コスプレ毒薬令嬢の非劇的スローライフ

人藤 左

来訪者アイリと訪問者たち

 これまでのあらすじ。


 コスプレイベントに最推しの毒属性お嬢様で参加したボクは、囲いから躍り出た凶刃に倒れて死にましたとさ。


 目が覚めたら露出控えめな(おへそは出てるけど)黒のドレスなコスプレのまんまで、というかふわふわピンク髪ウィッグとか金目カラコンとかバスト矯正(下方修正)までもが生身として反映されていて、なんなら異世界こっちでの十五年とやらの記憶もぼんやりあって。


「なるほどね」


 そんなわけで、ボクの認識は安楽椅子に身を委ねているところから再開した。



◆◆◆



 慌ただしい足音が数人分、続いて遠慮のなく扉がノックされた。


「はぁーい」

 ドアを開けて答えると、農夫らしき恰好の男性が五人。


「あぁ、よかった! アイリさま、どうか……どうか……!」

 リーダーらしき緑チェックさんが、歳を重ね薄くなった頭を下げつつ、重量感のある革袋を差し出してきた。

 どんぐりだったらかわいいな、と思って中を検めると、貨幣である。主に銅、そこそこの銀に少し金、である。え、なに? ボク、こんな可哀想なおじさんたちからこんな大金(だと思う)を受け取る人間だったの?


「え、っと……」

「やっぱり、アスラピスクス家に頼むには少なかったんだよ……」

「そんなこと言ったって、村で出せる金全部だぞ」

 突然のことに困惑……と、記憶のすり合わせをしていると、後ろで震えている男性たちがひそひそと話しているのが聞こえた。


 アスラピスクスとは、ボクことアイリ・アスラピスクスの生家らしい。一昨年実家を出奔したボクは、王都郊外の森で一人ひっそりと暮らしているという。


「あの、あのですね」

「どうか、どうか!」

 拝み倒すリーダーさんと、落胆から怒りに切り替わりつつある取り巻きさん。なんなんだこいつら一体。腹立ってきたな。

「あの! まず話を聞かせてください!」

 大きな声を出してしまった。はしたないことを。


 その甲斐あってか、農夫さんたちは落ち着きを取り戻してくれたようで、背筋を伸ばして話始めた。


「このごろ、村に魔物が出るようになりました。これまで二度、間隔を置いて」

 魔物。魔物か。出るのか、魔物。

「周期が正しければあと三日ほどで、三度目が来るでしょう。それに合わせて、依頼していた騎士団が来てくれるそうです」

「それはそれは」

 出る幕なさそうだけど。


「わたしの息子が、明日ともわからないのです」

「うちの父も」

「嫁入り前の娘が」

 次々に陳情。


「そうですか……」

「アスラピスクスのご令嬢がここで一人お暮しになっておられると聞いて、縋る思いで、縋る思いで……」

 治療の依頼、ということか。なるほどなるほど。


 どうしよう。いや、助けたいのは山々なんだけど、その。コスのガワと名前に声、それと一つ、『毒使い』ってキャラまで持ち込んできてしまったらしい。あの作品のキャラがこのファンタジーで生まれて暮らしていたら――みたいなイフに、ボクの意識が入り込んでいるのだ。


 毒。毒だぞ。アスラピスクスの……医術の名家アスラピカクスに生まれ落ちた残虐非道の毒婦、このアイリ・アスラピスクスだぞ。そうなんだ。出奔にしてはなんかそこそこいい家だと思ったら、体のいい厄介払いだったわけか。


 ともあれ、不適格。不適切。ボクの力は人の役には立たない。どちらかというと、彼らを跡形なく腐らせ溶かして有り金を頂戴するタイプである。


「わかりました。ボクが助けます。お代はいりません」


 ……。

 …………。

 ………………。


「着きました」

 村、近いなぁ!

 さすがに歩き疲れるくらいは歩いたけど、それでも二駅分くらいだ。考えてみれば、男性とはいえロクな装備も荷物もなく頼みに来たのだ。その足で女の子を連れて帰るとなれば、そりゃそうなんだけど。四キロくらいしか離れてないとは思わないじゃん。時間にして一時間弱。


 促されるまま、患者が集められているという教会へ。


「――――」


 しばし、息を忘れてしまった。


 衛生観念があるのは助かる。包帯などは洗って使い回しているだろうが、仕方ないことだろう。

 清潔という概念があるだけの地獄、という言葉が当てはまるかもしれない。


 痛みに呻く声、喪失に嘆く声。

 看護する側も本来安静にしているべき怪我をしており、虚ろな顔貌はノイローゼを窺わせた。


 思わず、唇を固く結んでしまう。


「あの……アイリさま……」


 本やネットで見た、野戦病院に近い印象だ。

 呼吸が荒くなるにつれ、思考がある一つの方法どくを提案してくる。知識がそれを勧め、理性だけが否定。


「――――」


 兄妹だろうか。赤い布切れで輪郭も朧気な少女を、同じく右腕に棒を括り添えた少年が懸命に介抱している。二人の嗚咽が、ボクの体を突き動かした。


「いま、楽にしてあげますね」

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