第7話「私ね、君のこと大好きだよ」

 思わぬ形で母にカミングアウトして、認められたことで家でも公認で女の子でいることになった。そのせいで女の子として過ごす時間が長くなり、さらに急速に女性化が進んで行った。

「お母さんにも認めて貰えたでしょ?」

 これだけ手を回しておいてユミ姉ちゃんは素知らぬ顔だ。

「全然聞いてなかったんだけど」

 怒った口調で言ってみたものの、別に腹を立てているわけではなかった。助かったのは事実だし、女の子になるのなら親の助けだって必要になる。それに、隠さなくていいというだけで大幅にストレスが軽減した。体型をカバーするために厚着する必要もない。もうすぐ7月だ。このままじゃ熱中症で倒れてしまう。

「私は凜ちゃんのためなら何だってするよ」

 ボクのため。そう言われると、少し嬉しくなってしまう。ボクは単純な女だ。そう。この時期から自分を女と言い聞かせるようになった。

「じゃ、キスして」

 彼女に一生甘えながら女の子になる。決めてしまうと、悩みは案外少なくなる。もちろん、これから大変なことがたくさん待ってるのはわかってる。母も一緒に女の子になるための治療や手続きなんかについてもしっかり調べた。

「前より甘えん坊になったね」

 男の子だった頃のボクはわざと乱暴な言葉を使うようなところがあった。彼女のことが大好きなのにうまくその感情を伝えられなかったのだ。でも、女の子でいると自然に甘えることができた。

「甘えちゃだめ?」

「だめなわけないじゃん」

 答えながらキスしてくれた。ボクは女の子なのに女の子とキスしてる。ボクが男の子だから彼女を好きになったのに、女の子にならないと結ばれない。だから女の子になる……簡単なことだ。


「これから本格的に女の子になるために治療するからね」

「治療?」

「そうだよ。凜ちゃんが間違って男の子になっちゃってたから治療して女の子に戻していくの」

 彼女は優しく私の胸に触れた。今日はノーブラだったので、思わず吐息を漏らしてしまった。このところ、胸が特に敏感になっていた。

「ほら、女の子。男の子は胸を触られてそんな反応しないもの」

 全部見透かされてるみたいで恥ずかしくなってボクは顔を背けた。

「ボク、女の子に戻ってるんだ」

「ボクっ娘も可愛いけど、そろそろ私にしない?」

 時々、頭の中では一人称が私になる。でもなかなか声には出せない。

「そのうちね」

 曖昧に答えながら、彼女にもたれかかる。

「とにかく、今後はちゃんと病院で治療することになるわ。知ってると思うけど、本来凜ちゃんの歳では正式なホルモン治療は受けられない」

「うん。知ってる。母さんも言ってたけど、ボクが通える病院見つけたって本当?」

 本当は病院は怖いけど、個人輸入のホルモン薬の怖さもネットで知っていた。

「いわゆる正規の病院じゃないんだけど、信頼できるところだよ」

「何それ……凄く怖いんだけど」

 ユミ姉ちゃんの話を要約すると、日本でホルモン治療や性転換手術などが認められていなかった時代からやっている病院とのことだった。海外に出ることなく、国内で最新の治療を受けられるらしい。最近では未成年のホルモン治療もやっているとのこと。その分、治療費は高い。

「私も一緒に行くから安心して」

 ここまで来たら従うしかない。不安はたくさんあったけど、専門的な知識がある人の力を借りることは重要だ。

「わかったよ。でも痛いのは嫌だな」

「基本は今と同じホルモン治療だよ。外科手術はもう少し先かな」

「外科手術って?」

 本当は分かってる。アソコを切って、本当に男の子にさよならする。そして、女の子のものを造る。

「私と同じ身体にするための手術だよ。これは少し痛いかもしれないけど。一緒に乗り越えようね」

「それで、完全に女の子になるんだ」

 こんな身体になっていながら、現実感がなかった。

「そうだよ。男の人とエッチできる身体になるの」

 考えたこともなかった。ボクが女の子になるのはユミ姉ちゃんと一緒になるためであって、男に抱かれるためじゃない。

「できなくてもいいけど」

「そうかな?凜ちゃんは私と違って男の子を好きになるかも。モテちゃうだろうし」

「そんなことないから」

 男の人に抱かれる。ボクに造られた女性器に、挿入される。男の子だった頃のボクとは真逆のことをする。強烈な違和感を覚えながら、なぜか少しだけ興奮した。それが性的な興奮なのかはわからない。すでに下半身はほとんど反応することはなかったから、乳首が少し硬くなって胸が締め付けられるような、背中を強く圧迫されているような切なさを感じたんだ。

「大丈夫。凜ちゃんを男なんかには渡さないから」

 ユミ姉ちゃんは真面目な顔をしてそう言った。ボクは頷いてキスをせがむ。女の子になったら男の子に抱かれるのが多分正しい。でも、正しくなくていい。そもそも、ボクが女の子になることだって正しいことだとは限らない。


 家でも隠さなくなったせいか、また胸も成長して身体のラインも女性的なものになった。そこで悩みになるのが学校生活だ。なんとか大きめのシャツを来て誤魔化してはいるが、明らかに浮いている。いわゆるナベシャツという胸が目立たなくなるシャツなんかも試してはいるけど、やっぱり気になる。


「なんか肌白くなったね。夏なのに変なの」

 ヒナとの関係は相変わらずだった。学校での居場所はヒナの隣しかなかったのだ。彼女の前ではボクは男の子を演じる。不思議だ。前はユミ姉ちゃんの前で女の子を演じていたのに、今度は逆だ。

「日差し嫌いだから避けてるんだよ」

 確かに前よりも肌がきめ細かくなって少し白くなった気がする。これも女性ホルモンの影響なのかもしれない。

「もうすぐ夏休みだけど、海とか行かないの?」

「多分、行かないと思うけど」

「私、ビキニとか着てみたいな」

 二人で海水浴をする絵をイメージした。ボクは女の子の水着を着ることになる。そんなの絶対に無理だった。思わず黙ってしまうとヒナは続ける。

「私のビキニ姿見たくない?これでも最近結構胸大きくなったんだよ」

 ヒナは胸を張って見せる。確かにそこには成長途中の少女の乳房があった。ボクと同じだ。なんか気まずくなって目を逸らす。

「何?照れてるの?君って女慣れしてるくせにウブだよね」

「だから女慣れしてないってば」

 いつまでこうやってヒナとじゃれ合うことができるんだろう。ボクが女の子になったら、彼女は離れていくんだろうか。

「私ね、君のこと大好きだよ」

「どうしたの?急に」

「ちゃんと伝えておこうと思ったの。夏が始まる前にさ」

 相変わらず真っ直ぐだ。

「夏と何の関係があるの?」

「君と恋人同士として夏休みを迎えたいの」

 するとすぐに彼女の唇がボクの唇を塞いで、すぐに弾かれたように離れた。

「君の唇、前より少し甘くなったかも。夏休みが始まるまでに返事ちょうだいね。ダーリン」

 急にセミが鳴き出した。彼女の瞳は少し潤んでいて、とてもキレイだと思った。

 夏はもう始まっていた。

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