アノマリー -from SCP foundation-

梶原めぐる

とあるDクラス職員の記録

第1話 有坂翔馬という男

『財団は異常な物品、存在、現象を封じ抑え込むことを任務として、秘密裏かつ世界規模での活動を行っています。それらの異常存在は世界の安全に対する重大な脅威であり、財団の活動は主要各国の政府から委任され、管轄権を越える権限を認められたものです。


財団の活動は正常性を維持するためのものであり、世界中の一般市民が異常に対する恐怖や疑念を抱くことなく日常を生きることができるよう、地球外、異次元、その他の超常的存在が及ぼす影響からの人類の独立を維持します。』


(SCP財団とは - SCP財団 (wikidot.com)より引用)
















 男にとって鍵を破ることは鍵を開ける事より容易い。

 男が少しばかり鍵穴を弄ると扉は自ら開いてしまう。近年増えたタッチパネル式の鍵も、誰かが触った直後ならパスワードが手に取るように分かった。それは彼のセンスや技術の為せる技なのであるが、そうやって鍵を開けた後、男は監視の目を盗んでどこまでも果てしなく逃走する。

 逃げ切った先に待っているのは、際限なく広がった空。どんなに離れている国とも、あるいは何億光年離れた宇宙とも繋がっている無限の世界。


  牢獄から解放され、世界と一体になったようなそんな爽快な気分を味わう事を男は愛していたのである。










「灰色だ」




 男は天井を眺めながら呟いてみた。


 無論誰かに話しかけている訳ではない。この部屋は独房であり彼一人しかいないのだから。

 コンクリートで塗り固められた天井の隅に取り付けられた最新のドーム型の防犯カメラが常にじっとりと男を見ていた。刑務作業がない時はこうしてベッドで寝転んでいるか新聞を読んでいるだけなのだから、監視カメラの向こうの人物はさぞかし退屈だろう。どんなに給料が良くとも心底そんな仕事は御免である。

 この部屋の出入り口のドアを挟んだ向こう側には2人の看守が常に控えており、部屋の中には確認できるだけで4台の監視カメラが設置されており、死角は無い。プライバシーも糞もない。怪しい動きをすればすぐさま部屋に大勢の看守が押し寄せ、ベッドの下やら舌の裏やら体の隅々まで調べられた。ここまで徹底的に対策されると何もすることが出来ない。そのような理由で薄暗い独房の中、収容中の男は退屈にあえいでいたのである。


 男の名は有坂翔馬。初めて警察の厄介になったのは若干16歳の高校生の時だった。やんちゃな同級生のグループに所属していた有坂は原付バイクを盗んで走り回ったり、学校をサボって遊びまわる、絵に描いたような不良少年だった。なんとなく自分のやっていることに違和感を覚えながらも、仲間と悪さをするのは楽しかったし、仲間たちは自分の存在を肯定してくれる。彼にとっては居心地のいい環境であった。精神的にも未熟であった彼にはやめるという考えは毛頭無かったのである。


  今でも許される事ではないのだが、当時の「時代」、とでもいうのだろうか。仲間内で当時は葉っぱを吸うのが流行っていた。とはいっても子供ながらに法に触れるのが怖くて所謂合法と謳われていた物で満足していたのだ。効果を感じられていたし、子供の小さな達成感を満たすには十分な代物だった。

  だがその日は違った。仲間のうちの一人が“本物”を持ってきたのだ。有坂は怖くなって吸わなかったが、仲間の殆どが好奇心に負けて飛びついた。結果、彼らは今までのモノでは味わう事の出来なかった、極上の多幸感と覚醒感を味わう事となる。ハイになってしまった彼らは、普段しないような犯罪に手を染めた。



 彼らは盗みに入ったブランド品のセレクトショップの店員を暴行した挙句、金品を盗んで姿を眩ましたのである。

 数日後、無実な筈の有坂の自宅に訪ねてきた警察に関係者として連行されそのまま留置所に拘留されることになった。

  取り調べを受けるうちに、仲間内しか知りえない情報が警察官の口からぽろぽろと出てくるものだから、仲間に売られたのだと有坂は思い込んだ。激昂した彼は仲間に復讐するべく監視の目を欺き留置所から脱走して、裏切り者を尋ねて回った。


 それが暴行事件として取り立てられたせいで再び捕まったのだが、それからは捕まっては脱走を繰り返し気づけば20代も後半の、世間一般で言う働き盛りの年齢になってしまった。


 しかし、長い獄中生活の中で有坂の感覚は未だに高校生のまま時間が止まったままである。彼を取り残して世間の時間は容赦なく流れていった。




「……。」




 夕刻になると有坂は独房の中、孤独に感傷に耽る。あの頃の同級生たちはどうしているだろうか。きっと社会に出て立派に働いていることだろう。結婚し幸せな家庭を築いている奴もいるのだと思うと、有坂は自分の人生が実にくだらないものだったと思い知らされ、どうしようもない気持ちになるのである。金もなければ学もない、あるのは何の役にも立たない積み重ねられた逮捕歴だけだった。

 有坂が刑務所から出ようにも、彼の罪状は加重逃亡罪と暴行罪、窃盗罪等がいくつも重なったもので、件数のせいで懲役年数は途方もない年数に膨れ上がってしまった。保釈金は母子家庭の有坂家には到底払える金額ではない。刑期を終える頃には彼は老体である。死ぬまで刑務所暮らしなのが決定しているようなものだ。お得意の脱獄で逃げようにも、現在の刑務所のセキュリティはあまりにも厳しいものになってしまい、1回チャレンジをして失敗し諦めてしまった。



 なんてつまらない人生なのだろうか。



 灰色の無機質な部屋が全てを体現していた。毎日決まった時間に決まった事をして、眠る。味気ない日々が死ぬまで一生流れていくその事実に狂ってしまいそうだ。刑務所の柵を超えて、走って逃げる時の爽快感が恋しい。あの解放感に溢れたまぶしい青空をもう一度浴びたい。社会に出て、普通の暮らしをしてみたい。そう思うたびに有坂は堪らない気持ちになるのであった。




 そんなとある日、扉を叩く音がした。主任看守の声とともに、重い扉が軋みながら開かれた。


「有坂、出ろ。」


 有坂は素直に従った。

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