第8話 「これからも会いたい。お互い二番目ってことで……」Side颯斗

 蕩けるような甘いキスは時に情熱的で時にそっとを繰り返して、カレンは俺への誘惑がとことん上手いなって思う。


 妻の小夏と比べるのは無粋だが、受け身のセックスをするあいつとの情事とはカレンのは与えられる快楽と満足される気持ちよさの種類が違う。


 小夏は安らぎと穏やかな愛の営み。

 カレンから得られるのは貪欲で情熱的な探究心と、受け身と攻めのどちらも味わえること。


 どうして、これがやめられるだろう?


 女を支配したい欲望に、小夏はうってつけだった。

 いや、もっと純粋に俺は小夏が好きだと宣言できる。


 カレンとの出会いは偶然だったけれど、ひと目で恋に堕ちて夢中になっていった。

 ハッと心を奪われてしまったんだよな。

 刺々しい華やかな薔薇の苑に咲く、とびっきりの薔薇の花がカレンだ。


 俺とカレンが落ち合うのはラブホテルではなく、カレンの用意した都内から少し離れた一棟貸しの高級旅館の離れや名高い5つ星ホテルなどが多い。いつもながら用心深いカレンはセキュリティやマスコミ対策は万全だ。


「これからも会いたい。お互い二番目ってことで……」

「そうね。飽きたりしなければ続けましょう? 颯斗が私の二番目かどうかは甚だ疑問ではあるけれど」

「二番目じゃなくって何番目なんだ?」

「あなただって『妻の小夏ちゃん』と『モデルの歌恋である私』と他にも会社の若い子に手を出したりしてるんでしょう?」

「……どうしてそれを知ってるんだ? 職場の子はちょっとした火遊びだ。何度もはない」

「私、浮気相手にも調査を入れるタイプだから。……私、大人な遊びで思わぬトラブルを抱えたくないの」


 カレンは華やかで常に絶賛され人に囲まれて生きているのに、孤独だった。にこやかに微笑んで魅せても、本音のところでは人を信じず受け入れてはいない。


 それは俺も一緒か。

 いくら女を抱いてみたって、孤独さは拭えない。

 女は俺を裏切るし、勝手に去って居なくなろうとする。


 本気になって焦がれて求めれば求めるほどに、俺を置いていなくなってしまう。


 俺は実母みたいな女だけは愛すまいと、心に決めて生きてきたのに。


 気づけばカレンの虜になって、継母みたいに大人しくって愛情深い小夏を手放したくないと執着している。


 小夏は俺を捨てたりしない。


 バレなければ、死ぬまで一生、二人の女を愛し続けて愛情をむさぼって奪って手中に収めていたい。

 快楽と安らぎを同時に得て、二人の女から愛されたい。


 母親の愛情を得られず歪んだ俺は、その呪縛から離れて女への情欲からも距離を置くつもりが反対に心の底から欲していた。


 どうして、二人の女を同時に愛してはいけないんだ?


 俺と父を捨て新しい男と逃げ、幼い俺の前から居なくなった実母。

 献身的に父を愛して世話を焼き、俺を愛そうとしてくれた継母。


 二人の母親の顔が未だにちらつくトラウマに縛られながら、俺はどうしようもないクズな男と自覚しながら、まだ決断なんて出来ずにいた。


 カレンには複数の恋人がいることは感じていたが、俺は自分自身が結婚して、カレンが同級生だった柊と結婚したときですら、関係を精算しようとは思わなかった。


 人って毎日、食事をする。

 食べる料理に求める嗜好は人それぞれだが、味や変化を楽しむし、毎食毎食デザートやおやつにいたってもまったく同じものを朝昼晩365日食べ続ける者は皆無ではないだろうか?


 皆さ、ジャンルの違う料理を食したいと思うだろ。

 色んな味を堪能したい。


 食べたこともない美味しい料理に驚きがほしい半面、ホッとする味も食べたい。


 恋は、色んな料理を食したいという欲や空腹を満たしたい本能と似ていると思う。


 わがままだって良いじゃないか。


 要は、……彼女や妻にバレなきゃ良いんだ。


 俺の欲は、一人の女じゃ満たされない。


 別れるなんて選択肢は、俺にはないから。


「小夏を愛しているよ」

「カレンを好きだ。愛してる」


 嘘はない。


 一人の女を幸せに出来ない俺が、二人も幸せに出来るわけがないって?

 そうかな。

 夫の俺が幸せそうなら、妻だって幸せじゃないのか?


 そろそろ、子供が欲しいなあ。

 俺と小夏との子供なら間違いなくすっごく可愛いだろうし、俺もきっと愛せる。


 俺を産んだ実の母親に捨てられた俺でも、愛情深くて純粋な小夏となら自分たちの子供を可愛がっていけると思うんだ。


 それに……。

 小夏は子供が産まれたら、そんなに簡単に俺と別れようだなんて思うこともなくなるだろ?


 俺を捨てるとか、別れるとか、許さない。


 柊や園田がこそこそ動いてるのに気づいていないと思ったら大間違い。


 小夏を手放して、奴らのために別れてなんかやらねーよ。


 カレンもな。



 俺にはカレンが必要で、カレンには俺が必要なはずだ。

 心の安定のために。

 互いに、まだ要るだろう。


 小夏は、……俺のこと冷めちまったかもしれないけれど。

 俺は小夏と別れる気なんて、これっぽちもないから。




         ✧✧✧



「おかえり」

「ただいま」


 小夏を抱きしめると、甘い香りがした。


 家に小夏が帰った来た。

 俺がいる場所に、小夏は戻って来る。



 俺の母は、俺と父を置いて出て行って、二度と家に戻らなかった。

 継母は俺をいつも温かく迎え、待っていてくれた。


 帰りを待つのは最悪の気分だ。

 本当に家に帰って来るのか、不安で仕方がなくなる。



「俺は小夏に大事な話があるんだ」

「大事な話?」

「母さんが病気になった。……今すぐどうこうじゃないけれど、孫の顔を見せて安心させたい。俺の母は継母だけど……、血の繋がりは無くたって孫に会えば元気になると思うんだ」


 小夏の瞳が濡れていた。

 良心が、揺れ動いてるのを感じる。


「子供が欲しいんだ」

「えっ。……子供って」

「俺と君の子供が、俺は欲しいんだ。君と俺の子。……協力してくれるだろ? 俺は君の夫で、君は俺の妻なんだから」


 俺がキスを迫ると、小夏は一瞬躊躇った。


「なんで? 怖がっているの?」

「……ちょっ、ごめん。しばらくそういうの無かったから……。子供のことも考えさせて」

「……なあ? どうして?」

「今はまだ子供は欲しくないの」


 俺は、小夏の唇に唇を重ねようとした。

 愛する妻にキスしたいという願いは叶わなかった。

 全力で回避しようと小夏が身をよじり顔を背けた。


「酷い反応だな。……ショックだよ。俺、妻にこんな風に避けられて傷ついたんだけど? 俺が小夏とのこと大切にしてないって思ってる? 夫婦のことをないがしろにしてると思ってんの? 柊と園田になんか入れ知恵されたのか」

「柊くんと園田くんは関係ないっ!」

「庇うのか。小夏、俺よりさ、あいつらとの友情のほうが大切なんだもんな?」


 俺の大切な小夏を、あいつらに奪われるわけにはいかない。


「小夏は俺の奥さんでしょ? 今夜、相手してくれるよね」

「なんの……?」

「久しぶりにしてしまってごめん。……疲れてたんだ。小夏、ずっと寂しかったんだろ? だからそんな拗ねた反応なんだね」


 俺は寝室まで追い詰めて、小夏を押し倒した。

 ベッドの上で怯えたように震えた小夏を見て、可哀想だと思った。


 俺のせいで、俺との愛を疑っているんだね。


 小夏は俺の一番だよ。


 安心して、カレンはあくまで二番目だから。

 向こうにとっても俺は二番、もしくはそれ以下なんだ。

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