第6話 初仕事

 有坂は思わず腹に手を当てて胃袋を宥めた。胃がムカムカする。思い当たる原因は1つしかない。Dクラス職員としての初めての重要任務は、ケーキを食べる事だった。

 それはもう最初は大いに喜んだ。獄中での甘味に乏しい生活を強いられてきた者にとって、ケーキ等の贅沢品は御馳走であったからだ。

 勤務1日目、有坂ともう2人のDクラス職員が寮から拘束・目隠しされてどこかへ護送された。それがSCP財団日本支部の建物内なのか、はたまた別の建物なのかさえ定かではない。カプセル状の乗り物に乗せられ、暫く揺られると厳重に施錠された鉄扉の前に立っていた。警備員が開錠し、更に進むと鉄製の扉が3つ並んでいた。そこでされた説明は単純至極、部屋の中にあるケーキを食べろと言うのだから有坂は混乱した。


「ケーキ?……毒入りだったりする?」


「……只のケーキだ。君たちにはそれぞれの部屋にあるケーキを食べ尽くして欲しい。必要があれば珈琲を準備しよう。」



 そしてトランシーバーを持たされ問答無用で3人別々の部屋に放り込まれた。コンクリート打ちっぱなしの6畳くらいの部屋で、床に固定された木製のテーブルの上によく磨かれた金属製の皿があり、皿はテーブルに固定されていた。上には可愛らしいカップケーキがちょこんと乗っていた。

 見た目はかわいらしいカップケーキ其の物だが、ここはSCP財団。きっと中に得体のしれない薬や異物が混ざっているに違いない。そうでなければ最新の監視カメラをケーキ1個監視するためだけに設置する訳がない。

 恐る恐るカップケーキを手に取る。警備員の言っていることは嘘で、毒が入っているのかもしれない。食べたら死んでしまうかもしれないが、逆に食べなかったら解雇されて釈放が遠のいてしまう。死か、釈放か_。


「上等だよ!」


 腹を決め、カップケーキを頬張ると、砂糖の甘みが脳にじんわり染み入った。咀嚼し嚥下するも体には何の異変もない。


「……ほんとに只のケーキじゃん」


 変なモノじゃないと分かれば早い。その小さなカップケーキを2口で食べてしまった。


「食べ終わったぞ」


 トランシーバーで警備員に報告をし、優雅に珈琲を一口啜った。こってりした甘さを珈琲の苦みが中和し、豆の風味が鼻を抜けた。


「よし。……。D-0419、包み紙も食べてくれないか?」


「えっ?」


 有坂は思わず素っ頓狂な声を上げた。


「紙にスポンジ生地が付いているだろう?紙くらいなら人体にはそんなに危害がないだろうから。」



 皿の上に乗った、カップケーキの底面を包んでいた乳白色の紙をつまみ上げる。確かに、うまく剥がせなかったようで、スポンジ生地が付着していた。子供のころ、叔父のお土産に貰ったカステラの底面に貼られた紙をザラメ砂糖をくっ付けることなく剝がすのに弟と必死になった事を思い出した。


「紙って言ったって……。あぁもう、わかったよ。」


 これも釈放の為、と我慢をして丸呑みした。喉を固形物が引っかかる感触がして珈琲で胃に流し込んだ。


「……食べたよ。これでいいんだろ。」


「了解。壁に扉があるだろう。次の部屋に行ってくれ。」



 警備員の言う通り、次の部屋に行くと今度はイチゴのショートケーキが同様に皿の上に載っていた。イチゴはシロップを纏っているのか、艶々と光を反射し宝石のように輝いていた。



「今度はイチゴのショートケーキだ」


「了解、完食してくれ。」


 トランシーバーからの指示に嫌な予感がした。


「まさかとは思うけど、今日の仕事はケーキを食べ続ける感じ?」


「そうだ。3人がかりだから、1時間も掛からないはずだ。」


「ホントに?こんなことが仕事?」


「そんなことを言うな。重要な仕事だぞ。」


 ケーキを食べ珈琲で流し込み、部屋を移動し再びケーキを食べ。既に正確な数は覚えていないが数十個は食べ続けた。約1時間後、全てのケーキを食べ終えたらしく漸く解放されたかと思えば今度は精密検査だからと検査室に閉じ込められ、脳波やら心拍数やら検査のフルコースを味わった。検査結果は血糖値スパイクを起こしている事以外の変化は見られなかった。甘いものは嫌いではないが、こうも一度に大量に食わせられると実にくどいものだ。

 このようにして3日間ケーキ地獄を味わったのである。いい加減具合が悪くなってきたのでその旨を訴えたところ、意外にも快く承諾してもらえた。明日からは別の業務に宛がってもらえるようになった。





【あとがき】

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

Author: Seibai

Title: SCP-871 - 景気のいいケーキ -

Source: http://www.scp-wiki.net/scp-871

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