悪役令嬢、代官代行になる 1

 ――アドリアーナは、あんな顔で笑うような女性だったろうか。


 夜、ヴァルフレードは泊っている離宮の部屋のベッドの上で、薄暗い天井を見上げながらぼんやりと考えていた。


 今日の昼――コンソーラ町で公開処刑を阻止し、離宮に帰ってきたアドリアーナの顔を思い出す。

 ジラルドと顔を見合わせて微笑みあうアドリアーナを見ていると、どうしてかヴァルフレードの胸の中がもやもやした。


 ヴァルフレードとアドリアーナは、互いが十歳の時から婚約関係にあった。はじめて顔合わせをしたのはもっと前で、お互いが五歳のときだ。知り合ってから十三年も経っているのに、思い返してみる限り、アドリアーナのあのような笑顔は、ついぞ見た記憶がなかった。

 いや、もしかしたら彼女が微笑んでも、自分が見ていなかっただけなのかもしれない。

 ヴァルフレードはこれまでアドリアーナを見ようとはしなかったし、彼女を知ろうともしてこなかったことに今更ながらに気づかされた。

 自分の意志を無視して決められた婚約が嫌で嫌で、アドリアーナ自身に向き合おうとはしてこなかったのだ。


 だから、だろうか。

 学園でアドリアーナが自分よりもずっと身分が低く弱い立場である男爵令嬢クレーリアを虐げているという話を聞いたときに、何の疑いもなく「ほら見たことか」と思った。

 アドリアーナの上辺しか見てこなかったヴァルフレードは、彼女のことを何も知らなかったくせに、婚約を嫌がるあまり彼女自身のことを悪女か何かだと決めつけてかかっていたのかもしれない。


 きちんと内面を見て判断しないから性悪な女を王家に取り込むような愚策を講じることになるのだと、ヴァルフレードはそのとき、婚約を決めた父や母を嘲笑ったのだ。

 そして、今ならまだ間に合うと、まるで正義の味方よろしくアドリアーナを断罪し、国のためにいいことをしたのだと思い込んだ。


 そのあと父や母が慌ててブランカ公爵家へ詫びを入れたので、何故そのようなことをする必要があるのだと憮然としたし、きっと父や母は世の中の善悪がわかっていないのだと決めつけた。


「……傲慢、だな」


 すべて自分が正しいと思っていた。

 王太子だから、正しくあらねばならないのだと思っていた。

 弱者の声に耳を傾け守ろうとすることで、自分は立派な君主になれるはずだと思い込み、自分自身に酔っていたのかもしれない。


 はっきり言って、今もまだヴァルフレードは学園でアドリアーナがクレーリアを虐げていたという話が本当なのか嘘なのかがわからない。判断するだけの情報を何も持っていないからだ。

 逆に言えば、判断材料を持たずにアドリアーナを悪人と決めつけたのである。

 きちんと調べて、公正に物事を判断すべきだったのに、クレーリアの言い分だけに耳を傾けた。

 そのことに気づいてしまったから、ヴァルフレードは胸の中がざわざわして落ち着かなくて、どうしていいのかわからなくなる。


(私はどうしたらいいんだ……)


 自分が間違っていたかもしれないと思うと、どうしようもなく不安になってくる。


 ヴァルフレードはきつく目を閉じると、天井に向かって、長く息を吐き出した。



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