第16話 恋人になっておくれよ

「ありがとう」机周辺の掃除を終えて、雨霖うりんさんが言う。「助かったよ。優しいんだね」


 優しいというより……思いっきり下心丸出しです。好きな人の役に立ちたいという欲にまみれてました。


「さて……」雨霖うりんさんは立ち上がって、「騒がせてごめんね。ちょっと着替えてくるよ」


 そう言って、雨霖うりんさんはそそくさと教室から立ち去っていった。おそらく保健室とか……安全な場所で替えの服に着替えるのだろう。


 さて僕も自分の席に戻るか……と思った矢先のことだ。


「ねぇ先生」俎上そじょうさんはまだ騒ぎたりないようだ。「レモン臭いんだけど。席、変わっていい?」


 そりゃレモンの匂いもするだろうな。俎上そじょうさんがぶちまけたんだもんな。


 当然……そんなものは建前だ。雨霖うりんさんの隣の席というのが気に入らないのだろう。自分の取り巻きが多い場所に行きたいのだろう。


「あ、ああ……席……」先生はやはり俎上そじょうさんにだけ、やたら甘い。怯えているようにすら見える。「ど、どこと変わる?」

「ここじゃなきゃ、どこでもいいよ」雨霖うりんさんグループ以外は、俎上そじょうさんに怯えている。「あ、ちょうど窓際の席が空いてんじゃん。そこ座るよ」


 なんで空席があるのだろう……そういえば今日は2人ほど欠席がいるので、その人の席だろうか。


 なんて思っていると、俎上そじょうさんは窓際の……前から2番目の席に座った。


 ……僕の席じゃん……そういえばそうか。僕は今雨霖うりんさんの席の近くにいるのだから、僕の席は空席だよな。


「これ邪魔」

 

 そう言って放り投げたのは、僕のカバンである。中身が入ってるんだけどなぁ……まぁ壊れるものがないから良いけれど。


 机の中には……まだなにも入れてなかったはずだ。席替えしたばっかりだったので、あの席には愛着も何もない。


 さてカバンを取りに行こうかと思って、立ち上がると……とある人物が僕のカバンを持ってきてくれた。


 その人は……黒髪ロングの背の高い女子。しずかさんだった。

 

 しずかさんは僕に頭を下げて、カバンを手渡してくれた。


「ごめんなさい……相手をしてはいけない相手なのはわかってたのに……頭に血が上って……」しずかさんが謝ることじゃないけれど。「あっちの席が良いなら、取り返してくるわ」

 

 そこまで愛着のある席じゃないので、首を横に振って断る。


「そう……」低くて落ち着いた声だな……「本当に……ごめんなさい。私が挑発したから、事態が大きくなってしまった」


 そんなことはないと思うが……


 しずかさんが現れなければ、雨霖うりんさんはもっと傷ついていただろう。だから……友達を助けようとしたしずかさんの行動を咎めることなんてできない。


 さらに、もう1人ほど美少女が僕に近づいて、


「私もごめんね。もっと穏便に止められたら良かったんだけどさ……」金髪の……メガネの女子だった。かなり小柄で……しずかさんとはデコボココンビって感じだ。「私、地平ちひらてん。助けてくれて、ありがとね」

 

 地平ちひらさん……そういえば、そんな名前だった気もする。


「このお礼は、またいつかさせてもらうよ」お礼なんかいらないけれど。「ねぇゆう

「なに? てん


 ゆう……しずかゆうというのか。そしてお互いに下の名前で呼び合っているあたり、かなり仲が良さそうだ。


「私達は、まだまだ未熟だねぇ。すぐに相手をやり込めようと……攻撃的な手段に打って出ようとしてしまう」

「……そうね……すずとか、なんみたいに……笑ってやり過ごせないんだよね」笑ってやり過ごすのが良いこととは限らないけれど。「嫌なことをされても笑って許す。相手に危害を加えようとしない……それができる人は、とても強い人」

「だからこそ、助けてあげたいんだよね」何が言いたいのかと思っていると、金髪の……地平ちひらてんさんが僕に微笑んで、「だから、なにかあったら私たちに相談していいよ。頼りにはならないけれど……私はキミのことを助けたいと思った」

 

 ……なんで僕のことを……?


 今までの会話に僕を助けたくなる要素なんてあったかな……


 地平ちひらさんは続ける。


「なかなかできないよ。あの空気の中で、雑巾持ってきて手伝ってくれるなんてさ。しかも淡々と、何も言い返さずに」言葉が出なかっただけなんだけど。「そんなことするの、なん以外にはじめて見たよ」


 ……ときどき会話に登場するなんという人物は誰なのだろう。雨霖うりんさんグループの1人だろうか。今日は欠席しているのだろうか。


「私は……すぐに相手を言い負かそうとしちゃう。弱い犬ほどよく吠えるってのは、私のためにあるような言葉さ」吠える犬が強い場合もあるだろう。「キミみたいに強く優しくなるのは、なかなか難しいよ」


 ……なんだろう……褒められ慣れてないので、すごくモヤモヤする。強烈なお世辞にしか聞こえない。それは僕の心が歪んでいるからだろうか。 


 それにしても……なんだかアレだな。ギャルゲーでいうと……ルートが分岐した感じがある。僕が行動を起こしたことによって、急に美少女たちに詰め寄られている。


「そんなキミに、少しばかり頼みがある」地平ちひらさんは僕の耳元で、小声で言った。「すずの恋人になっておくれよ」


 ……


 ……


 ……


 なんで?

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