バディ




二人で街中を歩き出してからしばらく経った。

あまり人がいない所を選んで歩く。

人出がある所の方が出会う可能性は高いが、

他人を危険にさらす事があるかもしれないからだ。

それに目撃されるのはなるべく避けたいと二人で話し合っていた。


「毎日10万歩ぐらい歩いていますね。」


六花がスマホの万歩計のアプリを見ながら言った。


「しんどいか。」

「いえ、歩数稼げてラッキーです。」


六花がにやにや笑う。

ここのところ彼女と一緒にいて六花の能天気さが良く分かって来た。


「俺は明日検診があるから休みだ。お前も休め。」

「検診ですか?どこか悪いんですか?」

「いやそう言う訳じゃないんだがな……。」


セイは彼女を見た。


「明日は家から出るな。分かったな。」

「了解です。」


と言いつつ彼女はにやにやとしている。

セイにとって六花は訳が分からない女と言う印象だった。


美戸川室長の理不尽な命令にも逆らわず、

淡々とセイと歩き回っている。

嫌がっているかと思えば知らぬうちに買い食いをしていて、

いつ鬼が現れるかと気を張っているセイにとっては

信じられない事ばかりしているのだ。


「お前は嘱託と言っていたが。」

「普段は巫女です。半年ぐらい前に美戸川室長に言われて巫女となりました。

と言ってもほとんど仕事はしていませんが。

今回は警察に依頼されてこちらの仕事をしているという事です。」

「だよな、かと言って……。」


全然巫女らしくないな、と言いかけた時だ。


「じゃ、失礼しまーす。」


とさっさと六花は部屋を出て行った。

拍子抜けしたセイはしばらくぽかんと立っていた。


六花と言う女が分からない。

いつ命が狙われるか分からない立場にいるのにいつも呑気にしている。

そしてプライベートもよく分からない。

仕事が終わるとさっさと帰って行く。


だが彼女を詮索する気はない。

六花もセイの家には入るがそれ以上何もせず聞きもしない。

それはセイも気が楽だったが、

やはりある程度はどんな人間なのか知りたいとセイは思った。


元々セイは他人には興味がない。

だから六花に対して一瞬そう思った事が自分でも意外だと気が付いた。


「隠されると見たくなるものか?」


彼は呟くように言うと台所に立った。

晩御飯を作るのだ。

外食もほとんどしたことがない。

彼はともかく人と付き合うのが面倒だったのだ。


そして冷蔵庫を開けた時だ。

電話がかかって来た。

画面を見ると高山六花とある。


「どうした。」

『出ました、マンションを右に出てすぐの角です。

今そちらの階段を上がっています。』


電話を持ったままセイは上着を着て慌てて部屋を出た。

上着にはあの楔が入っている。

そしてすぐに階段の方から激しい足音が響いて来た。


彼がそちらを見ると六花が息を切らせて駆け上がって来た。

その真後ろには男の影がある。


その時、六花が一番上の階段に足を取られて倒れてしまった。

そこに鬼が覆いかぶさるように上になる。

六花はさっと仰向けになったが、

男は彼女の肩を持ち何度か床に叩きつけた。


まずい状況だ。


だが鬼が彼女の肩を持ったまま突然動かなくなった。

六花は鬼の方を向いている。

セイは彼女を見た。

するとその額の中心が縦に開いており、そこに赤い模様が見えた。


それは白い額に焼き付きそうな赤い色をしていた。

光る紋だ。


それを鬼は凝視している。

そして彼女の拳がゆっくりと動き、鬼の額に当たった。




「鬼はこちらで引き取る。

高山君の方で記録は取れている。高山君、報告頼むぞ。」


すぐに久我がやって来て

六花に向いて言ったが彼女は妙にぐらぐらしている。


「大丈夫か、病院で検査してもらった方が……。」


久我は彼女に何度かそう言っていたが、


「何ともないです、私は帰ります。」

「何ともないって、高山君……、」


久我がセイを見た。


「……俺にどうしろと。」

「様子を見て病院に連れて行け。もし何もなければ自宅に送れ。」

「……俺が?」

「バディだろう。」


セイが何かを言いかけた時だ。


「ダメです、ダメです、絶対にダメ、

ダメったらダメ!」


久我がそれを無視してメモに何かを書いた。


「送るのならこれが高山君の住所だ。」

「ぎゃーーーー。」

「高山君、黙れ、これは命令だ。」


久我がぎろりと六花を睨む。

セイも仕方なくメモを受け取った。


「一人で帰れますって。」


久我達はあっという間にビルから去って行った。

残されたのは二人だ。

ふらふらしている六花をセイが久我の様にぎろりと見た。


「うるさい。」


彼は電話を取り出すとどこかにかけた。


「ああ、俺だ。今は病院か。警察関係者だが今から一人連れて行く。

脳震盪だと思うが一応診察してくれ。」

「誰に電話しているんですか。」

「俺の主治医だ。」


と言うと彼は彼女を肩に担ぎ上げた。


「なにするんですか、降ろして。」

「うるさい。」


彼はビルの裏手の駐車場に向かった。

少しばかり変わった形の車がある。

そこに彼女を乗せた。




「脳震盪らしい。特に異常はない。心配なら一晩入院してもいいが。」


白衣の男性が六花を前にして言った。

医師は圭悟だった。


「だが……、」


圭悟が六花を見た。


「六花ちゃん、こいつと知り合いとはな。」


と彼がじろりと六花の後ろにいるセイを見た。

驚いたセイが呟いた。


「六花、ちゃん?」

「知り合いと言うかちょっと前に初めて会ったの。

しばらく一緒に仕事するんだよ。」

「へぇ……。」


なにか含みがあるように圭悟がセイを見た。

セイは二人を見た。


「……お前ら知り合いなのか。」

「ええ、幼馴染です。私の父が圭悟くんの主治医。」

「主治医?」


圭悟がセイを見た。


「僕は昔から病気がちだから、

ずっと六花ちゃんのお父さんにお世話になっている。

六花ちゃんのお父さんは遺伝学の博士だ。」


セイがぽかんとして二人を見ると圭悟は苦笑いをした。


「お前のそんな顔は初めて見たな。」


セイがはっとしたように顔を引き締めた。


「お前はいつも薄暗い顔をしているからな。

眉をひそめてどうでもいいとか魂が無いとか。」


セイが露骨に嫌な顔をした。


「……俺は帰る。」


圭悟が六花を見た。


「一晩入院した方が良いよ。手続きをしよう。」


だが六花が大きく手を振った。


「ダメ、ダメ、家に帰る。」

「と言っても僕は送れないぞ。今日は宿直だ。」

「タクシーを呼んでくれる?」


と六花が立った時だ。

ふわりと彼女の体の軸が傾く。


「ほら見ろ、六花ちゃん、今晩は入院だ。」

「ダメ、ダメ、絶対にダメ。

泊まらない、家に帰る。絶対に。」

「タクシーで帰っても家でどうするんだ?」

「帰らないとダメなの、絶対に。」


こればかりは譲れないと言う様子の六花だ。

圭悟がセイを見た。


「……俺にどうしろと、」




「一人で帰れますって。」


六花は怒ったように言った。


「まだ目が回っているんだろう。帰りたがったのはお前だ。」


それでどうして自分が六花を送らなくてはいけないのか。

診察室の圭悟の目には断れない何かがあった。


「セイ、何かやらかしたらどんな目に遭うか分るよな。」


圭悟は六花が乗った車椅子を押すセイの後ろでぼそりと言った。

医者らしからぬ言葉だ。


車に乗っても六花は喋り続けた。


「一人で帰れます。」

「何かあったらどうするんだ。」

「降ろして下さい。」

「うるさい、もう着いた。」


セイが花咲アパートと書かれた古いアパートの前に車を止めた。


「ええええ、待って、一人で降ります、

送って頂いてありがとうございました。」


彼女は慌てて車の扉を開けた。

ガンとどこかに当たる音がする。

セイが焦った顔をした。これは彼の車だからだ。


「ああ、ごめんなさい、すみません。」


と彼女はまたふらふらと扉を掴んだまま倒れ掛かり、

また扉が固いものに当たる。


「いい加減にしろ。」


セイが怒って車から降り、座り込んでいる彼女を肩に担ぎあげた。


「ぎゃー、降ろして、バカ、気持ち悪い、吐く。」


騒いでいる彼女を無視したまま、彼は二階に上がった。


「鍵を出せ。」

「嫌です、降ろして、バカ。」


その時一階から人が出て来た。


「何やってんの、あんたら。」


パジャマのままの女性が出て来た。


「は、花咲さん、助けて。」


六花がその女性を見て助けを求めた。

花咲と呼ばれた女性は六花とセイを交互に見る。

セイは落ち着いた態度で六花を肩から降ろしたが、

彼女は腰が立たずその場に座り込んだ。


セイは花咲にさっと敬礼をした。


「わたくし高山の同僚の十上セイと言います。

体調を崩した高山を自宅まで送りに来ました。

夜にお騒がせしまして大変申し訳ありません。」


花咲はぽかんとセイを見た。

騒ぎに気が付いた六花の隣の部屋の中年男性が部屋から出て来る。


「六花、お前もご近所の方に謝るんだ。

そして鍵を出せ。

お前を室内まで送ったら俺は帰る。」

「絶対にダメ、ダメ、ダメったらダメ!」

「いつまで子どもみたいな事を言っているんだ。

出せ!」


三人が上から六花を見下ろしている。

しばらく彼女は無言でいたが仕方なく鍵を出した。


それをセイはひったくるように掴み扉を開けた。


「あっ……。」


中を見たセイが固まる。


室内はゴミ屋敷だった。


そして


「にゃあ」


耳が半分ちぎれたような黒猫が

よろよろと足を引きずりながら出て来た。

猫の右の前足の先だけ靴下をはいたように白い。


「ほら、花咲さん、やっぱり猫がいただろ、それにこのゴミ。」


隣の中年男性が花咲に言った。

セイと花咲が六花を鋭い目で見降ろす。

六花はそこで小さくなるだけだった。






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