極彩色の世界Ⅱ
頬を撫でる心地よい風とどこからか聞こえる鳥の鳴き声で目が覚めた。
周りには青々とした木々が生い茂り、木漏れ日が差し込んでいる。
「ここは……どこだ？」
自分は、このような所にいた覚えはない。そう考えて、記憶を掘り起こしてみる。
「確か、たまには外に出るのもいいと思って駅前の公園に徒歩で向かっていたはず。えっと、その後は駅のロータリーにさしかかったところで――――」
急な頭痛に思わず目を閉じて、頭を押さえた。ズキン、ズキンと胸の鼓動に合わせて、痛みがはしる。
熱があるわけでもないのに異様にのどが渇く。まずは、この症状が治まるまで安静にするか、水分を補給しなければならないと薄く目を開き、周りを見渡す。
少しかすんでいるが、周りの状況は確認できた。
どうやら山道で倒れていたらしく、周りに助けを求められそうな人の姿はない。
生い茂る木々や草花が目に入る。普段、動植物を観察することなどないが、それでも自分が見たことがないものだとわかった。
そもそも――――
「（――――こんなに蛍光色の植物なんてあったっけ？）」
昼間にも関わらず光をうっすらと放っている姿に目を奪われる。こんな植物ならば、日本でもすぐに気づいたはずだ。
不思議な光景に興味をひかれるが、それよりも自分の喉が渇きを訴えている。
「近くにきれいな川でもあればいいんだけど……」
耳を澄ましても川のせせらぎは聞こえない。
幸いにも別のことに思考を割いていたせいか。いつの間にか、自分を襲っていた痛みが引いてくる。
「とりあえず、山を下りよう。少なくとも、ここにいるよりはマシだ」
圏外を示すスマホを見て、電源を切りながら立ち上がる。現状、持ち物はスマホと腕時計、タオルの入った肩掛けのカバン。服装はジーパンに黒Tシャツ――――以上。
太陽の高さに安堵しながら、山を下りることにした。こんな格好で夜の森に放り出されたらたまったものではない。
「よいしょっと」
立ち上がってお尻の土を払う。白っぽい土が空中を舞って、消えていく。下り坂になっている側の道が、すぐ街に出られることを願って歩き出した。
しかし、そう思って歩き出して一時間。代り映えのない景色に早くも心が折れた。始めは見たこともない花や蝶に目を奪われ、ほんの少し落ち着くことができた。
しかし、そんなものは一時の感情、どうあってものしかかってくるのは、この壮大な迷子状態という問題だった。人や車にもすれ違わないことが、さらに不安を増加させる。
「いつになったら、この山を下りれるんだか……」
少し前にスマホの電源を入れてみたが圏外表示から動くことはなかった。このまま、連絡をどこかにつけることができなければ、数日は救助も来ない。
唯一の希望は、舗装すらされてないとはいえ、人が通れる道が存在することだろう。道があるのなら人、もしくは車が通る可能性があるということだ。
そんなことを考えていると、微かにサァーっという音が耳に飛び込んできた。
左側の道に寄って覗き込むと、小川が見える。その流れる先を見ると、どうやらこの道の先で合流する場所があるらしい。
「よし、このまま行こう」
川の水をそのまま飲むのは少し気が引けるが背に腹は代えられない。せめて口を潤す程度なら腹を下すこともないだろうと足早に道を進めることにした。
のどの渇きは増していたので、正直に言えば、斜面を下ってすぐにでも飛びつきたかった。
しかし、若いといっても運動不足の体。はっきり言って怪我をしかねない。いつもよりは身軽に感じるが、万が一のことがあってはいけないと慎重になる。
思えばちっちゃい頃から、ほんの少しの不注意と冒険心で池に何度も落ちたり、転んでけがしたりしたことがあったのを思い出してしまった。
よくテストでも『しっかり見直ししましょう』と書かれたものだ。ちょっとのことで失敗する教訓を生かすことにして、我慢して歩き続ける。
そんなことをしている間に左側の斜面がほとんどなくなり、小川まで行くことができるようになっていた。 駆け出したくなる気持ちを抑え、川の近くにできた水だまりへ寄る。
近くによると川の水は透明度が高く、きれいだと判断できた。本来ならば沸騰させたりすることが必須だが、それよりも欲望が勝った。
「よし、じゃあ、ちょっとだけいただきま……」
両手で掬おうとして、水面に違和感を抱く。いや、
少なくとも、自分はこんなに若くはなかった。いや、まだ若いつもりではあるが 運動をバリバリやっていた頃の自分の姿にそっくりだ。
「まさか……」
そう呟いて、上着をめくるときれいに割れ目が少しある腹筋が目に飛び込んできた。
迷子になる前のたるみ始めた自分の腹を思い出し、少し涙がこぼれそうになった。いかなる奇跡かはわからないが、体が若返っているようだ。
一口、水を含んで飲み込まずに潤すだけに留めておく。汗ばんだ顔も洗って、すぐに立ち上がると、先ほどの道をさらに進む。
ほんの少しではあるが、気持ちも落ち着いたようだ。
体も十年ほど若返っているようで、試しに体を動かしてみると柔軟性やら筋力がかなりあった。そんなこともあってか、道を踏みしめる脚にも力が入る。
身長が少しばかり変わったせいか、時折、転びそうになりながらも道を行く。
そうして足を進めるうちに、開けた場所に出た。まだ木々はたくさんあるけれども、どうやら集落のようなところに出たのだろう。木造の家や畑を囲む柵が数百メートル先に見える。遠くから見る限りでは、電柱などの近代的な設備は確認することができなかった。
「まずはここがどこなのか聞いてみよう。たぶん電話とかもなさそうな感じだし……」
呟いて村に向かって十歩程、足を進めたとき、左後ろの茂みが揺れた。
――――何だ？
そう思って向けた自分の顔は、今までの人生で三本指に入るほどの驚愕の色に染まっていただろう。
百センチほどの背丈、吊り上がった眼、引き裂けたような口に並ぶ黄ばんだ歯、一本の髪すらない頭に尖った耳。そしてなにより、どんなに汚れようとそんな色はあり得ない、緑色の皮膚。
どこのＲＰＧでもでてきそうな敵キャラ
前略
お母さま。どうやら私は地球ではない異世界にいるようです。
そんなくだらないことを思ったのも束の間、見開いた眼に映ったのは、数秒前とは違う世界だった。一昔前のテレビの砂嵐のようにノイズが走る。
頭痛が一瞬、駆け抜けて顔をしかめると、普通の視界に戻っていた。先ほど見えた、異常な世界について考える暇もなく、気持ち悪い生物が目の前にいる現実に気付く。思わず後ずさるとその生物は口の端をつり上げた。
「グヒャヒッ！」
言葉すら通じるかもわからない化け物が、嬉しそうにこちらを見ている。そんな
棍棒――――原始的で簡単に威力を発揮できる武器――――それを持って俺を見ているということは――――
「――――あぁ、とりあえず把握したよ。絶体絶命、大ピンチだってな！」
思わず背を向けて走り出す。誰が好き好んで撲殺されたがるというのか。そんな奇特な趣味をもっているやつがいるなら今すぐ代りたいくらいだ。
「ギャギャッ！」
後ろから耳障りな声が聞こえてくる。ほんの少し振り返れば、棍棒を振り上げて、こちらを追ってくる。体格は三倍以上あるし、身軽な自分の方が圧倒的に早いと油断した。
想像以上に足が早い。こちらのイメージよりも差が開かない。顔を正面に向けて、腕を振って全力で走る。
あと百メートルほどで村のようなところに辿り着ける。誰かに助けてもらおう、と必死で足を動かす。相手との距離も余裕がある。だから、油断したのはたぶん仕方のないことだった。
「がっ！？」
つまずいた。そのまま二、三歩足を出して無様にヘッドスライディングを決め込む。
痛む肢体に鞭を打ち、そのまま振り返ると――――
「ギヒッ」
先頭の一体が、すでに跳躍していた。右手の棍棒を振りかぶっている。
――――あぁ、マズい。これはヤバい
そう思うと同時に、目を閉じて反射的に左足を蹴り上げる。ゴッという鈍い音が足を通して伝わってくる。
「ゲヴォッ！？」
そう口から音を漏らして右側に転がるゴブリン。それを見て気付く。とても単純で、今となってはさっきまでの自分が情けなくなるような事実だ。
素早く立ち上がり、残りの三体に備える。そう、なんてことはない。ちょっとばかり筋肉がつきすぎた子供が、でかい木の棒を持って追いかけてきただけだ。その光景を見て脅威と思うだろうか。
「（一体ずつ仕留めればなんてことはない。脛と股と頭さえ気を付ければ何とかなる！）」
先手必勝、攻撃は最大の防御なり。足下の土を蹴り上げる。別に目潰しをできるとは思わない。いや、なればそれに越したことはないが。
相手に攻撃の意思を見せる。ただ逃げる相手よりはよほど攻撃しにくいだろう。そんな形を見せた勇輝の両側の二体が立ち止まった。中央から向かってくる敵を無視して、左側へと向かう。
走り寄った勢いのまま、右足の裏で顔を蹴り飛ばす。相手は悶絶して声も出せないようだ。
振り返れば、無視したゴブリンが棍棒を振りかぶって追ってくる。すかさず右にステップして避ける。棍棒は空を切り、先ほどまでいた地面に振り下ろされた。
振り切って無防備なゴブリンの顔面へ左足で打ち上げ気味のミドルキックを叩き込む。
「そーれっ！」
一瞬、空中に浮いた後、ゴブリンは天を仰いで倒れる。歯が折れて、気絶しているようだった。
最後の一体を処理しようと顔を上げるが、そこには自分だけで逃げ出す背が見えた。どうやら仲間意識とかそういうのは、あまりないらしい。
「……っはー」
緊張を解くと同時に息が漏れる。まだ、手と足の震えが止まらない。脅威ではないかもしれないが、恐怖感や嫌悪感はある。それでも、何とか生き延びることができた。
だが安心はできない。周りを一度見渡して、安全を確認して歩き出す。とりあえず、目の前の村に入ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます