重荷負う少女の為に

(……暗い。何も見えない。自分がどんな体勢で丸まっているかもわからない)


 ノアに分かるのは、自分が刀を握っている事と、その刀が自分の体に触れていない事だけだった。


(私、このまま死ぬの? こんなところで、こんな奴に潰されて?)


 ――暗黒が、狭くなっていく。私の体もそれに伴って押しつぶされていく。


 その時、ノアの脳内に明理の顔が思い浮かぶ。


「いやいや、まだでしょ」


 ノアは刀を振り回し、拳を粉々に切り刻む。暗闇から出てきたノアは全身血だらけになっており、目を剥いて妖怪を睨み付ける。


 そのまま空気を蹴って妖怪との距離を一気に詰め、妖怪の胸に刀を突き立てる。そのまま自重を使って体を切り裂いていき、地面に着地する。


 妖怪は切り口から黄色い炎を吐き出し、ジワジワと塵になって消滅した。ノアは振り向けずにいたが、目の前に黄色い炎を纏った金属片が転がってきた事で妖怪の死を悟った。


「……え?」


 黄色い炎を見たノアは、思わず金属片に手を伸ばす。しかしその指が触れる前に、金属片は塵となって消滅してしまう。


「ゲホ……まあ、それくらい……ゲホゲホ、あるよな……っ」


 ノアはゆっくりと立ち上がり、激しい咳をしながらゆっくり歩き出す。その足取りはおぼつかず、今にも倒れてしまいそうなほどか弱いものだった。


 ――彼女の記憶は、そこで止まっている。


 次にノアが目を覚ましたとき、真っ先に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。


(なに、これ。こんな天井知らない)


 意識が明瞭になると、ノアは自分がベッドの上で毛布を掛けられている事に気づく。次にノアは上半身を起こそうとするも、体を動かした瞬間に激しい痛みを感じて諦めてしまう。


 そんなノアがいる寝室に、扉を開けて明理が入ってくる。明理は料理が載ったお盆を持っており、彼女はその盆をノアの膝にそっと置いた。


「随分早いお目覚めだな。あれからまだ1時間しか経ってないぞ」

「……ここ、は?」

「オレの家だ! どうだ、真っ白で驚いただろう? オレもここに来たばっかりの時は驚いたもんさ。なにせ、この周辺の家の構造は全部ここと同じなんだからな」

「なるほど……街全体の建物が白一色なんて、まるでギリシャみたいですね」

「おっ、勘が良いな。この地域はギリシューと言って、現世にあるギリシャを参考にして街造りがされて居るんだ」

「となると、フィルディアはフィンランドを参考に作られてそうですね」

「同じ風に作られた街が、この世界には七つ存在する。ちなみにアメリカ風味の街もあるらしいから、任務で訪れる機会を楽しみに待っておけ」

「分かりました。ところで、私が任務で経験したことを報告しても?」

「オレは別に構わんが、お前の体調は大丈夫か? お前の体、血を吐くくらいにはボロボロじゃねえか」

「大丈夫です……ゲホ、さっきの咳には血が混じっていませんでした。ある程度体力が回復したのでしょう、話すだけなら出来ます」

「そうか、なら聞かせてくれ」


 ノアはフィルディアで経験した出来事を全て説明した。説明を聞き終えた明理は、冷や汗ダラダラになった額を手でぬぐい、眉間にしわを寄せる。


「どうりて、依頼書に妖怪の詳細が記載されてないわけだ。お前がこんなイカれたバケモンを相手すると先に知っていれば、オレは全力で止めたはずだからな」

「依頼書に対象が記載されてない? そんな事あるんですか?」

「たまにあるんだよ。そういう依頼の対象になってる妖怪は大抵、早く討伐しないと街に壊滅的な打撃を与える危険な奴が多い」

「危険なら、どうしてその情報を隠すんです」

「なんとなく理屈は分かる。早急だからこそ、なるべく早く鵺からの討伐を請け負う旨の返事が欲しいんだろう。だから諜報部はこう言う偽装工作をして、簡単な依頼だと誤認させるテクニックを使う」

「……ん? 諜報部ってなんです?」

「世界各地に駐在する、政府直轄の組織だ。奴らの仕事は妖怪の出現情報をいち早く察知し、鵺に討伐依頼を送る事。だが奴らはオレ達が依頼を断らないよう、オレ達に対して恐喝や詐欺をしょっちゅう行う非道な側面を持っている」

「……実際に、電話を受けたあの時も脅されてた様ですしね」

「ああ。奴らのあのやり口で、一体どれだけの将来有望な隊士が死んだことか。今回だって、下手すりゃお前も死んでたかもしれない。もう、アイツらの横暴にはうんざりなんだよ」


 額に当てた手を強く握り込む明理。それを見たノアもまた、悲しい表情を浮かべる。


「……すまん、無駄話が過ぎたな。コーラなら冷蔵庫に入ってるから、動けるようになったら勝手にとって飲んでくれ。オレは一旦オフィスに戻る。朝までには、帰るようにするから」


 明理は足早に部屋を出て行く。その直後、部屋の外から壁を伝ってズシンと重い音が寝室中に響き渡る。


(まさか彼女が、そんな組織と毎日やり取りしてたなんて。古参隊士と諜報部の板挟みを受ける彼女のストレスは、私では到底計り知れないだろう)


 ふと盆に目を落とす。盆の上には三錠の薬とおかゆ、そして水が乗っていた。ノアはまず薬を水で流し込み、それからおかゆを食べ始める。


(共感すれば、更に傷を抉りかねない。でも私は彼女の痛みを和らげてあげたい! 私より年下の女の子が苦しんでるのを、黙って見ていられない! 何かできることは無いのかな)


 早くも薬が効いてきたのか、ノアは非常にゆっくりながらも立ち上がる事が出来た。コーラを飲もうと寝室を出て、キッチンに行き冷蔵庫を開けるノア。


 そんなノアの目に飛び込んできたのは、かつて自分が実家で見た物と同じ食材群だった。


(あった、私に出来る事。上手くやれる自信は無いけど、物は試しだ)


 冷蔵庫の中から食材をいくつか手に取って外に出し、コーラを少し飲むノア。たすきで袴の袖を縛ると、その場にあったまな板と包丁を使って食材を切り出した。

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