新たな問題 2

「葉の色がだいぶ変わって来たわね」


 アドリアーナはジラルドとともに、山の中を散策していた。


 散歩道として作られた小径を、ジラルドと手をつないで歩いていく。

 ここ一週間で気温がぐっと冷え込んだからだろうか、山の木々の葉はすっかり赤やオレンジ色に色づいて、風が吹けばはらはらと舞い散るようになっていた。


 小径の上にも、赤やオレンジ、茶色や黄色の落ち葉が、まるであたかも最初からこのような模様であったかのように複雑に重なり合いながら降り積もっている。

 ここのところ雨がなかったから、歩くたびに、しゃくしゃくと足元の落ち葉が渇いた音を立てて、それがちょっと面白い。


(ジラルドとこうしてのんびり散歩しているのが、今でもちょっと不思議だわ)


 プロムを終えて、アドリアーナが知っていたゲームのストーリーとは若干違ったけれど、幽閉されるという扱いは変わらなかった。

 それでも断罪されて幽閉ではなく、王家の威信を守るための措置であるため、待遇はとてもよくて、これならば数年ここで過ごすのも悪くないかなとも思っていた。


 でもやっぱり、デリアたち使用人は一緒にいてくれるけれど、家族や友人と離れてここで一人で生活するのはちょっと寂しくて――

 そんな気持ちに目を背けて過ごしていたとき、ジラルドが追いかけてきてくれて、そして求婚してくれるなんて、想像だにしていなかった。


 少なくともゲームのストーリーではあり得なかったことだ。

 ここはゲームの世界だけど現実で、でも幽閉される未来が変わらなかったから、どんなにあがいてもゲームのストーリーを大幅に改変することはできないのではないかと思っていたけれど、そうではないのかもしれない。


(ヴァルフレード殿下から側妃になれなんて言われるのは、ゲームのストーリー上ではあり得ないでしょうし)


 同じようで、やっぱり違う。

 それならば、この先の未来も悲観する必要はないのかもしれない。


「子供のころにさ、タウンハウスの庭で焚火をしようとして怒られたの覚えてる?」

「そういえばそんなこともあったわね!」


 あれはアドリアーナがヴァルフレードと婚約して間もないころだったと思うので、十歳かそこらのころだったと思う。

 庭に降り積もる落ち葉を見て、アドリアーナがふと「焼き芋が食べたくなるわね」とこぼしたのが原因だったはずだ。


 カルローニ国では焼き芋という食べ物が存在していなかったので、兄のグラートと、遊びに来ていたジラルドにそれは何だと訊かれ、あの落ち葉で芋を焼いて食べたらおいしいはずだと答えたのだ。


 記憶にあった前世のサツマイモよりはべちゃっと柔らかい食感ではあるが、カルローニ国にもサツマイモはあったし、焼いて食べたら蜜芋みたいで美味しいのではないかと思ったのだ。


 カルローニ国ではサツマイモと言えばスープか、パイにするのが主な食べ方であったため、そのまま焼いて食べると言うのがグラートとジオルドにはピンとこなかったらしいが、庭で落ち葉を焼いて芋を焼くと言うのが楽しそうに思ったのだろう。


 即座に試してみようと言う話になって、庭中の落ち葉をかき集めて、噴水の近くで焚火をしようとしたのだ。

 けれども執事から報告を受けた父と母が血相を変えて飛んできて、叱られて、結局実行するには至らなかった。


 昔を思い出していると、ジラルドがいたずらっ子みたいな顔をした。


「あの時は結局、焼き芋だっけ? できなかったけど……ここでは止める人間はいないよ」

「あら、悪いことを考えるわね、ジラルド。でも名案だわ」

「だろう?」


 まだ一度も試していない「焼き芋」。

 せっかく秋も深まって落ち場がたくさん手に入る時期になったのだから、ぜひ試してみたいところだ。


 サツマイモはどちらかと言えば平民の食べ物と言う感じが強くて、価格も安いので、こちらのサツマイモも焼いて食べたら美味しいことがわかれば、川の近くの仮設住宅で暮らしている人たちにも教えて、そこで焼いて食べるようにしたら飢えも寒さもしのげていいと思う。


 アドリアーナは少し離れてついてきている護衛のヴァネッサを振り返った。


「ねえヴァネッサ! 手が空いている人を呼んで、落ち葉をたくさん集めてほしいんだけど」

「芋を焼くんだ」


 ジラルドも言うと、ヴァネッサはきょとんとしてから、笑って頷いた。騎士であるヴァネッサは遠征先で焚火を囲うこともあったからなのか、こういうことにはあまり抵抗がないようである。


「芋のほかに焼いたら美味しいものってないの?」

「栗とか美味しいと思うけど……栗って焼けると跳ねるから危ないのよねー」

「跳ねる?」

「パンパン音を立ててね」

「へー、それはそれで面白そうだけど」

「火傷をしたら大変よ。やめておきましょう。後はそうね……キノコとか、川魚とか、お肉でもいいと思うけど……」


 言いながら、だんだん「焼き芋」ではなくバーベキューっぽくなってきたなと思ったが、ジラルドはむしろ魚とか肉を焼く方がよかったらしい。それはいいねと食いついてきたので、帰ったら用意させる気だろう。

 いっそのこと昼食は外でバーベキューパーティーでもよくないだろうかと思いながら、落ち葉を集めるべく袋を取りに離宮へ戻ろうとしたときだった。


「アドリアーナ、さまっ」


 息苦しそうな大声で名前を呼ぶ声が聞こえて、アドリアーナは驚いて振り返った。

 ジラルドが一瞬警戒したようにアドリアーナを引き寄せるも、小径をこちらへ向かって走ってきている子供たちを見て力を抜く。


「ダニロに、エンマじゃない。どうしたの?」


 また食べ物探して山に入ってきたのだろうかと思ったが、ダニロとエンマが今にも泣きそうな顔をしているのを見てアドリアーナは表情を引き締めた。


「なにがあったの?」


 その場に膝を折ってダニロたちの視線の高さになると、今にも倒れそうなほどぜーぜー言っているダニロとエンマの背中をさする。


 ダニロは、息を切らしながら、叫ぶように答えた。


「助けて、くださいっ! お父さんが、殺されちゃう……!」




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