第16話

「あ…アリシア…!」

「… …」


謹慎処分が、終わったのだろう。

ロミオが、寮の入り口で待ち構えていた。


「帰ってきたんだね…僕のアリシア…」

「なんですか?なれなれしい」

「あ、アリシア?」

「気安く呼ばないでくださる?エルサイム」

「あ…アリシア?」

「私たち、もう婚約破棄をしましたわよね。それに新しい婚約も結ばれたとか」

「そ、それは誤解なんだ…。き、聞いてくれ。僕は、騙されていたんだよ。そう。悪い魔女に騙されていて…」

「悪い魔女…ふっ。令嬢も気の毒ね。自分を悪い魔女と言われて」


いい年したお坊ちゃんが、悪い魔女。この人は、いったいどういう教育を受けてきたのかしら。


「あなたは、理性ある貴族。ならば、ご自身が、この先どうすべきかご存じでしょうに」

「ああ…。僕は、真実の愛を知ったんだ。君という真実に…」

「やめてください。気持ち悪い」

「え?」


自分の世界に酔うのもいい加減にしてほしい。

私はこんな男と結婚することになっていただなんて、頭が痛い。

婚約破棄されて、本当に良かった。

結婚していたら、どうなっていたことやら。


「私は、真実の愛なんてどうでもいい。運命の相手とやらも心底、興味がないの。あなたは、私の家の財産が欲しかった。私は、あなたの家の名前が欲しかった。それだけの関係だった。それが、今は白紙に戻った。それだけでしょう」

「ま、まだ婚約破棄と決まったわけじゃ…」

「いいえ。決まりました。あなたのご家族が、送ってくださった婚約破棄の書類に家族全員諸手を上げて、サインいたしましたの。もうすぐ、受理されることでしょう」

「そ、そんな…」

「よかったじゃありませんか。何をそんなに青ざめているのですか?」

「困るんだ…このままでは、僕は…あ、アリシア」

「ちょっと」


ロミオがよろよろと近寄ってきて、思わず腰が引ける。

そんな私の腰にロミオがまとわりつく。


「アリシア。君を愛しているんだ。君も…そうだろう?」

「放してください。私に愛はありません。未練も」

「僕を嫉妬させようとしているんだ」

「っ!」


ロミオを引っぺがそうともがくが、こいつも一応、男。かなり強い。

ロミオの手が、腰を撫でまわし、胸へと上がってくる。


―気持ちが悪い!


思わず、蹴り飛ばそうと足が動く寸前で、ロミオの体が、べりっといとも簡単にはがされた。


「見苦しいぞ」

「アルセウム…」


いつもは、嫌みな男だが、この時ばかりは天の助けだ。

それにしても、どうして、この男が女子寮に?

なんて、思っていると、リリーが息を乱して、胸を押さえている。

助けを呼んできてくれたのね。


「な、なんだ。邪魔するなよ」


ロミオの手が、私に伸ばされる。

本当に気持ちが悪い。

私は、その手から逃げるようにアルセウムの後ろに回った。

アルセウムは、私を背中に隠し、リリーがそっと私の肩を抱いてくれた。


「男が求められてもいないのに、令嬢を抱くとはな。それも嫌がっているのにも関わらず…それでも紳士か」

「お、お前には関係ないだろ」

「関係なら、あるさ。僕は、彼女に婚約を申し込んでいる」

「は?」

「え」

「ひゅ~」


呆然としているロミオ。

まさかバラすとは思っていない私。

口笛を吹いて、茶化しているのは、リリーである。

令嬢が、口笛なんて吹くんじゃありません!

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