後日談:王子様じゃないけれど

 冬休みが明けて最初の登校日。あたしは初めて彼女と一緒に登校する約束をした。学校の最寄り駅を出ると、制服を着た彼女がベンチに座って暇そうにスマホをいじっていた。声をかけると一瞬あたしを見たがすぐに目を逸らし「おはよう」と恥ずかしそうに挨拶をする。可愛い。


「手繋ご」


「やだ恥ずかしい」


「えー! じゃあ腕組もう」


「もっと恥ずかしい」


「じゃあ手繋ご」


「じゃあって。はぁ……もー……」


 あたしが差し出した手を彼女は渋々取り、立ち上がる。並んで歩きながら、さりげなく指を絡める。彼女は一瞬立ち止まってあたしを睨んだものの、遠慮がちに握り返してきた。可愛い。


「聖、マジですうちゃんと付き合い始めたんだ」


「今まで一番デレデレしてない? 元カレにあんな顔してんの見たことないよ」


「女同士かぁ……」


「お? 朱里じゅりも興味あるか? 百合の世界に」


「い、いや、あたしは別に……」


「……男とヤるより気持ちいいって、マジなん?」


「ちょ! 真珠星すぴか!?」


「興味ある? するか? この三人で」


「えー楽しそう」


「待て待て待て! あたしを巻き込むなこのビッチどもが!」


 などと、聞き馴染みのある声が背後から聞こえてきて咄嗟に彼女の耳を塞ぐ。「下品」と彼女があたしを軽蔑するように見上げる。


「あ、あたしはあんなビッチじゃないし。万鈴花と小星がちょっとアレなだけで」


「……」


「そんな目で見ないでよぴよりんー!」


「ぴよりんはやめてって言ったでしょ!」


 もー! と彼女があたしをぽこぽこと叩く。全然痛くない。力入れてないの優しい。可愛い。

 後ろの友人たちにも聞こえたようで「ぴよりん」「ぴよりんだって」「すぐ崩れるやつじゃん」「あたしぴよりんチャレンジ成功したことないわ」「電車だとマジで無理ゲーだよな」「その場で食うしかねえ」「ちなみに二人ともあれどこから食う?」「あたしはとりあえず目玉抉る。見られてると食いづれえ」「怖すぎて草」「サイコパスの回答」などと会話が聞こえてくる。ぴよりんというあだ名から某有名お菓子の話に繋がり、そのままお菓子の話で盛り上がり始めた。彼女が振り返ると友人達は「ぴよりんおはようー」と声を揃えて揶揄うように叫んだ。彼女は真っ赤な顔であたしをキッと睨んで、先に歩き出してしまう。「彼女行っちゃうぞー」「早く追いかけないとー」「後ろから抱きしめてキスしろー!」と飛んでくるヤジに「うるせえ!」と返して彼女を追いかける。謝っても返事はなかったが、しばらく隣を歩いているとふと彼女の手が当たる。たまたま当たったわけではないようで、ちょん、ちょんちょん、と、何かを訴えるように突いてくる。捕まえて、指を絡める。


「へへ」


「……なによ」


「いや。あたしの彼女、可愛いなって」


「な、なにそれ。朝から浮かれすぎ」


「明日も一緒に学校行こうね」


「……明日だけでいいの」


「ううん。これから毎日!」


「……腕は組まないからね」


「手を繋ぐのは?」


「……嫌だったら今繋いでない」


「ちゅーは?」


「人前ではやめて」


「人前じゃなければいいんだ?」


「……良いに決まってるでしょ。恋人同士なんだし」


「あーもー! 好き!!!」


「!? 急にデカい声で好きとか言わないで!」


「ごめん。好きが溢れた」


「な、なにそれ。もー……びっくりするし恥ずかしいからやめてよ」


「あはは。……すう」


「なに?」


 立ち止まり、少し屈んで彼女の耳元に口を寄せて囁く。「好き」と。すると彼女は真っ赤になった耳を押さえながらあたしを睨んだ。


「あははっ。デカい声で言うなって言われたから。溢れないように定期的に言うね。好きだよ」


「……バカ」


「ふふ。ごめんごめん。大好き」


「な、何回言うのよぉ……」


「口に出さないとすぐ溢れちゃうから。好きだよすうちゃん」


「もー……」


「あははっ」


 幼い頃は、白馬の王子様に憧れていた。女の子と付き合うなんて、考えもしなかった。今隣を歩いているの白馬の王子様ではないけれど、今までのどの王子様よりも愛おしくて、可愛いお姫様だ。

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