ショートストーリー③ 目薬

「あれっ」


 目薬をさすのに失敗した。

 悠陽は、起きぬけの頭でそれを理解する。

 ソファでの昼寝から目覚め、一発スッキリするかと思ったのに、雫が落ちたのは頬骨のあたりだった。

 もにゃもにゃと唸りながらもう一度トライするも、今度はまぶたに落ちる。つう、と垂れてきた目薬がわずかに目に触れるけれど、ほとんどは流れ落ちてしまう。


「あー……くそぉ……」


 寝ぼけた頭では怒りもシャキッとしない。

 まあもういいかなこれでも、と思っていると、視線を感じる。

 振り向くとダイニングでマグカップを握り締めた美桜がジッとこちらを見ている。

 それもキラッキラと目を輝かせて。


「ゆう兄ちゃん、可愛いねえ……」

「へ? なにが?」

「寝起きでポヤポヤしてて可愛いんだよ~、ぐへへ」


 年上の恋人であり、幼馴染でもある美桜は舌なめずりをするように笑う。

 マグカップを机に置いて、ソファに寝転ぶ悠陽のそばまでやってくる。


「私が目薬さしてあげる」

「えっ」

「ほらほらイイから貸して♪」


 スゴ腕のスリのような鮮やかな動きで、悠陽の手から、するりと目薬が奪われる。

 美桜は悠陽の頭にそっと手を添える。


「ほぉら、目をあけてくださーい」

「えっ、えっ」


 悠陽はテンパってしまう。

 目薬が眼前に迫っているのだ。容器の先端がこちらに向けられているのが妙に緊張感を生む。悠陽は先端恐怖症ではなかったが、それにしたって、他人の持つものが自分の目に近づけられているのは落ち着かない。

 雫がぷくりと大きくなっていくのがゆっくりと見える。爆弾が育っているみたいだ、と悠陽は思う。今にも落ちてきそうで、それを怖いと思ってしまって。


 目を閉じてしまう。

 と同時に水滴が落ちてきた。

 ぺしゃり、と目薬がまぶたにぶつかるのを感じる。


「う……」

「もう、どうして目を閉じちゃうの?」

「だ、だって、怖いじゃんか」

「えー? なにがあ?」

「自分でやるなら平気だけど、人にやってもらうとちょっと緊張するっていうかさ」


 悠陽は恥ずかしくなってきて唇を尖らせる。


「ふーむ……じゃあ……安心させてあげればいいのね!」

「そう、か?」


 美桜が良いこと考えた! とばかりに悠陽の頭を撫でる。


「大丈夫ですよ~ 痛くありませんよ~ 目を開けて~」


 ゆっくりと頭が撫でられる感触に、悠陽は気恥ずかしさを加速させる。

 口調が赤ちゃんをあやすみたいなのも赤面ポイントが高い。


「ほーら、いまからいくよ~ さーん……にー……」

「お、おお……」

「いーち それっ」


 ポタリ、と雫が目に入る。悠陽の体がびくりと跳ねた。


「ふふふ。ゆう兄ちゃんビクッてして可愛いね♪」

「か、かわいくねーよ」

「そんなことないよ。よくできました~」


 あやすように頭をよしよしと撫でくり回される。


「や、やめっ、俺は自分でできるって」

「えー? いいよぉ、私やるよぉ、へへへ」


 そろそろ赤ちゃん扱いされるのに耐えられなくなりそうな、顔が真っ赤な悠陽だった。

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