第30話 宇宙トビウオって外宇宙生命体だったんです?

「ようこそオプトへ! ボクはハニ伍長。この農業プラント第8エリアを担当する警備主任だよ。ゴズ大佐から君たちを出迎えるように言われてね」


 オーディオから受けた誘導を元に、惑星オプトの軍事基地――第108支部第8エリア発着場に着陸すると、出迎えにやって来たのは元気いっぱいの軍人だった。


 一人称はボクと男性的ではあるものの、体つきはむっちりとした女性のそれ。くりっとした目が可愛らしく、見た目年齢は20代前半かそのあたり。

 実年齢は普通に100歳は超えていそうだけどね。


「とりあえず、歓迎の握手といこっか!」


 浅黒い肌に、蛍光イエローのド派手な髪が目に眩しい。肌と同じ褐色の短めのツノを二本、額から生やした彼女――ハニ軍曹は、朗らかな笑みと共に私に握手を求めてきた。


 その手を握ればハニ伍長は激しくシェイクハンド。

 元気で愛嬌たっぷりの人だった。


「それにしても、変わった形の船だねぇ。どこの星の人なのかな? その表情を見るにキミはアンドロイドじゃなさそうだけど」

「彼女の出身は地球ですよ、ハニ伍長。地球人の和泉ソラさんです」

「……地球! へえ、例の再生技術の実験体? すごーい〝絶滅種〟の激レアさんじゃん。もう一回握手してよ」


 ハニ伍長はにへら、としまりのない顔で笑いかけてくる。


「え、あ、はい、どうぞ」

「やったー! ついでに写真も撮っていい?」

「いいですけど……」


 二度目の握手を終えると、彼女は白い軍服のポケットから薄い端末を取り出して、ぐいっと私の体を抱き寄せた。それから端末で――スマホで自撮りをするみたいに――ぴぴっと撮影。


「いいねー! 滅茶苦茶イイ感じに撮れてるよ。ほらほら、見てよ。ソラちゃん耳が丸くて可愛い~」


 端末の画面を水平にすれば、立体的なホログラム写真が浮かび上がる。

 そこにはきょとんと目を丸くさせる私と、エネルギッシュに笑うハニ伍長が映し出されていた。


「それで、そっちのもふもふは?」

「こっちはウルタル人のケラフ。ソラさんの同行者です」

「ケラフ? ケラフ……聞いたことある名前だねぇ」


 ルビーみたいな真っ赤な瞳を向けられてケラフはぶわっと一回り大きく膨れた。


「あ、ああ? ケラフなんてウルタル星じゃ良くある名前だからな。知り合いとごっちゃになってんだろ?」

「そうかなぁ?」


 ケラフが悪さを働いていた宇宙海賊だと知られるのは面倒だろう。

 ハニ伍長は朗らかな人だが、この第108支部に所属する軍人たちが皆彼女のような人物ではないのは確かだ。


 あのホログラムの軍人はどうにもいけ好かない人だったしね。

 これ以上詮索はさせないのが吉と見た。


「それで、ハニ伍長。オプトは今何か大変なことになっているようでしたけど……いったい何があったんです?」

「ああ、ん。色々大変なことになっててねぇ。今、収穫したユニワの運搬も全部取りやめになってんだよねぇ」


 私の質問に、ぴぽっと端末を操作しながらハニ伍長は続ける。


「聞いてよソラちゃん。ホントに最悪なんだよ。外宇宙より飛来せし、邪悪なる生命体――指定外宇宙生命体がユニワを食い散らかしてるんだよ……まったく、どっからやって来たんだか」


 外宇宙生命体。

 ここしばらく良く耳にした単語だ。

 オメガくんも、対外宇宙生命体軍用アンドロイドという肩書きじゃなかったっけ。


「……その生命体って、散々聞いてきたけど……」

「この連邦における外宇宙とは、ソラさんの知る大気圏外のことではありませんよ。文字通り。外宇宙生命体とは、我々の宇宙の外よりやって来た侵略者とその眷属たちのことを指します」

「宇宙の、外? え、宇宙って広がっていってるんだよね? 果てがないのが宇宙なんじゃ……」


 それがただの地球人である私の認識だけど、どうやら違うみたい。


「それは貴方たち地球人の認識に過ぎません。果てはあります。そして果ての先にはまた別の宇宙が存在します。そして、この侵略者たちは外宇宙より僕たちの宇宙へと侵入し、今もなお侵略行為を続けている……」


 オメガくんの表情がより硬く、険しいものになる。


「コール・ハウル・イエル帝国は、その侵略者たちが築いた国なのですよ」

「じゃあ、今、オプトで悪さをしているのは……帝国の何かってこと?」


 それって相当やばいのでは?

 だって帝国って連邦と何万年もやりやってる、恐ろしい国だ。

 私の地球を(事故とはいえ)一瞬で粉微塵にした兵器を持つ国――


 途端に背筋が冷たくなってきて、私は身震いした。

 そんな私に太陽みたいに明るい笑みを向けるのはハニ伍長。


「大佐曰く、例の害獣を帝国が意図して送ってきた可能性は限りなく低いらしいよ。多分連絡船にひっついて来ちゃったんだろうねぇ。だからそこまで怖がる必要はないと思うよ」


 ずっと弄っていた端末をポケットにしまい込みながら、ハニ伍長は言った。


「ただ、特定外宇宙生命体に指定されてる害獣だし、駆除が面倒なんだよねぇ。第108支部の面子総出で駆除に出てるけど、すぐに繁殖して増えるんだもん。宇宙トビウオと同じだね。ただ本能の赴くままにエネルギーを食い散らかす、困ったちゃんなんだ」

「……え、ちょっと待って……宇宙トビウオって外宇宙生命体なの?!」

「そうですよ」

「おい、あんたそれ知らないで汁にしてたのかよ」


 あっけらかんと答えるオメガくんにケラフ。


「えー……私、そんなの調理して食べてたんだ……」


 宇宙を泳ぐ魚なんてそもそもゲテモノ以外のなにものでもないだろうけど、こうして実態を知るとどうして皆が嫌そうな顔をしていたのかが分かる。


 外の宇宙からやって来た敵国が連れ込んだ得体の知れない害魚だもんね。

 そりゃ食べたくもない。


「ボクの耳がおかしくなかったら、キミたち……え、食べるって言った? あの害魚を? 宇宙漂流者でもないのに?」


 そういえば出会ったばかりのケラフも、宇宙トビウオを食べるなんて宇宙漂流者くらいだって言ってたっけ。

 飢えて仕方なくて後がないときに食べる。

 そんな共通認識があるみたいだ。


「汁はうめえぞ。トビウオ汁。あんたも食ってみりゃ分かる」

「うげぇ……ま、地球人って変わってる種族だってシュテンから聞いたことあるし、そういうもんなの? ウルタル人まで食べるとは知らなかったけどさぁ」

「お前人生損してるぞ。あれはまたた……」

「ん?」

「いや、何でもねえ……とにかく、一回食えば分かるぜ。アレの良さがな。完全栄養食をありがたがって食ってた数百年がバカらしくなるくらいによ」


 含みを持たせたケラフの言葉に、「食べる、かぁ」ハニ伍長は何やら思うところがあるようだ。


「ウルタル人がこう言ってるってことは、地球人だけが食べられるって話じゃないみたいだし……もしかしたら……」


 小麦色の綺麗な流線型の顎のラインに指を添えて、ハニ伍長は考え込んでいる。


「うん、でも、可能性はあるかもしれない。ここ数ヶ月、アイツには手を焼いていたんだよね。特に死骸の処理が面倒で……大佐もユニワの収穫量が減るってイライラしてたし……」


 そこでハニ伍長は手をパンと叩いて「ねえソラちゃん、宇宙トビウオってどうやって食べるの?」と訊ねてきた。


「そのままかぶりつくの?」


 刺身にはまだ挑戦していないけど、下処理も無しにかぶりついて美味しいのはフルーツくらいじゃないかな。


「えっと、料理するんですよ。塩とかで味付けして焼いたり、汁物にしたり……」

「なるほど?」


 ハニ伍長はいまいち料理がどのようなものか合点がいかないようだった。

 だけども料理なる工程を経ることで、食べられるようになることはわかったらしい。


「じゃあさ、宇宙クマも〝りょうり〟できるかな?」

「……宇宙クマ?」


 宇宙トビウオに次ぐ、直球ネームに私は素っ頓狂な声を上げていた。

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