お見合い相手は未来の悪党公爵でした~悪役令嬢の継母は荷が重いのでご遠慮したいと思います~

マチバリ

第1話

 

「どうしましたレディ? 顔色が悪いようですが」


 優しい声と爽やかな微笑み。

 艶やかな黒髪に闇夜のような瞳をした絶世の美男子が目の前で座ってお茶を飲んでいる。

 本当なら心の底から歓喜の声をあげたいのに、バルバラは正直それどころではない。


「いえ……そのお嬢様があんまり可愛くて見惚れていたんです」

「そうですか。シュレンザお礼を言いなさい」

「ありがとうございます、バルバラ様」


 美男子に促され黄金色の髪と青い瞳の少女がにこりと微笑んだ。

 その美しさに思わずうっ、と胸を押さえたくなる衝動に駆られるが、バルバラはぐっとそれをこらえて優雅な微笑みを浮かべた。


(どうして……私のお見合い相手が未来の大悪党なのよ~!)




 伯爵令嬢であるバルバラ・サイデルは前世の記憶があった。

 平和な日本という国で、どこに出しても恥ずかしいオタク女子として生きていた記憶だ。

 ずっと追いかけていた小説の最終巻を買った帰り道、あまりにも楽しみにし過ぎて道路に踊り出てトラックに轢かれて死亡。

 笑い話にもならない死に様だ。トラックの運転手さんごめんなさい。

 そして、目が覚めた時にはこの世界で貴族令嬢になっていた。

 前世で見知ったヨーロッパの世界とは少しだけ異なったこの世界を何故か自然と受け入れたバルバラは、政治には縁遠いがお金だけはあるサイデル家の令嬢として悠々自適の日々を過ごしていた。


「そろそろお前の結婚について考えようと思う」


 そう告げられたのはバルバラが18歳になった春のことだった。

 通常、貴族令嬢ともなれば婚約者がいてもおかしくない年齢ではあったが、バルバラにはいなかった。

 何故なら、数年前に時の国王が若くして急逝したこともあり、貴族たちは喪に服す意味を込めて慶事を避けていた。

 すでに婚約が決まっていた者たちや結婚適齢期の男女以外は、婚約や結婚を急いでする必要はないという雰囲気だったこともあり、バルバラもそれに習い婚約者捜しをしていなかったのだ。


「どんな相手がいい? お前が望むのならばどんな男でもいいぞ」

「年上でも訳アリでもいい! 顔がいい男にして!」

「は……?」


 その瞬間の父親の顔をバルバラは忘れないだろう。

 いつも冷静で貴族然としていた父親が、目を丸くして固まってしまった。

 慎みがないと怒られても仕方がないことだと思う。

 だが、自分に嘘はつけない。


(せっかく生まれ変わったんだもの。顔がいいお相手と結婚したいわ!)


 そう、バルバラは面食いだった。

 前世でも顔最優先で推しを決めていた。

 美こそ正義。権力と金で買えるならば顔がいい男と結婚したい。

 冷静に考えれば、ひどく俗物的でひどい考え方だと思う。

 だが、同時にバルバラはこの世界にあまり現実みを感じていなかったのだ。

 前世の自分は本当は死んでおらず、都合のいい夢を見ているのでないか、と。

 だったら我儘に生きたっていいじゃないか、と。


 そんなバルバラの願いを聞き入れてくれた父親は、しっかりと顔がいいお相手を連れてきてくれた。


「バルバラ。こちらはハーロルト様だ。先王の弟君で今は公爵の位を得ている」

「こんにちはバルバラ嬢」


 そう微笑んだハーロルトは艶やかな黒髪が印象的な、絶世の美男子だった。


(ひっ、顔がいい……!)


 思わず悲鳴が出そうになった。

 サイデル家はお金はあるが権力からはほど遠い。

 王族で公爵でイケメンが、どうしてこんな見合い話にほいほいついてきたのか。

 混乱していたバルバラは、数秒後に「ああ」とある事実を思い出した。


(そうか。この世界で「黒」は禁忌の色だった)


 黒髪や黒目は悪魔の色とされ、周囲から忌避されているのだ。

 こんなに顔がよくて権力があっても、相手が中々も見つからないのだろう。

 だが前世日本人のバルバラには一切関係ない。むしろ懐かしい色合いに胸が躍るくらいだ。


(お父さま!! ありがとう!)


 娘の我儘を叶えてくれた父親に感謝を告げながら、バルバラはハーロルトに微笑みかける。

 一瞬、ハーロルトが目を丸くした、ように見えた。


「ごきけんようハーロルト様」

「ほら、お前も挨拶なさいシュレンザ」

(ん?)


 ハーロルトが下を向き、誰かに挨拶を促した。

 その視線を追えば、ハーロルトの足元に小さな女の子がちょこんと立っていたのだった。

 黄金を紡いだような金髪にサファイアのような青い瞳。人形のように可愛い女の子がそこにいた。


「シュレンザでございます」


 ちょっと舌っ足らずな口調。ぎこちないおじぎ。

 見た目の美しさとはチグハグな仕草が愛らしい。


(かわいい)


 思わずふにゃりと頬がゆるむ。

 前世の頃から子どもは好きだった。

 だが、どうしてここに子どもがいるのか。


「あの……」

「この子はシュレンザ。私の娘です」

「むっ、娘ぇ」


 思わずうわずった声が出てしまう。

 ちらりと後方にいる父親に視線を向ければ、フッと逸らされてしまった。


(たしかにワケありでもいいっていったけどぉ)

(ハーロルト様、子持ちなのか。シュレンザちゃん、可愛いけど……)

(ん……?)


 妙な既視感が頭をよぎる。

 黒髪のハーロルト。その娘シュレンザ。

 頭の中にぶわっと小説のワンシーンが浮かび上がる。


(こ、この二人……)

(大悪党ハーロルトとその娘シュレンザじゃない!!)


「乙女騎士と秘密の花園」

 騎士の家系に生まれた少女シシリーが、王子と恋に落ち、王家に隠された秘密と隠謀に巻き込まれていく物語だ。

 ハーロルトはその物語の中で大悪党と呼ばれる黒の宰相であり、シュレンザはその娘として横暴の限りを尽くしていた。

 王子とシュレンザを結婚させようと目論んでいるハーロルトはシシリーを疎ましく思い、実家に圧力を加えたり、左遷をしたりと邪魔しほうだい。

 シュレンザも所謂悪役令嬢としてシシリーを虐めまくるのだ。



(だめだめ、絶対駄目よ。この人と結婚したら悪役令嬢の継母になっちゃうじゃない!)


 そう言いながらバルバラが目を向けるのはハーロルトの横に座ったシュレンザだ。

 まだ幼いが目を引く美しさがある。ほんのりとつり上がった目元はハーロルトにどこか似ていた。


(まあ当然よね。二人は叔父と姪なんだから)


 周囲には親子と名乗っている二人だが、本当の関係は叔父と姪なのだ。

 シュレンザは数年前急死した国王の隠し子。

 ハーロルトは慕っていた兄である国王からメイドに産ませた娘を託され、我が子として育てているのだ。


 国王がある隠謀により命を落としたと知ったハーロルトは復讐に取り付かれ、シュレンザを悪役令嬢に育ててしまうのが小説の展開だ。


「あなたのような優しそうなレディにおあいできて光栄です」

「あはは」


 優しい言葉を笑ってかわすのが精一杯。


(いくら顔がよくても未来の悪党の夫に悪役令嬢の娘なんて……荷が重すぎるわ)

(絶対に結婚を回避しなきゃ……ああでも顔がいい……)


 ハーロルトを直視しまいと視線をシュレンザに向ければ、彼女は何故かチラチラとハーロルトの横顔を見ていた。

 小さな瞳が時折見つめるのは机に載ったお菓子だった。


(もしかして食べたいのかな)

(ハーロルト様に気を使っているのね)


 作中では二人に親子らしい愛情や交流はなかった。

 今もどこかぎこちない雰囲気が二人の間には存在している。


「これ、おいしいわよ。食べてみて」

「いいの……? あ、いいのですか?」


 ハーロルトの顔色をうかがうシュレンザの姿に胸が痛くなる。


「ええ。いいですよね、ハーロルト様」

「え、ええ」


 ハーロルトの応えにシュレンザの表情がパッと明るくなった。


(この子は彼が本当の父親だと思っているから、愛されたいのよねぇ)


 まるで子リスのようにお菓子かじり付くシュレンザ。

 その姿をハーロルトが愛しげに目を細めて見つめている。


(彼もまた、最初はこの子を大事にしたかったけど復讐に囚われてしまって、悪党になってしまうのよね)


 彼らのこの先の不幸な展開に想いを馳せながらも、巻き込まれるのは勘弁願いたいとバルバラは目を細める。

 ああ、でも二人は大好きな小説の登場人物。ついつい興奮してしまい、凝視してしまう。


「あなたのような優しい方が娘の母親になってくれたら嬉しいのだが、俺のような気味の悪い男は嫌だろう?」

「……え? ハーロルト様はとっても素敵な方ですよ! 気味が悪いだなんてとんでもない! あなたの美しさは国宝級です!」

「?!」

「はっ!」


(ぎゃーしまった!)


 見蕩れていたせいでうっかり心の声が出てしまった。

 ハーロルトが驚きの表情を浮かべている。


「いや、そんな、……」


 どこか照れているハーロルトにバルバラの心臓がギュンと高鳴る。


(しっかり私!)


 心の中で己の頬を叩きながら、バルバラはにっこりと笑顔を浮かべた。


「……私のような小娘はハーロルト様には釣り合いませんわ」

「手厳しいですね」


 優しく微笑むハーロルトにぐらっときながらもバルバラは必死で笑顔を取り繕ったのだった。

 帰り際、シュレンザがバルバラの手を握り「またお姉さんと遊びたい」と言ってくるので、その可愛さに「ええ、また是非一緒に遊びましょうね!」と答えてしまった。


(あー私のバカー!!)


 ハーロルトも何故かバルバラを見つめ微笑みながら帰っていく。


(くそう、顔がいい)


 そして数日後。

 本当にハーロルトから「今度は我が家に招待したい」という手紙が届いたのであった。

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