葉に、エルマンノはぱあっと表情を明るくして元気に頷く。するとそののち、父は改めてエルマンノに目を合わせ問う。


「ちなみに、妹がいいのか?」

「はい!妹が良いです!」

「そうか、遺伝子的に問題があるから、避妊はしろよ?」

「任せてください!」


 そう。これが父である。黙っていれば圧倒的格好良さと、力の強さがあるのにも関わらず、口を開くとこの調子。やはり少々こういう人間の方が好かれるのだろうか。少なくとも、エルマンノの心は掴めてはいるだろう。何処ぞの異世界転生主人公の父親そっくりである。

 故に、エルマンノは期待する。この様な父であれば、そう遠くない内に妹が誕生するかもしれないな。そんな淡い期待を込めて、エルマンノは庭に飛び出した。


          ☆


「よしっ!」


 あれから数ヶ月。やはり兄なる者、力が無くては問題だ。いざという時に妹を守れてこその兄であり主人公。エルマンノはそれを思いあの日から毎日魔法の特訓をしていた。

 この世界にも当然魔力や魔法の概念があり、以前母から取り上げられた魔導書なども存在する。その後も母の目を盗んではその書物を読み漁り、この世界の常識を頭に叩き込んだ。

 まず第一に、魔力というものが人には存在しており、その量によって魔法が撃てる数や大きさも変化するという。言わば、MPってやつだろう。

 だが、安心してくれ。エルマンノは異世界に転生した身。故に、何か特殊な力があったり、常人とは思えないステータスを持っているのが一般的である。そのため、魔法なんて一瞬で会得する事が可能だと考えていた。

 初めて庭で魔術を使用した日。エルマンノは手からガスバーナーレベルの火を僅かに出すのみでぶっ倒れた。これは、良くある事である。初めの一日目なんて、こんなものだ。こういうのは毎日積み重ねる事に意味がある。魔力もそれで増える可能性があるし、肉体強化となんら変わらない。

 と、思っていたのだが。


「あ、あぁ」


 二ヶ月が経った現在、またもや同じく少量の炎でぶっ倒れた。


「なんだよこれぇぇっ!」


 思わず声を荒げた。いや、話が違うだろう。こういうのは幼少期に会得するものでは無いのか。いや、そうに決まっている。まず、現世でもそうだが歳をとってから会得するのには難易度が上がるだろう。幼い頃に一気に開花させるのがベストな異世界ライフ。なのだが。


「これじゃあ、、還暦する頃にやっと魔法が使いこなせる様になるレベルじゃないかよ、」


 思わず可愛らしい声音で現世の話し方が飛び出す。このままでは問題だ。もっと努力しなくてはと。

 エルマンノはそれからというもの、更に訓練の時間を増やし、それと同時に魔力の勉強の時間も増やした。たまに、母に魔導書を読み漁っているのがバレた事もあったが。


「ちょっとエルマンノ!何やってるの!?」

「ご、ごめんなさい、」

「これは成人になるまで駄目って!何度も言ったでしょ?」

「ごめんなさい、」

「理由を聞かせて頂戴!」


 この魔導書とやらは、もしかするとエロ本なんですか。そう訊きたくなる様な叱られ方である。そういえば、現世でも昔に似た様な事があった。その時は恥ずかしさに寝込んだが。


「...その、、魔術を、、覚えたかったんです、」


 エルマンノは正直に、そのままの気持ちを母に告げた。別にやましい事は無いのだ。隠す必要は無いだろう。そう思って放った言葉に、母は悩む素振りを見せた。


ーあれ?なんか言っちゃいけないやつだったか、?ー


 そんな不安が過る中、母は分かったとだけ放ち、魔導書をエルマンノに渡した。


「...エルの思いは分かった。...でも、、これは危険なものなの。だから、あまり一人でやろうとはしないでちょうだい」

「...わ、分かった、」


 エルマンノは酷く反省した様子でそう頷くと、ありがとうと零しその本を受け取った。

 だが残念。昔から悪ガキの駿。では無く、エルマンノは、そんな事をそっちのけで魔法の訓練を続けた。と。


「っ!よしっ!今日はいつもより多くの炎を出せたっ!これならもう少しいけるかもしれない!」


 やはり、根性で繰り返せば魔力も増える様だ。たまに命の危険を感じる事もあったが、エルマンノの日課となっていたため、訓練に対しての億劫な気持ちは微塵も無かった。

 と、それから一年が経ち、五歳になったある日。母から突如告げられた。


「...エル、これからは、施設に行って欲しいの、」


ーなっ!?俺っ、施設送り!?ー


 何かしただろうか。別段何かをやらかした事は無い。施設送りになる程の魔力なんて持ち合わせていないし、一人だけ異質な存在であるなんて兆候も現れていない。ならば、一体何故。そんな事を恐れながら、母に言われるがまま連れて行かれた。そんな先はーー


「...」

「ここよ!」


 ワイワイと元気に騒ぐ子供達。泣き出す子供を宥める大人の女性。ああ、これは間違い無い。


ーなんだ、保育園かー


 施設と言うから焦ったものの、どうやら保育施設だった様だ。話によると、母親も働きに出るという事である。それ故に、どこかに預ける処置を取ったと。そういうことだろう。

 そんな冷静な考察をする中、エルマンノはハッとする。

 幼い女児が多くいるこの場。もしかすると一人くらい妹が居るかもしれないと。

 そう、エルマンノは他人の妹であろうが、何でもいいのだ。


「初めまして、エルマンノです!今日からよろしく!」

「よっ、よろしくねっ!」

「エルマンノ君って言うんだ!私はシエル!よろしく!」


 天国かここは。こんな可愛らしい女の子に囲まれて、通報もされないこの状況。やはり、転生最高。一応言っておくが、ロリコンでは無い。


「おおっ!なんか体つきいいじゃん!」


ーなんだその一言目は。BLか?ー


「なんかスポーツでもやってんの?」

「俺のパーティに来ても良いんだぜ!」


 男は下がってろよ。エルマンノは張り付いた笑みを浮かべながら脳内で呟いた。


「パーティ、?」

「ん?知らないのか〜っ!じゃあ、この俺、ダニエルが教えてやるよ!」

「いや、いいかな」

「なぁっ!?」


 残念ながら弟に興味はない。恐らく、この世界にもパーティという概念があり、クエスト等も存在するのだろう。この子達がギルドに申請しに行ってるとは思えないため、きっと勇者ごっこでもしているんだろうな。なんとも可哀想な子供だ。


「お、俺はこう見えてもパーティリーダー!勇者の一族だぞ!」


 おお。ここまで来ると流石にイタくなってきたぞ。だが、前世に中二病を理解されずに辛い思いをした黒歴史があるエルマンノは、あえて目を剥き頭を下げた。


「なっ!?そ、その様なお方だとはつゆ知らず、申し訳ございませんでした!」

「ん?あ、ああっ!そうだ!それでいい!」

「是非とも、そのパーティというものを教えていただきたく思います!」


 現世で培った下手に出る営業力。小学校時代に得ておいて良かったと。そんな事を思いながらダニエルのクソ長い話しを、やらなきゃ良かったと思いながら聞き流したのだった。


          ☆


 あれから数週間が経ち、保育園生活にも慣れたある日の放課後。以前のダニエルの話を要約すると、予想通りこの世界にもパーティというものがあり、ギルドに貼られるクエストをクリアしている冒険者がいるらしい。いかにも異世界転生っぽい。能力が開花したら是非とも俺tueeeムーブかましたい。

 そんな事を妄想して微笑む中続々と、恐らくここの子供達の母親であろう人物が現れた。それに釣られて入り口付近にエルマンノを含めた男性陣はゆっくりと向かう。

 うん。やはり、良い。

 陰から覗くエルマンノはニヤリと微笑む。正直、保育園の子供達よりも母親目的で来ていると言っても過言ではないだろう。人妻でも、年上でも妹であれば妹だ。ただ単に年下が好きな変態では無い。それは理解してくれ。その変態は、俺とはまた違うベクトルの変態だ。

 そして、そんな母親の中でも特に目を惹く人物が居る。それはーー


「うぎゃぁぁぁ、うぎゃぁっ!」

「あらあら、どうしたの、?またお腹減っちゃったの?」


 ーー赤ちゃん連れだ。

 イズンの母親フレイヤ。いつも放課後になって直ぐに現れる方で、普段からその赤ちゃんを連れて来ているのだが、イズンの話によるとその子は弟らしい。許せない。

 だが、問題はそれでは無いのだ。そう、赤ちゃんというものは予測不可能。保育園でも乳を欲しがる瞬間がある。そうだ。今見ずにどうする。

 エルマンノは目つきを変える。いや、彼だけでは無い。保育園に残っている男子全員が前のめりになる。

 よし、良いぞ。

 母親は抱っこしていた赤児をゆりかごの様に抱え方を変え、ゆっくりとーー

 ーー哺乳瓶を取り出した。


「ふざけんなよ!」

「あれぇ?みんなぁ。こんなところで何してるのかなぁ?」

「よし!みんなっ!逃げるぞ!」

「あっ!ちょっ、ちょっと、、もぉ、」


 いつの間にか先生に背後を取られていた一同は、それに気づくと共に慌ててその場から逃げ出した。

 そんな皆の後ろ姿に手を伸ばす先生は可愛らしかった。さらっと聞いてみたところ、妹が居るらしい。リーチはかかったが、故に先生自体は姉なので一歩及ばずだ。残念。

 それからというもの、エルマンノは少し本能のままに行動し過ぎたのか、先生から目をつけられる様になっていった。それはそうだ。いつも夕方に来るお母さん達と先生の胸部にニヤリと微笑む異端児である。いや、異端児とは人聞きが悪いな。そんな子供が居てもいいではないか。

 だが、周りの大人は許してはくれなかった様だ。クラスの女子に言い寄りながら汝は妹かと訊きまくる様子は狂気的だったのだろう。一ヶ月後には禁止された。最悪だ、後三クラスも残っているというのに。

 そして更に最悪な事に、皆弟が居る様子だったり姉だったり、一人っ子だったり。胎児でもいいから妹をもつ人間はここに居ないのか。そう叫びたくなる程に、このクラスに妹に関係ある人物はいなかった。

 それからというもの、エルマンノはダニエルと共に訓練をしながら保育園生活をし、家に帰ってはまたもや魔導書を読み魔法の訓練を行った。

 時間がある時は全ての時間をそれに費やした。せっかくの異世界転生だ。弱い者でも、弱いなりに努力して主人公になってやる。そんな夢を常に持ち、エルマンノはそんな訓練にまみれた幼少期を過ごした。

 と、そのお陰で。



「ファイアバースト!」


 エルマンノが声を上げると、途端に手からは火炎放射器以上の炎が発せられる。


「バーニングフラッシュ!」


 その言葉と共に、今度は数メートル先の木に向かって炎の塊。言わばファイアボールが飛び、引火したそれは焼けて朽ちる。


「まだまだぁっ!ウォータースプライト!」


 更に続けて放ったそれが隣の木々にぶつかり、水の勢いによって折れる。


「いやぁ、環境破壊するのも悪くないな」


 最低な事を呟きながら朽ちた木々に向かい手をかざす。


「ヒーリング」


 その言葉と共に木の折れた部分から根が伸びて、木を結びつける様にして再生する。その一連の流れを行ったのち、エルマンノは額の汗を腕で拭って息を吐いた。


「よしっ!だいぶ、、魔力量は分からないけど、魔法の種類は相当使える様になって来たぞ」


 現在十五歳を迎えたエルマンノは、幼少期から続けた努力の甲斐あって魔法を相当使いこなせる様になっていた。

 だが。あの後、残念な事に妹を授かる事は出来なかった。故にこの世界でも妹はいない。クソ、なんて事だ。

 今思い返せば、別に妹では無い人でも、無条件で妹にしておけば良かった。そんなイカれた思想を持ちながら、エルマンノは空を見上げ決意する。


ーまだまだ異世界ライフはこれからだ。魔法も使える様になった今、俺は今からでも"自称妹"を増やす。絶対にだー


 強い思いと共に拳を握りしめる。なんだかカッコいい雰囲気だが、ただの欲望である。

 と、そんな願望を想像しながら森を歩く。十歳になった時から森で訓練をする様になり、現在は魔物も出ると言われる少し危険な森で訓練を続けていた。実際、魔物には何度も会った事がある。やはり、魔法の力を確認するには魔物と戦うのが一番だろう。現在はそこら辺に居る魔物ならば簡単に倒せる様になっていたため、この森の中だけでは俺tueee状態である。あくまで、この森の中だけだが。

 と、そんな時であった。


「やっ、やっ、やめてっ!やめてくださいっ!?やぁっ、こないでっ」

「っ!?」


 女性の声が聞こえた。ハッとし声のする方へ走ったその先にはーー


「来ないでっ!やめてっ!」


 ーー案の定魔物に襲われる、茶色でロング髪の女性がいた。

 華奢な体。服装は見たところマントを羽織っているため顔以外は分かりづらかった。だが、かなりの美少女である事は伺える。いや、この世界の住人は基本美男美女なのだが。

 そんな分析をしながら彼女を見つめエルマンノは鼻を鳴らす。

 これこそ主人公プレイが出来ると。

 現在やっと魔法が本格的に使える様になっている状態。そこに現れた、中級魔物に襲われる美女。ここで颯爽と助けなくてどうする。

 エルマンノはそう意気込みかけ出す。


「下がれっ!ファイアバースト!」

「ギィィィィ!」

「へっ!?」

「下がっていてください。危ないですから」


 エルマンノはあえて声の調子を普段とは変えて少し低くしカッコよく放った。魔物とヒロイン的な人の間に入る。これこそ、長年憧れて来たシチュエーション。


「辛い思いをさせずに狩るっ!フリーズフローズン!」


 エルマンノは手を構えそう放つと、中級魔物は突如凍りつく。


「悪く思うな。我々人間を襲った罰だ」


 声を低くし決め台詞っぽく放つと、石の魔法でそこに尖った石を投げ、粉々に砕く。

 その一連の光景を呆気にとられた様子で見ていた女性に、エルマンノは振り返り爽やかに微笑む。


「危ないところだったね」

「あ、、ありがとう、ございます、、その、貴方は、一体、」

「名乗る程の者ではございませんよ」


 夢にまで見た台詞をエルマンノは自信げに返すと、続けて体をその少女へと向ける。すると、その少女は目を輝かせて、どこか顔を赤らめて、笑顔を浮かべた。


「そのっ、私はアリアって言います!アリア・マネンティ!すみませんっ、でもっ、お礼がしたくて、、お名前だけでもっ」


 続けて更に言われたい台詞を放ってくれるアリアと名乗った少女に、気を良くしたエルマンノは胸を張り口を開く。


「...仕方ないな、、俺は、エルマンノ・ヴァラントラ」

「あ、名乗るんだ、」

「え?」


 なんかナチュラルに嵌められた。なんだこの展開。

 すると、対するアリアは一度クスッと笑ったのち、冗談ですよと付け足して笑顔を送った。


「本当にありがとうございますエルマンノさんっ。あの、何かお礼を、」

「いや、当然の事をしたまでです。お礼なんて」

「そんな訳にはいきませんっ!何でもいたします!私はこう見えてもーー」

「...何でも、いいのか、?」

「え、あ、はいっ!私に出来ることならっ」


 主人公気取りをしていたエルマンノだったが、その一言によって目の色を変える。と、エルマンノは少し間を開けながらゆっくりとに近づき、更に顔を近づける。


「ちょ、ちょっと、、エルマンノさん、、怖いです、」


 そんな事を呟くアリアを他所に、エルマンノは彼女の目の高さに合わせるようにしゃがみ、声を低くしてそう告げた。


「俺の、妹になってくれないか?」

「え、嫌です」


「...」

「...」


「...え?」

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