第45話 メッキ

 その日は……あまり眠れなかった。見慣れていない天井を見ては目をつぶってまぶたを見て、また天井を見るの繰り返しだった。


 こんな時にお酒でも飲めたら眠れるのだろうか。そんなことを考えるけれど、あいにく僕は未成年。まだお酒なんて飲めない。


 夜のベッドの中で心臓だけがうるさい。後悔だけが押し寄せてくる。やっぱり大会になんて出るんじゃなかったと、過去の自分に文句を言ってやりたい。


 結局……僕は暗闇の中でスマホを手にした。眠れない夜にスマホとか触らないほうがいいんだろうなー、とか思いながらもスマホ依存の僕の手はスマホに伸びる。


 そして明日開かれる大会についての情報を調べてみた。すると、1つのネット記事が目に入った。


 タイトルは『過去最高レベル? 国内最大大会、火種に密着! ネットの猛者の出場もあるよ』


 そんなポロリみたいな扱いされても困る……

 ネットの猛者ってたぶん僕……スー・テランのことだろうな。他にもいるのかもしれないけれど、とりあえず僕も含まれているだろう。


 そのままスクロールして、記事を読み進めていく。


『開会前から大規模な盛り上がりを見せている国内最大のゲームの祭典『火種』。そのゲームを極めた強者たちが集結し、最強を決めるための大会である』


 ……なんか読んでたら緊張してきた。こんな記事見るんじゃなかった……なんて思いながらも続きを読んでしまう。


 まずは大会の概要やら参加人数やら……すでにこの辺は確認しているので読み飛ばしていく。かなりの人数の参加だから、最初のほうは流れ作業での進行になるだろう。戦いに間に合わなくて不戦敗ってのだけは避けないとな。


 実際に……僕は大会に不慣れだ。十分に実力を発揮できない可能性もある。

 って……そんな事を考えていたらさらに怖くなってきた。寝ているだけなのに呼吸が乱れてくる。


 いかんいかん。こんな調子ではチート野郎になってしまう。深呼吸深呼吸……


 記事は続いて優勝候補の紹介をしていた。


 前回大会の優勝者やら準優勝者やら、有名配信者やら。全員僕が名前を知っているようなバケモノたちだ。ゲームに人生を捧げたような生活をしている人たちだ。


 この人たちともオンライン上で対戦してたりするのだけれど……いざ本番の大会となると緊張感が違うな。心臓ごと吐き出してしまいそうなくらい緊張している。


 そして記事の最後のほうには、チラッと僕の名前も掲載されていた。


『そして今大会注目はオンラインレートランキング2位のスー・テランという選手。この競技をオンラインでやり込んでいる人なら、知らない人はいないだろう。レート1位のミラージュ897が最近活動していないことを鑑みると、現状の最強はスー・テランであるとする考察もある』


 レート1位はミラージュさんなんだよな……マジで勝てる気がしなかった。そりゃたまには勝ってたけど、それは短期決戦。連戦状態になると必ず負け越していた。彼のレートを超えたこともあったが……直接対決では負けてばかりだ。


 本当にミラージュさんはどこに消えたのだろう。ミラージュという名前の通り幻影みたいな存在だったのだろうか。


 気になるけれど……今は消えた人のことを気にしている場合ではない。


『現状のレートの変動を見る限り、スー・テランがレート1位の座に君臨する可能性は高いだろう。今大会でレートのみならずオフラインでも最強を証明する形になるのだろうか』


 できることなら証明したいけれど。僕自身のために。


 さてスー・テランを紹介するのなら、触れなければならない話題がもう1つある。


『スー・テランといえばチート疑惑がかけられていた人物である。その反応速度と操作精度があまりに人間離れしているせいで、あらぬ疑いがかけられたのだろうか?』おそらくそうなのだろうけど。『筆者としてはスー・テランはチートを行っていると考えている』


 名誉毀損で訴えてやろうか。本人への許可もなくチートとか書くなよ。やってねぇよ僕は。


『言うまでもなくチート行為は許されざる行為である。今大会でメッキが剥がれ、オンライン上での戦いも正常な評価がなされるようになることを祈るばかりだ』


 もとから正常だよ。チートなんて僕はしていない。そしてレートランキングトップ2がチートをしていないのだから、おそらく問題ない。


 それにしても……やっぱり僕への世間の風当たりは強いんだな。努力して強くなってチート呼ばわりされるとは不思議な世の中である。

 僕からすれば他のやつの努力が足りない。自分は努力せずに他人の努力をチートだと言っていたら楽に生きられるだろうな。


 まぁいい……チート疑惑も今日で終わりだ。


 僕は明日、大会で優勝する。そうすれば……チートなんて言葉は出てこなくなるはずだ。


 ……

 

 ……


 ああ……


 緊張してきた。

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