通夜




半年ほど前、セイは15歳の時からずっと一緒に生活して来た

九津の通夜に出ていた。


その数日前のクリスマスイブ、


「十上、今日の夜勤変わってくれ。」


セイがロッカー室に入った途端九津が声をかけた。


「今日はクリスマスイブだろう。由佳さんはどうしたんだ。」


九津が苦笑いする。


「しばらく会えない。」

「えっ、ついこの前彼女の家に挨拶に行くと言っていたじゃないか。」

「ああ、行ったけどな……。」


九津は口ごもる。


「何があった?」


彼が盛大なため息をついてセイを見た。


「玄関先で追い返された。

美戸川がな、由佳の親に俺の生まれとか全部ばらした。

その途端交際は大反対されてそのままだ。」


セイは頭に血が上るのが分かった。


「生まれと言ったって彼女は知っているんだろう。」

「そうだ、それでも俺と付き合うと言ったが、

俺がクローンだと知って親が取り付く島もないぐらい怒りまくってな、

彼女は今は軟禁状態だ。」

「美戸川の野郎……。」


セイと同じ警察官である九津は由佳と言う女性と出会った。


その彼女は九津にとっては運命の人だったのだろう。

その二人が親しくなるのに時間はかからなかった。

それをセイは少し淋しい思いもしながら応援をしていた。

だが、それは美戸川が打ち砕いた。


「俺が彼女の親に掛け合ってやる。」


セイが怒りながら言った。


「いや、いい、しばらく様子を見る。

俺は由佳と別れる気はない。

今は連絡はつかないがあいつも絶対にそう思っている。」

俺はもう警察官を辞める。

いつまでも美戸川の言う事は聞くものか。」


九津の眼に怒りが見える。


「と言う事だ。俺は今夜暇だからな、変わってくれ。

気を紛らわしたい。」


と九津はセイに笑いかけた。


「無理するなよ。」


とセイは彼と夜勤を交代したのだ。

だが、その笑顔が彼を見た最後になった。


その夜、クリスマスで浮かれた者が暴走をしていた。

その車を追いかけていたパトカーが高架から落下した。

それに乗っていたのは二人の警官。その一人が九津だった。




九津には身内はいない。

質素な葬式が行われただけだった。

通夜には同僚が何人か来ただけで他には人は来なかった。

由佳も来なかった。

通夜にセイが寝ずの番を行っていた時だ。

美戸川が久我と一緒にやって来た。


久我は祭壇に頭を下げたが美戸川はじろりとセイを見た。

セイは美戸川を睨み返した。


「なんだ、SEI-10、何か言う事があるのか。」

「セイ、止めろ。」


久我がセイと美戸川の間に立つ。

久我には何か予感があったのだろう。

セイを諫めるような言い方をした。


「美戸川室長。」

「なんだ。」

「九津が交際していた女性がいた事はご存知ですよね。」


美戸川は表情を変えない。


「ああ、知っている。」

「その彼女のお身内の方にお会いしましたか。」


美戸川は少し考える。


「会ったと言うか書類を送るよう頼んだ。」

「それは何ですか。」

「SEI-9の出自や経歴だ。要するに釣書だ。」


セイは思わずかっとなる。


「それであいつの話は無くなったんだが、あんた知ってるか。」

「そうなのか。それは知らなかった。」


顔つきは全く変わらず恍けたような言い方だ。

セイは思わず美戸川に詰め寄った。


「ふざけるな、俺達を馬鹿にしやがって。

俺達は人間だ、お前のおもちゃじゃない。」


美戸川が無表情にぼそりと言った。


「備品ごときが何を。」


普通なら聞こえないぐらいの呟きだ。

だがセイの耳には聞こえた。

彼の頭の中が真っ白になる。


「止めろ、セイ!!」


セイが美戸川につかみかかろうとするのを久我が止めた。

だが一瞬セイの手が早く美戸川の肩を押した。

セイの肩にも届かない小柄な美戸川だ。

彼は派手に転んだ。


「セイ!」


ただ事で済む話ではない。

だがセイはただ息荒く美戸川を見下ろしていた。


その後、セイは長期謹慎を命じられた。

だがそれを守る事無く勝手に警察の寮を出てウヒョウビルに引っ越した。

警官は辞めるつもりだったのだ。


だが好き勝手していても何も言われなかった。

何ヶ月も首にもならない。

不思議に思っていると美戸川から呼び出しがあった。


久我に無理矢理署内の会議室に連れて行かれると

そこには美戸川がいた。

あの事は無かったように淡々と彼は言う。


「鬼が現れる。それと戦え。」

「戦う?一体どう言う事だ。」


美戸川の返事はない。

近くにいる久我が美戸川の顔を伺う。

だが何も反応が無いので久我が近くの箱を開けた。


「これは楔だ。」


久我がテーブルの上にざらりといくつも黒い楔を置いた。

セイはそれを手にする。

少しばかり重い鋭いものだ。

それを握るとセイには妙にしっくりする感触があった。

だが、


「鬼が現れる?ふざけてるのか。」


美戸川は無表情に立っているだけだ。

セイは彼の言う事を素直に聞く気はなかった。

早く首にすればいいのにと思うだけだ。

どちらにしてもこのままでは何もできない。

セイは身動きが出来なかった。


それに「鬼」だ。

美戸川のいる部署は世の不思議を扱う部署だ。

だがそれでも鬼はないだろうとセイは思った。


「鬼憑きだ。お前は何も選べない。

ただの供物だ。どこにも行けない。」


表情も変えずに抑揚もなく美戸川は言った。

セイにとっては腸が煮えくり返るような物言いだ。

だが美戸川が立ち上がり無言で部屋を出て行った。


「鬼憑きだと、何の事だ?」

「楔を受け取れ、セイ。詳しくは私が説明をする。」


セイは忌々し気にその美戸川が去ったその後を見る。


「なんだ、あの態度は。」


セイが吐き捨てるように言った。

久我がため息をつく。


「まあそう言うな。」

「知るか、そんな事。」


久我は傍らの袋からミリタリー風の上着を取り出した。


「このジャンパーの内側に楔を入れる内ポケットがある。

これを着て街を歩け。」

「歩けと言っても、ともかく訳が分からん。」


久我はちらりとセイを見た。


「はっきり言って私も訳が分からん。

鬼が出てセイを襲うとしか言われていない。

それとご神託があって鬼の体のどこかに白い光があるから

そこに楔を打ち込めば鬼は止まるそうだ。

それは別の人が受けたものだ。いずれお前に紹介する。

楔は触ったら切れそうな感じだが、お前はいつも皮手袋をしている。

だからそのまま楔を持つと良い。」


自分が襲われると聞くとセイ自身も少し気にはなった。

職業柄どこかで恨まれていたのかもしれない。

だが鬼とは。


そして一番気になったのは楔だ。

真っ黒な岩で出来ている先が尖ったものだ。

それに触れた時に全く違和感が無かった。

どこかで知っているような何かだ。


セイは本当はこの話は断りたかった。

だが心のどこかにこの出来事は定められたもののような気がしていた。

それがどうしてなのかは分からない。


セイは上着を身に付け楔を内ポケットに入れた。

少しばかり重みがある。


だが体を鍛えているセイには大した重さではなかった。

セイはジャンパーを身に付けて久我を見た。


「久我、俺は今のこれが終わったら警官を辞める。」

「辞めると言ってもお前は……、」

「分かっている。俺には戸籍が無い。別の仕事に就くのも大変かもしれん。」


セイの顔が怒りの表情になる。


「だがこのまま美戸川に飼い殺しにされるのは嫌だ。

それこそ物扱いだ。

このままでは俺は鬼でなく美戸川に殺される。

九津のようにな。」






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