サムライの務め

「ダメだな」


 総隊長室にて、頭を下げるノアに明理はそう告げる。


「な、何でですか! この程度の証拠では、まだまだ本入隊を許すには到底足りないと!?」

「そう言う問題じゃない。一個人を特別扱いすると、保守派の古参共がうるさいんだよ。いちいち反論を考えるのもいい加減面倒くさくてな、だから引き下がってくれないか」

「そこを何とか、お願いします! この通り!」


 ノアは床に手を突き、土下座をする。その姿を見た明理は大きめの溜息をつき、席を立ってノアの目の前に立つ。


「わからねえ、どうしてお前はあったばかりの奴のためにそこまで出来るんだ。そいつらを助けたって、何の利益にも繋がらんぞ」

「利益が有る無いの話ではありません。私はサムライとして、困っている人が居たら必ず救わなければならない。その手段に剣が使えないなら、こうすることにためらいはありません」

「……そうか、とりあえず顔上げろ」


 明理の指示を受け、ノアは顔を上げて立ち上がる。その表情は硬く、決意に満ちていた。


「土下座以外にもう一つ、最大限の覚悟と誠意を示す言葉があるだろ」

「もし要求を呑むために何かをする必要があるのなら……私、何でもします」

「よく言った、ならオレも腹を括ろう」


 明理は部屋の右側にある本棚の、その下の引き出しからカメラが付いた黄色いヘルメットを取り出す。


「実際、写真だけじゃ本入隊を許せないのは事実だ。古参連中を黙らすには、オレの判断は私情による物じゃないと証明する『映像』が必要だ」

「映像なら、改ざんは難しいですもんね」

「そういう事。オレは確かにあの二人に向けて依頼を出す事に決めた。だがこれはただの依頼じゃねえ。鵺直属の全12部隊、誰も受けたがらない曰く付きの依頼だ」

「な、なるほど……」

「この依頼を課す上で、オレはお前に三つの要求をする。一つ。まずはあの二人の討伐に同行し、そのヘルメットを使って映像を撮ってこい。言っておくが、二人に手を貸そうもんなら一発アウトだ。画面の揺れですぐにバレるしな」


 ノアはそれを聞いてドキッとする。もしあの二人が目の前で蹂躙されても、私はそれを見ていることしか出来ないんだと密かに思った。


「二つ、お前にも一つ依頼を受けてもらう。二人の同様曰く付きだが、二人に課す物より遙かに強い妖怪を相手取る依頼だ。階位はは不明だが、確実に今まで退治してきたどの妖怪よりも強い。覚悟しとけよ」

「はい、覚悟します」

「そして三つ目――」


 彼女の言葉の間に、緊張して思わず唾を呑むノア。今度はどんな無茶をさせられるんだろう、そう思っていた彼女が聞いた言葉は――


「これから三日間、オレの家で寝泊まりして貰う。つまり同棲しろって事だ」

「……えっ?」

「言葉通りの意味だ、裏は無い」

「……ええ、はい。喜んで」

「よっしゃ!」


 明理はデスクに戻り、キーボードを高速でガタガタ叩き始める。操作音が止むと同時に、部屋の左側にあるコピー機が起動し紙を三枚排出する。


「今、依頼書を印刷した。そいつを二人に渡して、それからここに戻ってこい。三つの要求とは別に、お前に手伝って欲しい仕事があるんだ」

「分かりました! 行ってきます!」


 ノアはコピー機から紙を手に取り、走って総隊長室を後にする。


 施設中を駆け回るノアが二人を稽古場で見つけたのは、紙を受け取ってから10分後の事だった。


 ――あの時、どこで待つつもりなのか教えて貰うべきだった。


 その思いをぐっと抑えながら、ノアは引き戸を開ける。


 中では仁がサンドバッグを長い竹の棒で叩いており、美佳はそれを座ってみていた。仁はすぐノアの姿に気づき、棒を投げ捨てて美佳と共にノアの元に駆け寄る。


「どうだった!?」

「交渉成立です。依頼内容はこちらに」


 仁と美佳に紙を渡すノア。二人は紙の内容を食い入るように見て、その内容に目を丸くする。


「請負人名に僕と美佳の名前が記載されてる……夢じゃ、ないよな?」

「どうか気をつけてくださいね。本隊も受け入れを嫌がる依頼です、何か良くない秘密があるのかと」

「そうだな。せっかく貰えたチャンスだ、それを不意にしないように頑張らないと」

「それと、明理さんからお二人宛ての伝言を預かっています」

「いいよ言わなくて。どうせアレだろ? せっかくオレが与えたチャンスを無駄にするなよ、的なアレだろ?」

「まさか! 彼女はあなた方に『生き急ぐなよ、チャンスならいくらでも与える。だからお前ら、絶対死ぬなよ』と仰せです」


 仁と美佳はそれを聞いて唖然するが、仁はその後すぐにフッと笑う。


「彼等は失敗するかもしれない、なんて思うのは止した方が良い。僕らは負けない、この一回できっちり決めきるからな。そうだよな? 美佳」

「ええ。私は37年間、誰かに実力を見て貰うこの機会を待っていた。私は今絶好調なの! だから心配しないで」

「それは何よりです。では私は総隊長室に戻りますね、彼女から手伝いを頼まれているので」

「おう。ありがとうな、僕達の為に動いてくれて」

「お礼を言われる程の事じゃありませんよ。人を助けるのはサムライの務め、して当然のことをしたまでのことです。では明日の6時、入り口手前でまた会いましょう」


 ノアは二人に背を向け、颯爽と稽古場を出る。引き戸を閉めたノアは、思わず口角を緩ませる。


(今の私の言葉……すっっっごいサムライっぽくなかった!? 格好良すぎるでしょ私! まさかこんな事を実際に言える日がくるなんて――)

「おーい、口に出てるぞ」

「!!!」


 背後から聞こえた声に驚いて身をのけぞるノア。振り向くと、仁と美佳が引き戸を少し開けて顔を覗かせていた。


「ちょっと仁! それは言わない方が良いって! デリカシーないの!?」

「わ、悪かったって」


 ノアは恥ずかしさに耐えられなくなり、遂に目を閉じながら駆け出してしまう。それを見た仁と美佳は扉を閉め、稽古場に戻る。


「やっちまった……明日謝ろう」

「……フフッ」

「おい、人が反省してる姿を笑うなって」

「違うわ。まさか自分が、こうして誰かと関わって笑える日が来るなんて思わなかったから、それが嬉しくてつい」

「そういえば美佳が笑う姿初めて見たな」

「でしょ? ただの引きこもりだった私が、ここまで来れたの貴方のお陰よ仁」

「大げさだな」

「大げさじゃ無いわ。仁が居なきゃ今頃、トイレの仕方も忘れてたわよ。だから今、ようやく仁に恩返しが出来る日が来たと思ってとてもわくわくしてるの!」

「気合い十分なのは良いことだ。よし、それじゃわくわくついでに手合わせしよう。ぶっつけ本番じゃ本領発揮出来ないだろ。今の内に、僕を練習台にして感覚を取り戻しておけ」

「分かったわ! それじゃあ――」


 美佳は雷を纏った拳を構え、真剣な眼差しを仁に向ける。


「全力で行くわね!」

「お、お手柔らかにお願いします……」

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