転生したら魔力持ちすぎた少女だったため、異世界破壊してる件

虹空天音

第1話 転生

 英美里えみりは眠っていた。

 深い眠りについている。規則正しい呼吸音が響き、横の女性に全く気付いている様子はない。


 女性は、イラついたように足をトントンと小刻みに叩いていた。


「ん……?」


 振動に気づいたのか、英美里えみりは目を覚ました。

 そして辺りを見回して不思議そうに首をかしげる。


「えっ、ここって……友達と別れてから、ずっと家にいて、スマホ見てたはずなのに……見慣れないけど……」

「遅いです。待たせないでください」


 言いかけた英美里えみりの言葉を、ピシャリと女性がぶった切った。

 英美里えみりが振り返って目つきを厳しくする。


「ってお前……梨花りかじゃん」

「……それが何か?」

「それが、って……それが問題なんだよ……」


 英美里えみりは眉間にしわを寄せながら、立ち上がった。


 永嶋ながしま梨花りか

 英美里えみりとは、親同士が仲がいいのもあって幼馴染。


 しかし、目鼻立ちが整っている代わりに、クラスメートからはあまりいい印象を持たれていなかった。


 ほぼほぼのクラスから避けられているから、自然と英美里えみりも会う機会が減る。

 沢山友達をつくりたいタイプの英美里えみりにとっては、絶対に関わりたくない相手になっていく。


 それでも、梨花りかは毎日、英美里えみりのクラスにやってきて、すみで英美里えみりを見る。


 だんだん、英美里えみりはその視線がうっとうしくなり、嫌悪感まで抱き始めた。

 

「こっちも困るんだよ。そもそももう仲良くないのに、どうしてついてくんの⁉」

「ギャーギャー騒がないでください。私よりも大切な『お友達』に聞かれてもいいんですか?」


 的確に毒を吐いてくるため、こちらとしてもやりにくい。

 梨花りかは少し考えた後、ため息をついた。


「ハァ、何言ってるんですか? あなたなんかに興味なんてあるわけないじゃないですか。そちらの勘違いです。

 確証もないのに怒鳴ってくる人とは、私も幼馴染でいたくはありません」


 そう、全くひるまずに言い返してさっさと教室に戻ってしまうのだから、残されたとき、英美里えみりはすさまじくイラついたであろう……。


 と、いう態度なので。

 他クラスからも、悪口の対象となっていた。


永嶋ながしまはやっばいよ。カースト上位の、一部からはクイーンって崇められてる菊原きくはらさんにケンカ売って、暴力沙汰になったらしいから。

 菊原きくはらさんが飛び掛かったんだけど、それを永嶋ながしまがあっさりと避けて、足がもつれたせいで……」


 友達は英美里えみりの耳の近くでささやく。


「ほら、その先の階段から転げ落ちて、全治七ヵ月以上の大怪我して、今も登校拒否してるらしいから」

「で? 梨花りかは何であんなぴんぴんしてんの?」


 さらに英美里えみりが聞くと、友達はため息をつきながら頭をかいた。


「生意気で……『何もしてません。あちらがいきなり飛び掛かってきました。危険を感じて避けたら、あの方が階段から……』ってね。

 同じ目に遭うのが怖いらしくて、周りで見てた人たちは言い返せなかったんだって。それで、怯えられてる」


 ――まあ、梨花りかについて英美里えみりが知っているのはこれくらいだ。


 梨花りかは相変わらずの冷たい無表情で、こちらを見下ろしている。

 背が高いため、どこに立っても見上げなければならない。


 それを悔しく思いながら、英美里えみりは睨み返した。


「――ハア、面倒ですね」


 ため息をついたその顔を引っ叩きたくなる衝動をこらえ、英美里えみりは、


「目的は何」


 と、自分ができる限りの精一杯低い声で尋ねた。


「……単刀直入に、タメ口で説明するよ。『あなたは魔王の末裔。私たちが狙っている者……だから、死なないように転生させてもらうよ』」


 呪文のように言った後、梨花りかの手が淡く光った。

 英美里えみりは自分の意志でもないのに、ぷかりと空中に浮かぶ。


「『転生』」

「ちょっ、何が何だか……! 梨花りかァ⁉」


 英美里えみりが手を伸ばして、必死に現実に戻ろうとしたとき。


 目の前でバタンと扉が閉まった。

 そこから意識は遠くなり、全ての感覚が失われていく。


 まるで、以前の自分が消えるような……妙な気分。

 すぅっと体が冷える。


(これが、死って奴かな……もっと、充実した生活を、送れてたらなぁ……)


 今さら後悔しても、もう遅い。

 そんなことは分かっているのに、今までの失敗が、走馬灯のように駆け巡る。


(じゃあね……私………)


 最後に見たのが梨花りかの顔というのは癪だが、どうにもできない。

 ……だんだんぼやけていく視界を、英美里えみりは閉じた。



 ♢

 ♢

 ♢



「ん……あれ……、ここは……痛っ」


 目を覚ましてみると、辺りは草地。頭痛がして、思わず声を上げた。

 でもまずは、死んでいなかったことに安堵する。


 死の恐怖を味わってみて、とても恐ろしかった。

 もう二度と、味わいたくはない。


 一生もののトラウマになることを確信しながら、辺りを見回した。


 ここはどうやら大きな山の頂上らしくて、木がいっぱい生えている。

 そこに小鳥がとまって、綺麗な鳴き声を上げていた。


 そして、山のふもとには、小さな村があるのがうかがえる。


(うわぁ……これ夢? それか、死ぬ直前に、梨花りかが言っていた『転生』……)


 いやいや、そんなことないでしょ、と思いながら英美里えみりは立ち上がった。


 しかし、何故か妙に視線の位置が低い。

 あれっと思って手を広げると、その手はとても小さくなっている……!


 近くにあった湖に顔を映すと、幼い少女の顔が見えた。


 どうやら英美里えみりは……本当に、梨花りかの言う通り転生して、少女になってしまったらしい。


 この、水色髪の、少女に。

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