07 新たなる未来に向かって そのニ

 ナイフが仕込まれたスリッパを手に、私はその使い道を考えた。

 ……けど、無理だった。


 どれだけ調べても、ただスリッパにナイフが埋まっているだけの代物。

 とりあえず履いてみたが、足の裏に違和感を感じて落ち着かない。

 それに片方だけなので、反対の足に普通のスリッパを履いても歩きにくいし、そもそも足の大きさに合っていない。

 ナイフが飛び出す仕掛けギミックもないので、取り出すのも大変そうだ。

 つまり、全く使えない。


 さらに二回試してみたが、出来上ったのは、『両翼ナイフ』と『フォーク付きスプーン』というもの。

 ナイフを二つ組み合わせれば、何か強い武器にならないかと思ったのだが、真ん中に握りがあって左右にブレードが伸びた武器になった。

 扱いが難しそうで、訓練しないと自分のほうが怪我をしそうだ。これならまだ元のナイフのほうが使い勝手が良さそうだけど、せっかくなので、しっかりと布で包んで服の中に忍ばせておく。

 金属は勿体ないからと、木製のフォークとスプーンを材料にしてみたら、何に使えばいいのか分からない、スプーンの先にフォークが付いた食器になった。


 仕込みナイフ入りスリッパは、切れ目を入れてナイフを取り出した。

 ナイフが無事だったのは幸いだが、スリッパの底がデコボコして履き心地が悪いままだ。

 組み合わせ次第では何かいい物に……たぶん、なるんじゃないかと思うけど、この能力を使うととにかく疲れる。

 それに、いろいろと試したいところだが、材料になった物は消えるし、元に戻せないので、ガラクタばかりが増えそうでそうそう気軽に試したりもできない。


「なあ、ミズネコ。なにかもっとこう、今の私でも扱えるような、すごい武器なんてものはできないのか?」

「そう言われて困るにゃ。やってみないと分からないにゃ」

「そう悠長にしてられない。早く助けにいかなければ。だが、この服だと外にも出れないよな……」


 男物の服を無理やり縛って着込んでいる状況だ。こんな姿で外を歩けば注目を集めてしまう。警備兵に保護されるだけならまだマシだが、誘拐されたらと思うとゾッとする。


「とにかく、何か使えそうなものでも探すか……」


 隠し扉を使い、クローゼットの中から自分の部屋に戻る。


「うう、やはり暖房が切れていると寒いな……」


 すぐに壁や床から熱が放射され始めるが、部屋が暖まるまでまだしばらく時間がかかる。


 この部屋は、あの日のまま残してある。

 組織のメンバーがやってきて部屋を検めるかもしれなかったし、リットが死亡した後も生活をしていた痕跡が残っていたら、余計な詮索をされてしまう。

 そう思っていたが、今のところ何の動きもない。だから、疑われない程度に物を回収することにした。


     ───◇◆◇───


 このグーネリア王国の通貨は、猫神の加護である猫神通貨クレジット──支援妖精ファミリアが決裁してくれる、猫神が保証している数字上のお金──を使う。だから、わざわざ硬貨を持ち歩く必要はないのだが……

 猫神の加護がない異国からの滞在者もいるし、あえて硬貨を愛用する人もいる。

 大きな都市では当たり前のように併用されているが、こんな田舎で硬貨を出せば両替やらお釣りの手間があるので面倒に思われがちだ。とはいえ、お釣りを要求せず、少し多めに渡せば文句を言われることはない。

 この姿で猫神通貨クレジットが使えるか不安があるし、硬貨が必要になるかもしれないから、それだけは全て回収しておく。

 他にも売れそうな物や、能力の練習に使えそうな物も……


「ふぅ~、こんなところか」


 やはりこの身体は貧弱だ。たったこれだけの作業で疲れを感じている。

 予備部屋に全ての荷物を運び終わり、他に何か忘れ物がないか、疑われそうな痕跡が残ってないかを慎重に確認する。


『……なんだ?』


 なぜか扉が開く音がした……ような気がする。

 いや、そんなことを気にしている場合ではない。

 急いで隠し扉へ向か……おうとしたら、足がもつれて転んでしまった。

 この身体が恨めしい……

 せめて隠し扉のあるクローゼットを閉じなければ!


「ど、どなたか……いらっしゃるのですか?」


 なんとか床を這ってクローゼットの扉を閉じたが、勢い余って再びコロンと転がってしまった。

 いや、それよりも……


「なぜ……?」


 つい、そんな言葉が零れ出た。


「なぜ? ここはリットさんの……ユークリットさんのお部屋だと聞いてきたのですけど、ユークリットさんのお知り合いの方ですか?」

「えっ……あっ、はい」


 つい返事をしてしまい、慌てて口を抑えるが、もう遅い。

 観念して姿を現す。

 だが、なぜ、こんな場所にオベリアが?


 いやいや、落ち着け。たぶん、アレだ……

 私に会いに……いや違う。

 私は死んだことになっているのだから、ここに来る理由がない。


「あの、お、お姉さんは?」


 うわぁ、これは思った以上に恥ずかしい。

 だが変に疑われたら話がややこしくなる。

 いや、いっそ、正体を明かして……、明かして……

 明かして、どうする?

 信じてもらえるわけがないし、変に疑われたら……もし刺客だと思われたら余計に話がややこしくなる。


「私はルーナ・オベリアと申します。ユークリットさんに命を救っていただいた者です。この度は、私を救うために命を落とされた……ユークリットさんを悼み、何か思い出になるような品をと思って訪問させていただいたのですが……」


 悲しそうに表情を曇らせたオベリアは、申し訳なさそうに私に向かって深々と頭を下げる。


「まさか娘さんがおられたとは知らずに失礼をいたしました。この度は、私事わたくしごとにお父様を巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「ちがっ……私は、娘では……」


 そこまで私のことを、気にかけてくれていたのか。

 ……それはそうか。

 私がオベリアのことを心の支えにしていたように、彼女も私に会うためにとリハビリを頑張っていた。

 その私があんな死に方をして、何も思わないわけがない。


「私は……えっと、そう、私もユークリットさんに助けていただき、ここに住まわせてもらっています。その……優しい人ですから、困っている人を見たら放っておけなかったのでしょう。お、お姉さんが助かったことを喜んでいるでしょうし、たぶん誇りに思っていますよ」


 羞恥心と申し訳なさで、頭が沸騰しそうだ。


「まだ幼いのに、しっかりとしておられるのですね……。そう言っていただけると、私も救われます。よろしければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「あっ、そうですね。私はユー……」


 まずい。さすがに本名を名乗るわけにはいかない。

 えっと、何が偽名……


『リットくん、どうしたにゃ?』


 小首を傾げている支援妖精スティーリアの姿を見て、とっさに口走る。


「……ティリア」

「えっと、ユティ……ごめんなさい、よく聞き取れませんでした。もう一度、お願いしてもいいですか?」

「あの、私……ユキリアっていいます」

「そう、ユキリアさんですね。よろしくお願いします」

「ここで立ち話もなんですので、奥の方へどうぞ」

「はい。それではお邪魔します」


 奇妙なことになってしまった。

 このまま彼女を匿えば、しばらくは安全だろうけど、たぶん、誰にも何も言わずにここに来たわけではないだろう。

 それに、外に護衛がいるはずだ。

 それを考えたら、入ってきたのが彼女だけで助かった。


「……さん? ユキリアさん?」

「……あっ、ひゃいっ!」


 ユキリアは、私だった。

 慌てすぎて、つい変な声が出てしまった。

 気を付けないと変に思われてしまう。


「そうですね、ユキリアさん……。私よりもショックですよね」


 勘違いさせてしまったことに心が痛む。

 部屋に通したのはいいが、すでに粗方めぼしい物を運び出した後だ。こんなことなら、もう少し何か残しておけばよかった。


「ここが、ユークリットさんの部屋……です。好きなものをどうぞ」

「拝見させていただきますね」


 さて、どうしたものか……

 私としては一緒に安全な場所へ逃げて欲しいのだが、そもそもどこに行けば安全なのかが分からない。

 それならば、このまま戻ってもらって、兵士たちに護ってもらったほうが安全かもしれない。

 でも、組織のメンバーはどこにいるか分からないし、護衛の兵士に混ざっていたら安全とは言えなくなる。

 一緒に行ければいいけど、今の私では盾になることぐらいしかできない。いや、盾にすらなれない可能性が高い。

 そんな思いが頭の中でグルグルと駆けまわっている間に、オベリアは持ち帰る品物を選び終わったようだ。


「これをいただいてもよろしいですか?」

「そんなものでいいのですか?」

「いつもこの兵士の服で、優しく迎えていただきましたから……」


 不覚にも涙が浮かんできた。

 そんな思いに浸る間もなく、外で騒ぎが起こった。

 兵士による誰何すいかの声だろう。高い防音性能を貫通する程の声と音だ。


「オベリア……さん、なにか危なそうなのでクローゼットの奥に隠れてもらえますか?」

「いえ、私よりもユキリアさんが……」


 そうこうしている間に扉が開けられ、明らかに兵士や護衛ではない人物が踏み込んできた。

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