白い玉




セイと六花が自宅待機になって二週間ほど経った頃だ。

久我から呼び出しがあった。

久し振りの出勤となる。


署内に入るとセイが事務方に呼び止められた。


「六花、すまん、怪我などで色々と手続きがあるらしい。

先に久我の所に行ってくれ。」


六花は頷き久我がいる会議室に向かった。


「高山君、すまんな。」


中に入ると久我が六花に椅子を勧めた。


「久我さん、ちょっと痩せました?」

「まあ、正直言って物凄く大変だったからな。」


久我はため息をついた。


「セイは?」

「事務の人に呼ばれました。」

「そうか。」


久我が手元の書類を見る。


「それで高山君、君の処遇だが、」

「クビですよね。」

「ん、まあ、と言うか嘱託契約は終わりとなった。

そして茨島神社もご神体が無くなってしまったので

廃止した方がよいとの話だ。」

「じゃあやっぱり巫女の仕事もないんですね。」

「そう言う事となる。」


六花がため息をついた。


「だが今回は事情が事情だ。

警察側としては事務関係の仕事を紹介しても良いとの事だ。」

「その、私に事務の仕事が務まると思います?」

「あ、その……、」


一瞬久我は口ごもる。


「ですよねー。」


六花がふざけたように言った。


「いや、そんな意味じゃないんだが、築ノ宮さんから話もあってな。」

「築ノ宮さんですか。」


六花は意外そうな顔をした。


「築ノ宮さんがいる組織にとも考えたんだが、」


久我の顔が難しくなる。


「どうもあの鬼レベルのものと関わる事もあるそうだ。

その、高山君の力は今はもうないんだろ?」

「そうです。」


六花はそれは既に自覚していた。

自分の母程ではないが霊的なものを見る力はあった。

なので以前久我についていた加護も見えたのだ。

だが鬼に額を貫かれてからそのようなものは一切見えなくなった。

そのような事もあり、鬼との縁は切れたのだろうと感じていた。


「そこでは危険な事もあるらしい。

そこに君を誘うのは私は気が進まない。」


それは久我の思い遣りだろう。


「ありがとうございます。」


六花は笑って席を立った。


「何となくそのように言われるんだなと予感はありました。

自分の事は自分で決めます。

今回は良い経験が出来たと私は思っています。」


久我には六花の顔は思ったよりすっきりとしているように見えた。


「それで良いか?」

「はい。」

「何かあれば連絡してくれ。出来る限り力になりたい。」


六花は頭を下げた。


「あっ、」


何かを思いついたように六花が言った。


「どうした。」

「その、最後に茨島神社を見たいんですけど。」


久我が頷き、後ろの扉を指した。

そちらは神社に繋がる通路だ。


「立ち入り禁止になっているが構わんよ。」

「ありがとうございます。」

「すぐにでも解体して警察署の一部として建て直すらしい。

今のうちに見ておけよ。」


六花は頭を下げると部屋を出て行った。

短い廊下を過ぎるとすぐに神社だった。


中に入ると天井は抜けて青い空が見え、所々にガラスや壁、鉄骨が落ちていた。

総檜の床も傷だらけで所々黒い跡があった。

雷が落ちた所だろう。

以前の美しい神社の様子はなかった。


六花は白州の方に行く。

そこにも黒い跡がいくつもあった。


「どれだけ雷が落ちたんだろう。」


六花は呟いた。

白州も何日か雨風に晒されたのか乱れてどことなく煤けていた。

黒岩があった所だけ丸く土が残っている。


彼女はしばらくそこを見ているときらりと光るものが見えた。

不思議に思い彼女がそこに近づくと

土に半分埋まった小さな白い玉があった。


「あっ。」


彼女は思わず声を上げる。

それは黒岩に一か所だけあった白い玉だ。


六花はそれを摘まみまじまじと見た。


2cmほどの白い玉だ。

うっすらと模様がついている。


「花?バラみたいな?」


玉は中心を穿った穴が開いていた。

岩にめり込んでいる時はそれは見えなかった。


「ビーズのような、トンボ玉のような……。」


それは彼女にはなぜか懐かしくそして物悲しい感じがした。


彼女はそれを両手でそっと包んだ。

柔らかな優しい感触だ。


彼女はそれを手に持ったまま神社を出た。




しばらくするとセイが久我の元に来た。


「遅くなった、すまん。」

「構わんよ。手続きは済んだか。」

「ああ、俺でも労災扱いになるんだな。」

「それはそうだろう。人には言えない仕事だがな。」


と久我が笑う。


「とりあえず腕が治るまで内勤となる。」

「内勤か……。」


何となく含みのあるセイの返事だ。


「なんだ、不満でもあるのか。」

「いや、その……、」


セイが久我を見る。


「警官を辞めようと思って。」


久我が驚いた。


「辞めるってお前、」

「この前久我が俺の両親の事を調べてくれただろう。」


久我は思い出す。


「あ、ああ、そうだったな。会いに行ったか?」

「ああ、行ったよ。忙しいのに悪かったな。」

「それでどうだった。」

「行って良かった。それで色々と考えているんだ。」


久我がほっとした顔になった。


「そうか。

まあ私は調べただけだからな。

それを言い出した高山君に礼を言うと良い。」


セイは周りを見る。


「そう言えば六花は。」

「神社の方に行ったぞ。」


セイは神社を見る。


「それで六花はこれからどうなるんだ。」


久我が難しい顔になる。


「高山君は嘱託扱いだからその契約は終わった。

ここで事務方で働くかと言ったんだが、それも断られたよ。」

「じゃああいつは無職になったのか。」


先日アパートの家賃などと話していた時の六花の顔を

セイは思い出した。

少しばかり気弱な顔をしていた。


久我が立ち上がり神社を見に行ったがすぐに帰って来た。


「いないぞ、もしかしたら帰ったのかもしれん。」


それを聞いてセイが立ち上がった。


「これで話は終わりか。」

「あ、ああ、出勤日は後ほど連絡するが……、」


久我は口ごもった。

セイが彼を見る。


「セイ、私も警察を辞める事にしたんだ。」

「えっ!」


意外な話にセイは驚いた。


「築ノ宮さんから私の所に来ませんかと言われた。

その話に乗ろうと思ってな。」

「久我が警察を辞めるって、驚いたな。」

「築ノ宮さんから話を聞くとあの鬼退治みたいな事をするらしいぞ。

お前もどうだ。」


セイは首を振った。


「いや、俺はあんなのはもういい。」

「やっぱり怖かったか?」

「怖いと言うか……、」


セイが神社の方を見た。


「俺は普通に暮らしたい。」


久我はセイを見て微笑んだ。


「そうか。じゃあそうしろ。

とりあえず腕が治るまではここを辞めるなよ。」

「ありがとう、久我。」

「ああ、でもこれでお前と縁が切れた訳じゃないからな。

また連絡するよ。」

「ああ、俺もこれからどうするか相談に乗って欲しい。」


久我は親指を立てて外を指さした。


「追っかけろ。

まだ遠くには行ってないだろ。」


セイは久我ににやりと笑うと部屋を出て行った。






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