Episode Memory:24 祭りと事件③

「やっと追いついたー」


 みのりの声が背後から聞こえたときには、凜とラインは裏路地の一角に追い詰められていた。みのりの反対には猫の姿をした精霊もどき。

 凜たちがいる場所は会場からそれなりに離れていて、人通りも全くと言っていいほどなかった。


「先輩、このままだと誘拐ですよ」


 大げさに肩をすくめるみのりに、凜は眉をひそめる。


「これだと、君も同じ状況になっているんじゃないか?」

「人聞きの悪いこと言わないでください。多少強引でもいいから連れてきてって言われてるんですから」

「だったら、家族の人が直接迎えに来ればいいんじゃないか?」

「あたしたちみたいな暇な学生と違って忙しいんですよ。それに、今日は精霊祭で人が多いし、迎えに行くのも大変じゃないですか」


 会話をしている間もみのりたちは牽制けんせいしていて、凜は逃げ出す隙が見つからなかった。

 そして、ラインは凜の後ろに隠れて服の裾を強く握っていた。


「なぜ僕は一緒に行けないんだ?」

「先輩は呼ばれてないからですよ。逆について行って訴えられても知らないですよ?」


 張り詰めた空気が漂い、みのりは面倒くさそうにため息をつく。


「先輩、話通じなさすぎ。頭いいって幸奈からは聞いてたんですけど」


 そのとき、屋根からなにかが勢いよく降ってきた。音もなく静かに着地したのは、狼の姿をした精霊もどき。

 目の前に突然現れた精霊もどきに、凜とラインはびくりと肩を震わせる。


「ここにいたか」


 みのりの後ろから現れたのは颯太だった。


「先輩。遅いですよ」

「悪い。……それで、説得は終わったのか?」

「これ見て終わったって思います?」


 対峙している凜たちを一瞥いちべつし、颯太は今の状況を理解したようにうなずく。


「……仕方ないな」


 颯太は右手をかざす。中指にはシルバーの指輪がつけられていた。

 次の瞬間、狼の精霊もどきが凜めがけて飛びかかる。凜はコンクリートの壁に叩きつけられ、そのまま精霊もどきに押さえ込まれる。


「凜!」


 ラインは凜を助けようとするが、目の前に猫の姿をした精霊もどきが現れる。鋭い目つきで威嚇いかくされ、ラインは怯えながら後ずさる。


「やめて、凜にケガさせないで……」

「あたしたちと一緒に来てくれたら、先輩にはケガさせないよ」


 凜とみのりたちを交互に見つめ、ラインは震える声でつぶやく。


「ライン、行くから……凜を離して……」

「ありがとう。あとこれ、落としたよね」


 みのりが持っていたのはラインが被っていた花冠。いつの間にか落としていたそれを、ラインに優しく被せるみのり。

 ラインに微笑みかけたあと、みのりはいぶかしげに颯太に視線を移す。


「これ、誰かに見られたらやばいですよね?」

「知らない誰かからすれば、誘拐に見えないこともないな」

「え、だるすぎ。早く行きましょ」


 みのりたちはラインを連れて裏路地を去っていく。

 姿が見えなくなってから精霊もどきは凜を解放し、みのりたちが消えた方へ走って行った。

 凜はラインを追いかけようと立ち上がったところでふらつき、視界が霞み、踏み出そうとしたところで意識を手放した。


   * * *


 次に凜が目を覚ましたのは、白いベッドの上だった。


「凜先輩、よかった……!」

「洸矢……?」


 視線を横に動かすと、洸矢とプレアがいた。

 ゆっくりと起き上がってあたりを見回す凜。


「ここは……」

「救護室です。先輩が運ばれているのを偶然見つけたんです」


 洸矢たちがいるのは簡易テントのような場所で、外から軽やかな音楽と人々の喧騒が微かに聞こえた。

 凜はぼんやりとしていた意識が覚醒し始め、凜は意識を手放す前の出来事をだんだんと思い出した。

 そして立ちくらみも気にせず勢いよく立ち上がり、救護室を出る。だが、ラインはいなかった。ラインだけでなく、みのりや颯太、精霊もどきも、その姿はどこにもなかった。

 明らかに様子がおかしい凜に、洸矢とプレアの表情が曇る。


「先輩、幸奈たちはどうしたんですか?」

「……ラインが――」


 凜の言葉に覆い被さるように閃光とドーンという音、そして歓声が響く。

 それは、精霊祭を締めくくる花火が始まった合図だった。

 夜空に打ち上がる花火を呆然と見上げる凜。


「凜くん!」


 花火の音の間から聞こえたのは、幸奈の通る声。幸奈の後ろからシルフや日向たちも走ってきていた。

 幸奈は凜に詰め寄る。


「洸矢兄から連絡もらって……大丈夫!?」


 そのまま凜を押し込み、幸奈は凜を半ば無理やりベッドに座らせる。


「なにがあったの!? それに、ラインちゃんは!?」

「幸奈。落ち着きなさい」


 慌てている幸奈をシルフが制止する。

 幸奈の不安な瞳が凜に向き、次第に全員の視線が凜に集中した。


「…………ラインが、家族のところに帰ったよ」


 目を伏せ、唇を噛む凜。

 全員が言葉を失い、静寂が訪れる。正しくは幸奈たちがいる救護室だけ。

 外では花火の音と、人々の歓声が絶えず聞こえていた。


「ラインちゃん、家族はいないって言ってたよね……?」

「ラインを連れ戻しに来た人が言ってたんだ。ラインには家族がいるって」


 凜のつぶやきに、瑞穂が眉をひそめる。


「連れ戻すなんて、あまりいい言葉ではないような気がしますが……」

「あれは連れ戻したのと同じだよ」

「……連れ戻したのは、ラインちゃんのご家族ですか?」


 膝の上で拳を握りしめる凜。


「……運上みのりさん」

「……え?」

「それと、狼の姿をした精霊を連れていた男の子も一緒だった」


 全員の頭の中で、動揺と混乱が渦巻いた。

 それぞれ思い浮かぶのは、毎日顔を合わせるクラスメイトと、連絡が取れなくなった親友と、人間界にいるはずのない謎の存在。


「その人、影井って名前ですか……?」

「名前は分からない。でも、運上さんは彼を先輩だと言っていた」


 凜の答えに、洸矢は言葉を詰まらせる。


「……なにがあったのか。詳しく教えてちょうだい」


 シルフに言われ、凜は小さくうなずく。

 それから、凜はみのりと会ってからのことを全て話した。同時に、幸奈たちと洸矢たちはそれぞれ精霊もどきと颯太を追いかけていたことを伝えた。


「……なんで、みのりたちはラインちゃんを連れ戻すことになったのかな」

「分からない。もしかしたら、ちゃんとした理由はあったのかもしれない。……ただ、僕はあのままラインと別れるなんてことだけはしたくない」


 凜は幸奈たちを見上げる。


「僕は、ラインに会いに行きたい」


 契約しようと、ラインと小指を絡めたあの日のことを思い出した。ずっと一緒にいて欲しいと言われた、あの日の夜を。

 ずっと一緒にいられなくても、別れの言葉だけは伝えたい。

 幸奈はうなずき、唇を引き結ぶ。


「月曜日、みのりに聞いてみるね」


 幸奈たちが救護室を出ると、花火の音はなくなっていた。

 精霊祭はすでに終わりを迎えていて、目の前には満足げに帰宅する人の波が流れていた。

 その波に乗って、幸奈たちも静かに帰路へ着いた。

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