第14話 幼馴染と担任の先生

「そういえばさ、澪ねぇちゃん」

「ん?どうかしたの?」


 無事(?)にお弁当を食べ終え、昼休みの残りの時間をのんびりと過ごしていた時に、俺はふとあることを思い出した。


「澪ねぇちゃんって、俺に『結婚しよう!』って言ってくれるけど、なんというか、その‥‥言いづらいとかなかったの?」


 俺の質問に澪ねぇちゃんは、コテンと不思議そうに首を傾げた後、徐々に顔をあからめていく。


「えっ、もしかして‥‥私との結婚に前向きになってくれたの?!ようやく私の気持ちが届いたんだね!」

「いや違う違う!なんでそんな話になっちゃったの?!」


 とんでもない勘違いで、めちゃめちゃ盛り上がっている澪ねぇちゃんを、俺は慌ててなだめる。なぜそんな解釈をされたのかはわからないが、この誤解は絶対に解かなければならない。


「告白とかってさ、成功したら嬉しいけど、失敗したらって考えるとやっぱり怖くなると思うんだよ。けど、澪ねぇちゃんは、俺に再会してすぐに『結婚しよう!』って言ってくれたからさ。今までの関係が壊れちゃうかもしれないっていう恐怖心はなかったのかなって」


 俺は少し早口になりながら語る。なんとなくわかっているとは思うが、俺がこんなことを聞いているのは日暮と暁のためだ。余計なお世話かもしれないし、聞いたところで何か分かるわけじゃないかもしれないけど、俺は高校でできた初めての友達の力になってやりたかった。


「うーん、なんで航くんが急にそんなことを聞いてきたのかって疑問は置いといて、私は航くんのことを信頼してるから、幼馴染の関係が壊れるなんてことは考えてなかったよ」

「信頼?」


 9年以上離れ離れだった年下の幼馴染に信頼がある理由はさておき、なぜ信頼がそういった考えに繋がるのかが、俺にはわからなかった。


「航くんは真面目だから。私の突然すぎるプロポーズにも、真面目に答えてくれると思ったんだよね。子供の時の戯言とは違う、ちゃんとした理由を持って、答えをくれるって。多分、関係が壊れるのが怖いっていうのは、断られることを考えてのことなんだろうけど、何年もかけて築き上げた関係って、そう簡単には崩れないんだよね。私たちが思ってるよりも、ずっと強固な関係なんだよ、幼馴染って。そういった信頼をしてるから、私は航くんにプロポーズしたんだ。まぁ、私たちの場合は、空白の9年間だけどね」


 最後に自嘲気味な言葉を付け加えて苦笑する澪ねぇちゃん。けど、澪ねぇちゃんの言葉は、俺の心にすとんと落ちた。


 日暮と暁は、幼いころから一緒だと言っていたし、過ごした時間で言えば、俺と澪ねぇちゃんよりもずっと長い。その長い時間は、二人の固い信頼を築き上げているだろう。実際、今朝の痴話喧嘩も、お互いに信頼をしていないと、お互いに罵詈雑言を浴びせあっている、ただの喧嘩だ。そういった意味でも、二人の間の信頼というのは、澪ねぇちゃんが言ったように、些細なことでは壊れないだろう。関わり始めたばかりだが、なんとなく日暮に対して、そんな確信を俺は抱いていた。


「なーんか、柄にもなく語っちゃったなぁ。私、社会人1年目なのに、なんかおばさんくさいこと言ってない?まだ20代前半なのに~!」

「あはは、でも助かったよ。初めて澪ねぇちゃんのことを担任の先生らしいなって思った」

「むぅ、なにそれ。私、結構頼りになりそうな大人を演じてるつもりなんだけど!」

「演じてるってことは、実際はそうでもないかもってことでしょ?」

「あーあー!きこえないー!」


 耳をふさいで嘆いている澪ねぇちゃんを見て、やっぱりこれじゃあ頼りになりそうな大人には見えないなと感じたが、それは俺の心の中に収めておく。


 そして俺は、改めて澪ねぇちゃんに言われたことを思い返してみる。


 何年もかけて築き上げた関係って、そう簡単には崩れないんだよね。

 ――――私たちが思ってるよりも、ずっと強固な関係なんだよ、幼馴染って。


(あんまりやりたくはないけど、あいつらには幸せになってほしいしなぁ。さりげなく、ほんとーにさりげなくだけ、背中を押してみようかな)


「あ、そうだ」

「ん?」

 俺がそんなことを考えていると、澪ねぇちゃんが何かを思い出したような声をあげる。


「日暮くんと暁さんなら、航くんが何もしなくても、勝手に幸せになると思うよ」

「え?!」


 俺は澪ねぇちゃんに言われたことに驚きを隠せない。俺は、あの二人のことは澪ねぇちゃんには話していないはずなのに、なぜ澪ねぇちゃんは知っているのだろうか。


「ふふーん、あんまり日向先生を舐めない方がいいぞ~。航くんの周りにいる人の交友関係とか、全部調べたんだから!」

「いや怖!ストーカーじゃん!」

「酷いよ!?」


 何故か得意げにそう語る澪ねぇちゃんに、俺は少し‥‥というかかなり恐怖を覚えた。


 まぁ、澪ねぇちゃんが大丈夫というのなら、本当に大丈夫なのだろう。俺が何かするまでもないみたいだし、大人しく見守っておくことにする。

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