第36話 惑星オプトの救世主

「――オプトを救えるかもしれない?」


 ハニ伍長の言葉を私はそのまま口にしていた。

 その横で血相を変えたゴズ大佐が「ハニ!」と声を荒げる。


「いくらシュテンの使いの者だといっても、第108支部以外の者に……」

「でも説明した方が分かりやすいと思うんだよ、兄ちゃん。宇宙クマにやられてるのはもう知られてるんだし。兄ちゃんだって、この状況を何とかしたいって思ってるでしょ?」

「それはそうだが……」

「ねえ、ソラちゃん、それから他の皆も聞いて欲しいんだ」


 閉口する兄の傍らで、ハニ伍長は私たちを一瞥する。


「この惑星オプトはあの厄介な植物型エイリアンにやられてる。宇宙クマの本体は地下深くに広がる地下茎。あの地下茎がすでに土壌を汚染している以上、完全な駆除は不可能なんだ」


 ハニ伍長は悔しそうに唇を噛んだ。


「今は汚染された地域を電磁パルス壁とアンドロイドを使って隔離しているんだけど……この宇宙クマの面倒なところは、地上を移動出来るってところ。地下で根を伸ばせなくなったら、奴らは新天地を求めて、あの獣の形を取って移動を始めるんだ」


 おそらく、ハニ伍長が担当する第8エリアに出現した宇宙クマも、大本の株から株分けされた個体なのだろう。電磁パルス壁やアンドロイドの包囲を乗り越えて移動するとは、まったく恐ろしい生命体だ。


「そして新しい場所を見つけると……そこで根を下ろして土を汚染していく。そこに生えた植物はアイツらの餌になっちゃうんだよ。沢山のユニワが食われちゃったし、他のエネルギー植物もやられて……」

「全ては害獣の侵略に気づけなかった俺の責任だ。気が付いた時にはもう4割が……」


 ハニ伍長と同じ蛍光イエローの髪に手をやって、ゴズ大佐は深々と息をつく。


「ユニワは大事なエネルギー源。だから、連邦政府は汚染されたこの星を捨てて、別の新しい惑星を新しいプラントにするつもりでいるんだ。電磁パルス壁やアンドロイドを動員するにもかなりのコストがかかるんだ。そのコストは宇宙クマを炉に入れた程度じゃまかなえない。でも……」


 ハニ伍長の言葉をゴズ大佐が引き継ぐ。


「この星を捨てることは、俺たちのプライドが許さない。惑星オプトを開拓し、ここまで巨大な農業プラントに成長させたのは俺たちの一族だ。先祖代々受け継いできたこの星を、俺の代で終わらせる訳にはいかない」

「……だからハニ伍長は宇宙クマの料理に対して、意欲的だったんですね」


 先祖代々手塩にかけて育ててきた星を捨てることになる。

 仮にゲテモノを口にすることになろうとも、彼女はオプトを救う方法を模索していたのだ。どうにかして、この星を護ることは出来ないかと考えて。


 同時に、ゴズ大佐が怒り狂っていた理由も分かった。

 それだけ彼は追い詰められていたのだ。


 ただでさえ惑星オプトの4割を毒されている中、ユニワの収穫量は激減。そこにオメガくんの小型粒子砲の一発を食らっては堪ったものではない。

 私が同じ立場だったら、同じくらい発狂していたかもしれない。


 まあ、だからといってオメガくんに酷いことを言って良いかというと……私は首を捻るけどね。


「ソラちゃん。油があれば、あのチップスもっとイイのに出来るんだよね? だったら、兄ちゃん。兄ちゃんも食べたでしょ? あのチップス、きっと第108支部の皆も気に入るはずだよ」


 ケラフもハニ伍長も油を使わないヘルシーなチップスを気に入ってくれていた。

 宇宙トビウオの塩焼きがアメノトリフネで好評を博したみたいに、このチップスも人気になれるかも。チップス自体の生産はそう難しいことではない。


 薄くスライスして、焼いて(もしくは揚げて)、塩をまぶすだけ。

 たったこれだけだ。


 葉っぱの方も上手くお茶にできれば、余すところなく宇宙クマを利用することが出来る。


 問題はコストだ。

 宇宙クマを抑え込むコストがこの農業プラントの運営に重くのしかかっている。


 だが、どうだろう。

 地球において、ポテトチップスはスナック菓子の王様だった。


 この宇宙クマのコアチップスも同じく、覇権を取れるだけのポテンシャルを秘めていると私は感じた。

 なんせ、宇宙トビウオの塩焼きだけで30万クレジット稼ぐことができたのだから。


 湧いて出てくる宇宙クマを根絶出来ないのであれば、湧いて出てくる宇宙クマで商品を作ってしまえばよいのだ。

 宇宙トビウオの塩焼きよりもずっと儲かるかもしれない。


 コアが持つ風味こそジャガイモとは違うけど、あの病みつきになるサクサク感と塩っぱさはまさにジャンクフードの味わいそのままだ。

 この味は宇宙を席巻するかもしれない。


「ゴズ大佐、堆肥用の油を譲ってもらうことは出来ますか? より美味しいチップスを作ることができれば……もしかしたら、本当にオプトを救えちゃうかもしれませんよ」




「さて、これがユニワから絞った油だが……」


 農業プラント第8エリア発着場に、そんなゴズ大佐の言葉が落とされた。

 並ぶ飛行船や宇宙船の合間に並ぶ五つの容器。


 これはゴズ大佐が部下に持ってこさせたもので、中身は堆肥用油――ユニワ油である。

 半透明の容器に入れられた油は、成層圏から見下ろしたオプトの幻想的な青白い光と同じ色に染まっていた。


「……す、凄い……油が水色……」


 ぱっと見は工業用の化学溶液のように見えるけど、オメガくんの明晰な頭脳で解析して貰った結果、ハニ伍長が言うように口に入れても害はないと分かった。

 だからこれでチップスを揚げても、恐ろしい事態を引き起こすことはないだろう。


 色がえげつないという点を除けば、多分、ごく普通の油だ。

 容器の封を開けて匂いを嗅いでみたけど、そこまで変わった匂いはしない。機械油みたいに鼻につくような刺激臭もなければ、宇宙クマの葉ほど清涼感のある匂いもしない。


 ほんのりオリーブオイル風の青臭い匂いが少しするくらいだろうか。


「本当にこれであの黒い塊が改良できるというのか?」

「はい。病みつきになると思います」

「病みつき……か。それはそれで、マタタビ煙草みたいで恐ろしいな。アレを吸うと正気を失うと聞いたぞ」


 ゴズ大佐が何気なく漏らしたその言葉に私は身を固くした。

 ほとんど同時にぎくっと動きを止めたのは、私と一緒にユニワ油を覗き込んでいたケラフである。


「どうした? 急に。そっちの毛玉も」

「い、いえ、大丈夫です」

「お、おうよ。大丈夫だ」

「……おかしな連中だな」


 いくら〝特定保護惑星に関する法律〟の抜け道があるといっても、屁理屈だと一蹴される可能性がある。

 特に、煙草の原料であるマタタビ他、宇宙ギャングから譲り受けた植物たちがキッチンカーの居住区の片隅にあるクローゼットの拡張空間の中に保管されていることは、ゴズ大佐にもハニ伍長にも知られないようにしなくては。


「とにかく油に危険性がないことは分かっているので……」

「この油が実際にチップスに利用できるかどうか確認するために、新たに宇宙クマのコアが必要になってきます」

「そう、オメガくんの言う通り」


 第8エリアに侵入した宇宙クマのコアは、全部ケラフとハニ伍長のお腹に収まってしまった。

 この油を使って試作品を作るには、新たなコアが必要になってくる。


「宇宙クマなら海を渡った第17エリアにうようよしているよ。船の中でも説明したけど、アンドロイドと電磁パルス壁で隔離してるんだ。あそこは宇宙クマの巣だね」

「この黄色い船で移動すれば、一日も経たないうちに到着するだろう」

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