変な料理屋

「燐、上見て」

「ん?」


ダンジョンを進んでいると、燐は見覚えのある丸い水滴のような物を見つけた。

スライムだ。

青白いボディで天井を這っている。


「……気づかなかったな」


燐はアリスに言われるまで気づかなかったことを反省する。

1から5階層は、ゴブリンとスライムぐらいしか出ない領域であり、どちらも雑魚モンスターだがこの階層で死ぬ冒険者の死因の6割がスライムだ。


スライムは液体の中心に核である魔石が浮かんでいるモンスターであり、主な攻撃方法は、顔に張り付いて呼吸器官を埋め尽くすことによる窒息だ。

顔に貼り付かれても、冷静に魔石を探り、抜き取れば問題ないが、魔石を見つけ出せずに焦った初心者はそれが出来ずに死ぬことがある。

それに、ゴブリンとの戦闘中に気づかずに降ってくれば、かなり厄介だ。


この領域では天井にも注意を配ることが重要であることを、燐は今更実感した。


「どうするかな」


燐がスライムの真下で短槍をフリフリと動かしていると、それを獲物と勘違いしたスライムと落ちてきた。


「あ……」


燐は反射的に短槍を突き出した。


「よわぁ」

「一応ゴブリンよりも弱いモンスターだから」


魔石を失ったことで灰になったスライムを見て、燐はぽつりと呟いた。


「それよりゴブリン来るわよ」

「なら、頼む」

「【ハインド】」


魔法がかかり、燐の姿が消える。燐は通路の端により、待ち伏せることにした。

通路の先からゴブリンが姿を見せた。

燐が待ち伏せる通路に進もうとしていたゴブリンは、なぜか途中で止まり鼻を鳴らした。


(やっぱり匂いか!)


先ほどの小ルームの時よりも気づくのが早い。

恐らく水や植物の香りが無い分、燐の人間の匂いが目立つのだろうと推測するが、今更どうしようもなかった。

燐は動かないゴブリンを見て二つ目の作戦を使うことにした。


『アリス、頼む』

『了解』

「【アテンション】」


1人、ハインドを解いたアリスが、通路の中心に浮かび、ゴブリンに向けて手を伸ばす。

その手の中に、赤い光が集まり弾けた。


『GiGiGi……GiGiGiGiGi!』


警戒していたゴブリンは、突如鼻息を荒くして、通路を駆けだした。狙いはアリスであり、血走った眼で両足を回転させる。


【妖精魔法:アテンション】その効果は、意識の引き寄せだ。


燐は真横を通るゴブリンの足元に槍を突き出す。見えない障害物に躓いたゴブリンは転倒して、うつ伏せに地面を滑る。

燐は短槍を逆手に持ち、振り下ろした。

頭を貫き、ゴブリンは絶命した。


「これもうまくいったな」


燐は想像以上に上手くいった戦いに笑顔を浮かべる。

妖精魔法【ハインド】と【アテンション】の組み合わせは凶悪だった。


「すごいな、妖精魔法。最高だ!」

「そうでしょう!もっと褒めてよね!」


アリスは胸を張り、威張るがそれも当然だろうと燐が納得できるほどアリスは強い。

物理的な強さではなく、冒険者をサポートする存在として、これ以上の存在はいないと燐は確信する。


(妖精の宿木、今のところ“右手”より活躍してるなぁ)


燐の持つ二つの『特別』。そのうちの一つの強さを実感して、燐は予想以上に楽になった探索に笑みをこぼす。


「行くぞ」

「ええ!頑張りましょう!」


燐たちはその日、10体のゴブリンを討伐した。だがレベルは上がらなかった。


□□□


地上に戻る一人と一妖精を、明るい太陽とうだるような熱が迎えた。

燐は手で日除けを作って顔を顰める。

暗い洞窟に潜っていた燐には、刺すような刺激だ。

この星底島は、熱帯寄りの気候帯に位置しているため、春でも暑さが厳しい。

真夏日になれば当たり前のように40度近くまで気温が上がる。


「最悪な半年が始まるぞ………」

『夏は海にバーベキュー!最高の季節じゃない!』

「お前はまだ夏を知らない」


アリスと適当に話ながら道を進む。行く当てはなかったが、ギラギラと陽光を反射するビルの窓ガラスに囲まれた牢獄から抜け出したかった。

真昼時という時間帯もあり、目につく飲食店には列が出来ている。

急に上がった気温に対応できなかったサラリーマンが、すだれのように腕にスーツをかけて、ぱたぱたと胸元を仰いでいるのが目に入る。


「地球温暖化ってやつか」


燐は憐れみの視線を列を作る人たちに向けながら、適当な言葉を口にする。


『何それ』

「地球が熱くなるんだと」

『夏が長くなるのはいいことよ?』

「人類がみんなお前みたいだと、ハッピーだろうなぁ」


ハッピーなアリスをさらにハッピーにするべく、燐は中華料理屋を探す。

だがどこも、人がいっぱいで外で待つことになりそうだ。

そんなことはしたくない燐は、そっと見なかったことにして足を進める。

5分、10分と歩く。

それなりに造りの頑丈な防具を身に付けている燐は厚着だ。額に滲んでくる汗の感触に眉を顰める。玉になって肌を這う前に、雑に腕で拭う。


「ないな」

『………あ!あそこ看板があるわよ!』


燐の視界を借りていたアリスがそう言った。

燐が視線を向けると、小さな看板が路地の脇にあった。

ピカピカと継続的に光ってその存在をアピールしているが、地面に直置きされたそれは壊れかけのゴミにしか見えない。


「よく見つけたな」


燐は顔を路地裏に向けて、奥にある看板と同じ名前の暖簾を見つけた。


『ふふんっ!!まあねっ!』


別に褒めていないが、暑さで疲れた燐は何も返さずに店に向かう。

燐はとくんとくん、とほんの少しリズムを狭めた鼓動を自覚する。

初めての場所に向かう時に感じる独特の高揚感。

引き返したいという思いが多分に含まれた楽しさは、唯一のものだ。


(まるでダンジョンみたい、ってバカか俺は)


燐は自分の思いに苦笑する。

まだダンジョン3回目のルーキー以下のもどきが何を分かったように言っているのか、と。


がらがら、と鐘を鳴らすような音をたてる横開きの戸を開いて中へと入る。


「いらっしゃいませー!空いているお席にどうぞー!」


中から元気な声が掛けられる。

店内は外観通りこじんまりとしていた。入って右側が厨房でL字型のカウンターがある。

左手側にはテーブル席が何席か。壁には手書きのメニューが張られている。


「全部空いてるじゃん…………」


燐は思わず口に出す。だがすぐに口を押える。

余りの空き具合に思わず言ってしまった独り言だったが、店内が静かなので意外と響いてしまった。

厨房に立つこわもての店主がじろりと燐を見てきた。


「おぉ~。いいツッコミするね少年!」


パチパチパチパチと小さく手を叩きながら小さな女性が笑う。

アジア系の顔立ちだが独特なイントネーションもあり、日本人ではなさそうだと、燐は思った。


「あ、すいません。失礼なことを」

「いいよ~。パパの道楽の店だからねぇ!人来ないんだよねェ。でも食ったらお金払ってよぉ。食べ物は返品不可だからね!」


ことこと小さな歩幅で寄ってきた女性は、見た目に似合わない力で燐の背を押して、カウンターにつかせる。燐はぎらつく女性の瞳に、入る店を間違えたか、と思ったがもう遅い。気づけば出口は遠くなっている。体を差し込んで出口から遠ざけるテクニックは獲物を追い込む猟犬や凄腕の漁師を思わせた。


「…………最低限食えるものをお願いします」

「アハッ!うちのうまさは天までぶっ飛ぶよォ?」


「ワタシはラーメン!」


ぴょこん、と燐の内から飛び出てきたアリスが満面の笑みで注文をする。


「おいっ!」


人前で出てきたアリスに燐が小声で文句を言う。だが時すでに遅し。

店員の女性は、驚きで固まっていた。


「■■■■■■」


母国語だろうか。燐には聞き覚えのない言葉で何かを言った。


「あー、すいません。使い魔みたいなもんで、黙っててもらえると」


じろり、とアリスを睨んだ後、燐はそう言った。

驚いていた女性は燐の言葉で我に返り、燐とアリスを見た。


「…………いいよぉ?常連になってくれるんならねェ」


にたり、と邪悪に唇を歪ませて、女性はそう言った。

燐はしたたかを通り越してあくどい脅迫をしてくる女性に軽蔑したような視線を向ける。

女性も一回り以上小さい少年に軽蔑されるのは気まずいのか、そそくさと厨房へと戻っていく。

燐は仕方なく、空いている席に座った。


「お前な………」


燐は食欲に負けて正体を現したアリスを説教しようとする。

それを察したアリスは慌てて言い訳を始めた。


「だ、大丈夫よ!あの人、いい人そうだったもの!」

「でも、二度とするなよ。アリスのことがバレたら騒ぎになる」

「わ、分かったわよ~」


アリスは怒られて、ぷくりと頬を膨らませる。

不貞腐れたその姿を見て、燐は小さく息を吐いた。


「そういえば、アリスってどうやって人間社会のことを知ったんだ?言葉とか学校のことも知ってたろ」


アリスの不満を紛らわせるために、燐は普段から思っていた疑問を投げかける。

燐はダンジョン生まれのアリスと会話が成立することを不思議に思っていた。

まさか、ダンジョンのモンスターの共用言語が日本語であったわけではないだろう。


「…………えー、っとテレビとか?学園系のアニメとかあるじゃない」

「それは言葉が分かるからだろ?他の喋るモンスターも日本語で話すのか?」

「他に喋るモンスターいるの?」

「いや、知らんけど」


どうやらアリスは何も知らないようだと、燐は質問をやめた。

魔法を使えば、異なる言語間の翻訳も難しくはない。その類だろうと燐は納得した。

そんな雑談をしていると、先ほどの小柄な店員がお盆を持ってきた。その上には湯気を立てる料理が乗っている。


「はい、お待ちー。ワタシの気まぐれ定食って名前の適当ご飯とラーメンだよぉ」

(取り繕えよ)


ため息を堪えながら、燐は眼前に並べられた定食を見る。

炒飯、餃子、油淋鶏と定番の料理が並んでいる。どれも量が多い。

炒飯は大盛りぐらいだし、餃子は20個以上もある。油淋鶏も大皿だ。


「冒険者は大食いだろォ?お姉さんのサービスさっ」

「わあぁ!お姉さん大好き!いただきます!」


茶色いスープに揺れるラーメンを見て、アリスのテンションは跳ね上がった。

割りばしに飛びついて全身で割り、器用に面をすすり始めた。


「こ、これはっ………普通ね!まずくはないけど店を出たら味を忘れるわ!」


くわっ、と目を剝いたアリスが正直すぎる感想を述べた。


「んじゃ、俺も」


燐も炒飯を一口、食べる。


「ほんとだ。まずくはないけど………」


平均点だ、という言葉を燐を飲み込んだ。

餃子も油淋鶏も一緒だった。


「でしょ?冷食だもん、それ」

「…………は?ふざけてるんですか」


じろり、とけらけら笑う店員を燐は見つめる。


「何よぉ?チェーン店とかでも、デザートに既製品のアイス出したりするでしょォ?」

「これはメインだろ」

「仕方ないよ。パパ、料理苦手だし」


燐はこの店に閑古鳥が鳴いている理由を察した。

味は微妙、店主は怖いし店員は変だ。


「どした、少年?どんどん食べな?」


童顔の女性がひひひひ、と性格の悪い笑みを浮かべる姿はひたすらに邪悪だ。

燐は諦めて、レンゲを口に運んだ。

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