第8話 思索の中で

それからというもの、高3の先輩は部活に来なくなり、2年生も莉佳を除いては幽霊部員であったことから、1週間に1回来るか来ないか…といったレベル。

それも、同じ人がぽつぽつやってくるのでなく、各週別の人がやってくるので、個人レベルで見れば月一の参加、といったところが平均だろう。

(まったく…あの先輩たちはほんとに絵を描くのは好きなのか…?)


そんな質問を、幽霊部員の先輩には心の中でぶつけてみたりするのだが、当の俺もその質問に対して自信をもってYESと言えないのが悩ましい。


だが、放課後毎日のように居残って絵を描くのは悪い気はしていない。

誰かに褒められるような作品は描けていないし、デッサンや抽象画など、様々なジャンルの絵に挑戦するも、「これだ!!」というものが見つからない。

莉佳は、「焦らないで自分の絵のスタイルを徐々に確立させていけばいいんだよ」と言ってくれているが、この先自分がどんなスタイルを確立させるのかというビジョンが全くもって見えていない今、ただがむしゃらに絵を描くしかないのだ。


”先輩らしさ”について話したあの日以降、莉佳の表情はどことなく大人びて見えるようになった。

それは彼女の言動や行動にも少しずつだが表れてきたように思う。


「山本君、絵の具足りなくなったら言ってね、準備室にあるから」

「あんまり根詰めて描かない方がいいこともあるんだよ~、脳をリフレッシュさせたらいい線が描けるかも」


美術部の先輩としての声かけと、一美術に携わる者の先輩としての声かけ。

その二面から、俺は彼女に支えられていた。



入部から2か月ほどが経ち、高校に入って初めての定期テストで爆死し、その心の傷も少し癒えてきた6月上旬。俺はその日の放課後も美術室へ赴き、黙々と絵を描いていた。


少しだけ行き詰まってしまい、トイレに行って思考をリセットしようと椅子を立った。


用を足して美術室に戻ると、俺が先ほどまで向き合っていたキャンバスを、正面からじっと見つめている莉佳の姿があった。


腰を曲げ、状態だけを前に乗り出したその姿は、あたかも博物館で貴重なものを見るマニアのよう。


「何してるんです?」

「いや?どんな調子かな~って思ってね。それにしてもさ、行き詰まってない?制作に」

「えっ、うーんまぁ、そうですかね…先の見えない状況でずっと描いてるので…」

「やっぱりそうだよね~。そうだ」

パン、と手を打って、彼女は美術室の教卓に置かれた一枚の紙を俺に見せてきた。


「なんです?これ」

「書いてあるでしょ。絵の展覧会。実はこれ風景画、それも”島”の絵だけを集めた展覧会でね、来週から尾道の美術館でやるんだ。行ってみない?」

「ほぇ~、島の風景画…」


その珍しいテーマに、俺は興味をそそられた。

自分の作品に何かを活かせるかもしれない。活かせなかったとしても、普段とは違う環境で赤の他人の描いた絵を見ることは、今の俺にとっていい刺激になるかもしれない。そう思って俺は快諾した。


「いいですね。行ってみたいです」

「じゃあ決まりね!来週の土曜、朝9時に広島駅集合で!」

「あ、一緒に行ってくれるんですね」

もしや…とは思っていたが、莉佳も一緒に行ってくれるらしい。これは楽しみだ。


「もちろん!この部長が直々に引率してあげよう!」

と、彼女は胸を張って言い放つ。得意げにしている莉佳に、ここは乗ってあげよう…


「わーすごい、部長かっこいいです~」

「やめて恥ずかしいから」

赤面しながらそう言われてしまい、俺は笑った。

莉佳も笑った。


こんな日常が、あと2年も続くだなんて、結構幸せなのかもしれない。

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