元婚約者からの手紙 1
ジラルドが持って来た兄グラートの手紙は、頼んでいたルキーノ子爵に関する調書だった。
王家直轄地の代官を務めているので元文官であることは予想通りだ。
文官として城で働いていたときの勤務態度もおおむね良好。妻と息子が一人いるが、二人は一年の大半をタウンハウスで過ごしていて、ボニファツィオにはあまり来ないようだ。
それ以外で気になることと言えば、息子の方がやたらとリジェーリ伯爵家に出向いているという情報だった。最初はリジェーリ伯爵家の娘とルキーノ子爵の息子の間で縁談でもあるのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
(リジェーリ伯爵って言ったら人事局の長官よね)
人事局とは国王や宰相、各省庁の意見をもとに人事評価をし、異動を決める部署である。
ルキーノ子爵の息子がリジェーリ伯爵と懇意にしているのか、それともルキーノ子爵家とリジェーリ伯爵家に何らかのつながりがあるのか……。
誰が誰と仲良くしていようと個人の自由だが、今はルキーノ子爵に関するありとあらゆる情報がほしい。
ルキーノ子爵の息子と妻の動向は引き続きグラートが調べてくれるそうなので、新しい情報を掴めばまた連絡を入れてくれるはずだ。
アドリアーナはライティングデスクの、鍵のかかる引き出しに手紙を入れると、ふと自室の窓の外に視線を向けた。
見下ろした先の庭では、ジラルドが騎士と話しながら庭を歩いているのが見える。
「お嬢様、お菓子をご用意しましたよ」
「ええ、ありがとう」
デリアがお茶とお菓子をローテーブルの上に準備してくれたので、アドリアーナは席を立ってソファへ向かった。
「それにしても、ジラルドがここに滞在するなんて、びっくりしたわ」
本日の昼過ぎに到着したジラルドは、そのままここに滞在すると言い出した。彼の両親からの許可も出ていると言われれば、アドリアーナに反対することはできない。この離宮はアドリアーナのものではなく、彼女はあくまで「幽閉」されている身なので、国王の甥が滞在することを止める権利はないのだ。
ジラルドってば何を考えているのかしら……とこぼせば、デリアがくすくすと笑いだした。
「ジラルド様はお嬢様のことが心配で心配で仕方がないんですよ」
「心配って、わたしは小さな子供じゃないのよ」
「ジラルド様の心配には、子供大人は関係ないですよ」
(つまりわたしはそんなに危なっかしいと思われているってこと?)
アドリアーナは妃教育も頑張ったし、これでもそれなりにしっかりしている方だと思っていたのだが、ジラルドから見れば違うのだろうか。
「お嬢様だって、ジラルド様が来てくれて嬉しいでしょう?」
「それは、まあ……」
使用人たちがいるとはいえ、離宮には家族がいない。
ここにきて二週間ほど経って、ちょっと寂しいなと思いはじめていたころだったから、気心の知れているジラルドが来てくれて嬉しいのは本当だ。
「でも、幽閉されている王太子の元婚約者の離宮に滞在って……ジラルドに変な噂が立ったりしたら大変でしょう?」
ジラルドが困ったことにならないだろうかと、アドリアーナは心配なのだ。
「そのあたりのことも承知でいらっしゃっているのだと思いますよ」
「不名誉な噂が立ってもいいってこと?」
「噂が不名誉か不名誉でないかを決めるのはジラルド様ですからね」
デリアが言いたいことがよくわからない。
アドリアーナが怪訝そうな顔をしていると、デリアがちょっぴりあきれ顔になった。
「ずっと王太子殿下の婚約者でいらっしゃったので仕方がないとは思いますが……、お嬢様はこの手のことに鈍感すぎると思います」
「どういうこと?」
「これ以上はわたくしの口からは申せませんが、ジラルド様はすべてをわかった上で滞在を決められたので、お嬢様が心配なさる必要はないと思いますよ」
デリアはそう言うが、ジラルドは大切な幼馴染だ。アドリアーナのせいで彼の名誉が傷つくのはいやなのである。
「それはそうと、今夜はジラルド様の歓迎の晩餐です。ティータイムを終えたら準備をいたしませんと!」
(つまり、着飾れってことね……)
離宮に来てからは着飾る機会が少なく、アドリアーナを着飾るのが大好きなデリアは日々不満を募らせていた。
アドリアーナが離宮に来て着飾ったのは、先日の二人の代官を招いての夕食会のただ一回のみで、デリアは次にいつ機会が巡ってくるかとうずうずしていたので、「ジラルドだから……」と言って着飾るのを断ると後が怖い。
(仕方ない。今日はデリアのお人形に徹しましょうか……)
うきうきとクローゼットを開けてドレスをチェックしはじめたデリアに、アドリアーナは苦笑をこぼした。
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