Episode Memory:35 告白と未来

「――で、契約して戻ってきたのか?」

「そゆこと!」


 昼休み。賑わう食堂の一角――奥のテラス席で洸矢たちは呆気あっけに取られていた。

 幸奈とシルフが再会した話を、信じられない様子で聞いていた。


「家に帰ってからも、忘れたことが悔しくなるくらい、幸奈からいろんなことを教えてもらったわ。昔の知り合いに言うのも変な話だけど、これからよろしくね」


 記憶がないなんてことを感じさせない振る舞いのシルフに、洸矢たちは戸惑いながらも返す。


「それでね、今日はいつものクレープ屋さんに行きたいの! 契約したお祝いと、シーちゃんに人間界の案内をするの!」


 幸奈は満面の笑みを浮かべる。

 その提案を否定するのは誰もいなかった。

 昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り、幸奈たちは教室に戻る。途中、瑞穂の歩みがいつもより遅いことに日向は気がついた。


「瑞穂?」


 どこか上の空だった瑞穂は、呼びかけられて我に返る。


「……日向。放課後に出かける前、少しだけ時間をもらえるかしら」


 窓から吹く風で瑞穂の髪が揺れる。その姿にどきりとしながら日向は頷いた。



 そして放課後。日向と瑞穂は校舎の外れの渡り廊下にいた。

 用事がなければ誰も通らないそこは、二人きりで話をするのにちょうどよい場所だった。

 瑞穂の頼みでフレイムとセレンは先に正門に向かってもらっていて、日向と瑞穂しかそこにいなかった。


「忙しいのにごめんなさい。でも、今日どうしても日向に言わなきゃいけないと思ったの」


 日向に向き直る瑞穂。


「私、あなたのことが――」

「待って瑞穂!」


 日向は慌てた様子で瑞穂の言葉を遮る。ぽかんとする瑞穂。


「さ、先に俺から言わせて!」


 大きくせき払いをして、日向はまっすぐ瑞穂を見つめる。


「たぶん、言いたいことは同じだから」


 その顔はすでに赤くなっていた。


「俺は、瑞穂のことが好きです。付き合ってください」


 瑞穂を見つめたままの顔は、言い逃れできないほど赤かった。


「俺が瑞穂を好きだって言うのは瑞穂も知ってると思う。入学式の頃からずっと言ってたし。でも、いつかちゃんと告白したかった」


 それが、今です……と声が小さくなっていく。

 日向の話を静かに聞いていた瑞穂は小さく微笑む。


「私も、日向のことが好き」


 気恥ずかしそうに一瞬視線を逸らすが、すぐ日向に戻る。


「本当は、場所を整えて告白するつもりだったわ。でも、今日幸奈とシルフのことを知って、すぐにこの気持ちを伝えなきゃと思ったの」


 瑞穂は微笑む。


「人も精霊もいつ別れるか分からないわ。だから、私は後悔したくなかった」


 唖然あぜんとしている日向。


「瑞穂が、俺を好き……?」

「そんなに驚くこと? これでもあなたの好意は全部受け止めていたつもりよ」


 おかしそうに笑う瑞穂。


「改めて、これからよろしくね」

「よ、よろしくお願いします……?」

「どうして疑問系なのよ」


 たどたどしい日向に瑞穂は苦笑する。


「それじゃあ、行きましょうか。幸奈たちが待っているわ」

「瑞穂! 今度……で、デートしよ!」


 瑞穂は笑顔でうなずいた。

 そして、日向たちが正門に着くのと、凜とラインが正門に着いたのは同じタイミングだった。


「シルフがいる!」


 シルフに真っ先に駆け寄るライン。


「この子がラインよね?」


 純粋な瞳に一瞬たじろぎ、幸奈に小声で尋ねるシルフ。

 幸奈はうなずき、ラインの視線に合わせてしゃがむ。


「ラインちゃん。凜くんからシーちゃんのことは聞いてる?」


 不安そうにうなずくライン。


「で、でも、覚えてないのはラインも同じだから、シルフは安心してね!」


 ラインのことは幸奈から聞いていた。

 考えながら出た言葉はラインなりの励まし方なのだと、シルフはすぐに理解した。


「ありがとう。これからは、今まで以上に仲良くしてくれると嬉しいわ」


 ラインの表情がぱあっと顔が明るくなる。


「よぉし。みんな揃ったところで、クレープ屋さんに――」


 拳を突き上げようとしたところで止まる幸奈。

 カバンを漁り、顔が青ざめていく。


「幸奈。どうしたのよ」

「タブレット置いてきた! 明日の宿題のデータあるのに!」

「そんな大事なもの、なんで忘れるのよ」

「思い出したんだから褒めて! みんな、ちょっと待ってて!」


 洸矢にカバンを押しつける幸奈。


「シーちゃん、ついてきて!」


 校舎へ走りながら叫ぶ幸奈を慌てて追いかけるシルフ。そして二人を見送る洸矢たち。


「あの二人、変わらないな」

「そうだね。シルフの記憶が戻ってるんじゃないかって思うくらいだよ」


 苦笑する洸矢に視線を移す凜。


「そういえば、洸矢はまだなの?」

「……なんのことですか?」

「言った方がいい?」


 ラインと話している日向と瑞穂をちらりと見る凜。その視線がなにを意味しているのかすぐ気がつき、洸矢の視線が泳ぐ。


「あー……ま、まだです」

「そうなんだ。いつするの?」


 ぐいぐいと迫る凜に、洸矢は言葉を詰まらせる。


「たぶん、そのうち、するかも……しれない…………です」


 だんだんと声が小さくなっていく様子がおかしかったのか、くすくすと笑う凛。


「僕が卒業するまでにしてくれると嬉しいな」

「……先輩、本当からかうの上手いですよね」

「からかっていないよ。僕は心の底から二人を応援してるよ」


 にこやかな笑みを浮かべる凜。

 凜さん、とプレアが二人の間からひょこっと顔を覗かせる。


「洸矢にはシルフさんという強力なライバルがいますよ」

「そうだったね。洸矢はこれから大変だね」


 顔を見合わせて笑う凜とプレア。

 いつの間にかプレアの横に立っていたラインが洸矢たちを見上げる。


「洸矢のなにが大変なの?」

「なんでもないよ。ラインは洸矢を応援してあげて」

「洸矢、頑張ってー!」


 ラインの純粋な瞳に洸矢はたじろぐ。

 すると、日向がニヤニヤと近づく。


「へー。洸矢はまだなんだー」

「先輩をつけろ」

「幸奈に告白したらつけまーす」


 そのやり取りを、瑞穂とセレンとフレイムは遠くから見守っていた。

 くすりと笑う瑞穂を見上げるフレイム。


「瑞穂、さっき日向といたのはそういうことか?」

「えぇ。みんなもう分かってると思うけどね」


 セレンが感極まった表情で瑞穂に飛びつく。


「瑞穂様、おめでとうございます……!」

「ありがとう。セレンは一番近くで応援してくれたものね」

「ですが、これから日向様と出かけるときは、私はお邪魔ですよね……?」


 日向をちらりと見て、しょんぼりと目を伏せるセレン。


「そんなことないわ。これからも、私たちを一番近くで見守っていてちょうだい」

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