第7話 治療師②
ごく短い期間の間に、“治療師”を深く信頼するようになっていったエイクは、最近感じていた酷く重要かも知れない事柄を“治療師”に語った。
その時エイクは、中庭での鍛錬を一旦終え、日差しを避けてベランダに置かれた椅子に座っていた。“治療師”も、その向かいの椅子に着いている。リーリアの姿はなく、その場にいるのは2人だけだ。
「オドが体から抜けていくのを感じている?」
エイクからその話を聞いた“治療師”は訝し気に問い返した。
エイクが続けて説明する。
「はい、何ヶ月か前から、偶に目に見えない何かが抜けていくような気がすることがあったんです。
今から考えると、もっと前から何となく感じていた気がします。
その抜けていくのがオドっていうのじゃあないかと思うんです」
「ふむ、興味深い話ではあるな。
しかし、君がオド欠乏に悩まされるようになったのは6歳か7歳くらいからだろう?」
「はい、でも、なんと言うか、前からあったことが少しずつ感じられるようになって来た気がするんです」
「前から抜かれていたが、その事に気が付くようになったのが数ヶ月前だと」
「はい。そんな変な感じ、普通の人にはないんですよね?」
「そうだな、普通は自分の体から、目に見えない何かを引き抜かれるなんて感覚を、日常では感じないだろうな。
しかし、実際のところオドが抜かれるというのは考えにくい。
例えばマナは魔法を使う時などに消費され、休息すると回復する。
要するに体内のマナは増えたり減ったりするのが普通だ。
体力や生命力も疲労や怪我で低下して、直れば回復するわけだから、増減するものだ。
しかし、体力や生命力の源となるオドは違う。
オドはその体に根ざし、死ぬ時に発散されるまでずっと留まるものであるはずだ。
実際、魔法にはマナや生命力を奪い取るものがあるが、オドそのものを奪い取る魔法は聞いたことがない。
それがオドかもしれないと思った理由は、何かあるのかな?
まあ、前からオド欠乏と言われている君が、何かが抜かれる感覚を感じたなら、それがオドかもしれないと考えるのは自然な発想だが……」
「前にゴブリンを殺した時です。あの時ゴブリンの体からも何かが抜けて周りに散っていくのを感じました。
あの時はそれどころじゃあなかったけど、よく考えると、自分から偶に抜けてゆくものと、あの時ゴブリンから抜けていったものは同じものだったように思うんです」
「何だと」
瞬間、“治療師”の口調から今までのどこか気楽な感じが消え去り、いつになく鋭くなった。表情も険しいものになっている。
「ッ!」
エイクは気圧されたように息を飲んだ。
「つまり、他者のオドを感じた、というわけか?
己のオドを感じることは、錬生術の奥義を会得した者ならあるという。しかし、他人のオドを感じるとは……」
“治療師”は、しばし黙考してから口を開いた。口調はもとに戻っていた。
「それは、相手が死んだ瞬間にしか感じられないのかな?
それがオドなら、生物全ての体に常に宿っているはずだが。例えば私のオドを感じることは出来るのだろうか?」
「やってみます」
そう言うとエイクは、正面に座る“治療師”からそれを感じようと意識を集中させる。
まじまじと“治療師”見つめるのが恥ずかしくなり、目を閉じた。
やがてそれが感じられたような気がした。
「何となく体の真ん中くらいに濃く集まっていて、周りに行くほど薄くなっているようなものを感じる気がします。
本当に気のせいなのかも知れないですけど。ゆっくり動いている? 体の中心から体の表面まで流れているような?」
「そこまでにしてくれ。何だか裸を見られているようで恥ずかしい」
「すみません」
そう言ってエイクが目を開けると、“治療師”は両手で自分の体を抱きしめるような仕草をしていた。
そのため、いつもはゆったりとしたローブに隠れている胸のふくらみが強調されている。思いのほか大きそうだった。
エイクは思わず目をそらした。
“治療師”は両手を体から離して言葉を続ける。
「私は今までに、君が言うような事例を見たことも聞いたこともない。
ただ、一つ確認しておくが、少年、君は何処まで強くなるのを望む? どれほど苦難な道でも、最強にまで至りたいと望むか?」
“治療師”は真剣な口調でそう語りかけた。
「はい、もちろんです」
「うん、それでこそ君だ。
なら、今私に出来ることはないが、君のその能力はとことん鍛えてみるべきだと思う。
具体的には自らの体内のそれを自在に操り、出来るだけ引き抜かれるのを防ぐように努める。
また、他者のそれを感知する能力にも磨きをかける。それこそ何百ⅿでも何㎞でも離れた相手でも感知できるようにな。理想は他人のそれを操ることだな。
それから、このことは今後誰にも言ってはいけない。父君にさえだ。
前に言っただろう、戦いに勝つには知識も重要で、自分の知らない能力を持つ敵と戦うのは脅威だと。
君のその能力は、多分ほとんどの人間が知らないものだ。これを自分だけの秘密の能力にしておけば、とても大きな力になる」
「はい。よく分かりました」
エイクのその答えを聞くと、“治療師”は嬉しそうに微笑んだ。
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