第2話 中編-B アルテミス墜落

 モニターの赤い光が、右腕の損傷を示す警告を鮮明に表示している。機体が激しく揺れ、コックピット内には耳をつんざくアラート音が響き渡る。すぐさま手元のコントロールパネルに手を伸ばし、機体の重力制御装置の出力を限界まで上げた。


 不覚だった。飛んできたのは対空砲の弾だ。弾速が早くシールドの出力が十分に上がりきる前に本機に命中した。さらに、その砲弾の威力と弾速は明らかに前回の砲兵仕様のものを上回っていた。通常の機体であれば回避行動をとっていたが、この機体の性能を過信して、シールド展開を選択してしまった。


『バランサー再計算中』


 アナウンスが流れる。俺はこの緊急時に、バランサーが正しく機能することを切に願う。右腕の喪失と予期せぬ落下による体勢変化により、姿勢制御プログラムが起動していた。機体は仰け反っており、明らかに着陸に不向きな姿勢のまま降下している。前回の輸送機からの緊急発進時とは異なり、墜落すれば大破するだろう。


 時間は迫っていた。もう10秒もすれば、眼下に広がる森に叩きつけられてしまう。


 そして、長いようで短い数秒後、アナウンスが再び鳴り響く。


『バランサー計算終了。オートで姿勢制御を行います』


 音声が流れると、英司の体は見えない糸に操作される感覚に見舞われる。頭部を上にして、足から着地する姿勢を取る。コックピットがわずかに揺れたが、『アルテミス』は無事に地面に接地した。


 その瞬間、俺の胸はほんのりと安堵に包まれる。しかし、パイロットスーツの下は汗でびっしょり濡れており、額からは玉の粒の汗が浮いては流れ落ちている。息は荒く、緊張が解かれたことによりどっと押し寄せた疲労が俺を襲っていた。各部に異常が無いか確認し、一息つくと、心は次第に落ち着いていく。


 しかし、安心する暇もなく、すぐに周囲の状況を確認する。他の隊員たちが無事なのか。彼らの安全を確認することが今の最優先事項だ。無線ボタンを押そうとしたその瞬間、


「隊長、アリス機が!」


 佐藤の声が無線に入った。


「アリスがどうした?」

「アリス機が停止せず、山を越えようとしています」


 カメラを山の方にズームすると、アリス機がちょうど山の頂上を通過していた。その先はイヴァーツクの市街地だ。市内の状況は未だ不明であり、明らかに先ほどの攻撃は長距離砲、それも高出力で射程もかなり長い新型にちがいない。


「アリス、変形解除! 着陸しろ! 撃墜されるぞ!」


 応答はない。代わりに、無線に耳障りなノイズが走る。アリス機は電波干渉地帯に侵入してしまったのだ。他の3機は既に飛行形態を解除し、こちらに向かおうとしていた。しかし、その中でシエラ機が急に反転する。そして再び変形し、アリス機の方に向かって一直線にスピードを上げながら急行した。


「シエラ、危険だ! 戻れ!」


 命令するが、シエラ機からの反応がない。一瞬のうちに、シエラ機は山を越えて見えなくなった。数秒後、山の向こうからまばゆい閃光と共に鈍い爆発音が響いた。



 _______

 砲台から、発光信号で情報が送られてくる。機体のセンサー部がそれを検知し、暗号を解読すると、モニターに文章として表示した。


「敵の未確認タイプ2機に命中か……撃墜は確認できずって、何やってんだ! ちゃんと当てろ、ボケが!」


 コリンは、入ってきた報告に憤りを覚えながら、右腕をコックピットのコンソールに強く叩きつけた。


 そして、機体の後部カメラをアップにして、後方の砲撃拠点を見る。


 そこに映し出されたのは、異形なAFの姿だった。『チターノフ』長距離砲撃型『ヴェノム』だ。2機の『チターノフ』を前後で連結させ、両機の頭部を排して、代わりに特注の200mm長距離砲を搭載している。2機のチターノフにそれぞれパイロットが1名ずつ乗り操縦を行う。前後の機体の脚部を調整することにより、対地・対空の両用が可能である。前の機体の両腕には砲口部分だけ開いたAF用のシールドが装備されており、前方からの攻撃を防御できるようになっている。さらに脚部には追加でスラスターが取り付けられ、他の砲兵機に比べると移動もスムーズに行えるのだ。


 まさに攻防一体の兵器と言いたいところだが、いくつか欠点がある。まず弾が特注品であるため継戦能力に乏しいことだ。今回の戦闘分は保ちそうだが、使い続けるとなると弾の調達が課題になってくる。次は弾の装填が自力では不能で、随伴するAFにより行わないといけない点だ。そのため、短時間に連射はできない。最後は陣営内にロシア製の『チターノフ』の操縦経験者がいないことだ。今回、『ヴェノム』のパイロットは砲兵仕様の『トルーパー』に搭乗経験のある兵士を間に合わせで乗せている。


 そのため、先程の結果は予想できたものだったが、完璧主義者であるコリンにとっては、到底受け入れがたいものであった。


 『ヴェノム』はコリンが高機動型『チターノフ』を受領した倉庫で発見したものだ。コリンはこの新型兵器を見た瞬間、新たな作戦を思いついた。いくつか目星をつけていた敵が撤退を考えそうな拠点のうち、民間人の避難が遅れているイヴァーツクの部隊の壊滅に『ヴェノム』を利用することにした。都合のいいことに、イヴァーツクは市内を東西に分けるように川が流れており、橋を落とせば、敵の分断や避難の妨害ができる。


 コリンは早速、行動に移った。補給された高機動型と『ヴェノム』を連れて、電波干渉攻撃をしながらイヴァーツクを急襲した。市内の東の高台に陣取り、『ヴェノム』を配置すると、まず橋を砲撃させる。橋の破壊によって東側の敵部隊を孤立させると、混乱している隙に乗じて、高台からAFを次々と砲撃で蹴散らしていった。


 赤軍の連中が協定破棄を公表する前に何とか戦況を優勢にしたい。その足掛かりをこのイヴァーツクで掴みたいとコリンは考えていた。ここの部隊の壊滅というチェックメイトまで後もう少し。そう確信していた。


 そこで先ほどの報告をふと思い返す。


「未確認機……まさかこの前の奴か? そんなまさかな」


 コリンはパイロットスーツのポケットから煙草を取り出し、一服を始めた。

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