41 鉱山の町


 ミハウの領地からノヴァーク王国の王都ノヴァ・スルまで馬車で五日かかる。ノヴァーク王国は大陸の北の方にある菱形を少し丸くしたような内陸国で、どこからでも馬車で大体五日あれば国の中央にある王都に着く小さな国である。

 他国から入国するのに、山を越えるか湖を渡るか森を抜けるかという選択肢しかなく、小さな古びた何もない国というのと、吸血鬼の伝説もあって、この国に是が非でも来ようという人はあまりいない。


 移動の手段に転移の魔法陣がある。

 これは直接床か地面に設置するか、羊皮紙で作らなければならない。この魔法陣を描くのが非情に細かくてめんどくさい上に、魔法陣を描く魔力を浸み込ませた魔法のインクが、作り方も材料も面倒で非常に高価だ。その上、一度その場所に行って、魔法陣を置くか、場所を指定しなければならない。

 お金と時間と労力が非常にかかるものだ。


 鉱山のある町には馬車で移動する為、ミハウはアストリとクラウゼだけ連れて出発しようとしたのだが、仲間はみんな暇だった。

 エドガールはさっさと同行を申し出て「護衛は必要だよな。お前らも行くだろ」「はい」「オレも、オレも行く」セヴェリンとジャンもつられた。

 ブルトン夫人元修道院長とロジェは「シェジェル見物もいいですわね」「森と湖だけでしょうか」候補地の物色に余念がなく、

 ミハウが「鉱山は石灰石だし近くに鍾乳洞と呼ばれる洞窟があるし、変な岩があるし、あまり綺麗じゃないぞ」とマイナス点を挙げても「変わった所だわね、ちょっと見てみたいかしら」とかえって興味を引いてしまう。


「初めは、帝国からだと戦場の村越えで来たな。ノヴァーク王国の最初の町はシェジェルだった。山から見下ろすと丘陵地帯に白い岩がぽつぽつとあって面白い景色だと思ったな。当時は若かったから、若い国王が即位するというんで、どんな奴か見に来たのだ」

 モンタニエ教授は当時を懐かしむように言う。

「よくそんな所に来ましたね」ジャンは呆れる。

「若い頃は冒険心と好奇心が旺盛だったのだ。ミハウ陛下は私と同じ歳だと思ったが、私の方が若かったな。当時十代だったからな」

「ミハウ様ってそんなに──」

「いや、それからまだずいぶん経っている。百年はとうに超えた」


「俺は考えるのを途中で止めたし、牢で生かされていただけの時もあったし、皆気味悪がって近付かない時もあったし」セヴェリンは自棄気味だ。

「オレが仲間になってからでも大分経つな、帝国の奴らの顔ぶれが変わったし」

「私も随分になりますね。博士とあちこち行きましたし」エリザの言葉でモンタニエ教授がまだまだ好奇心旺盛な事が暴露された。

「私が一番新参かしら」マリーが首を傾げる。

「鉱山の管理者とどっちが新参かな」

「やっぱりその方に会ってみたいわ」

「今回はお忍びだから、その積もりで目立たない格好でお願いします」

 ミハウは溜め息を吐いてそう言ったが、彼らが目立たない訳がない。


 そういう訳で全員で鉱山に行くことになった。

 鉱山の町まで山道なので、馬車で六時間ほどの道のりだ。



 ミハウたちの中でノヴァーク王国出身以外に来たことがあるのはエドガールとモンタニエ教授、そしてエリザと結構多い。それにこの国出身のセヴェリンとクルトとマガリにクラウゼと鉱山の管理者。結構多い。

「仲間はこの国の者がやはり多いですね」

「不死の原因の流れ星がこの地に降ったからな」

「そうですな、その場所も調べる必要がありますな」



 翌日は雪も晴れて快適な天気になった。屋敷は快適だったが、馬車も快適である。もちろん街道も整備されていて、駅逓まであるのはミハウがあちこちに行っては他国の文化情報を取り入れているからで、そこには石灰石は欠かせない。


「魔石が出るなら魔道灯も整備できるな」

「さようでございますね」

 ミハウとクラウゼが話すのを横目に、アストリは馬車の外の景色を眺めている。田園風景が広がっていたが、段々と山道になって、一度休憩した後は森が続き、それを過ぎると今度は白い石がぽつりぽつりと生えているような草原であった。


 途中、草深い場所に柵で覆い隠したような所があって「あれは?」と聞くと「あれは鍾乳洞だ」とミハウが答える。

「奥は深い洞窟になっていて幾筋にも道が分かれるから迷って危険なんだ」

「そうなのですね」

「隠れ場所にいいから悪い奴もいる」

「まあ」

「大体は入れないように封印している」

 やがて馬車は賑やかな町に着いた。

 町で一番大きなホテルの前で、五十年配の背の高い痩せた作業着姿の男が出迎えた。


「鉱山の管理者でスレザークといいます」

 クラウゼが紹介する。男はつばのある帽子を胸に頭を下げた。

「君はホテルで待っていて」

 ミハウに言われ頷く。

 モンタニエ教授とエリザ嬢そしてクラウゼが鉱山に行くようだ。アストリはエドガールたちに付き添われてホテルに入り、マガリが世話をする。


「ちょっと鉱山に行きたかったですね」

 ホテルの部屋に落ち着いて、マガリは残念そうに言う。

「そうね。ねえ、あれは何かしら」

 部屋の入り口付近に台座に乗せられた岩がある。色々な小石がひとつに固まって出来たような岩だ。

「あれは細石でございますか。お屋敷にも置いてございますが、何でも邪気を吸収する石だそうでございます」

「そうなの? だから黒く見えるのかしら」

「まあ、この石には邪気が溜まっているんでございますね。定期的に浄化しないといけないらしいですよ」

「じゃあ浄化しちゃう?」

「またあの巨人を呼び出すのでございますか?」

「うふふ、聖水で大丈夫だと思うわ」

「そうですか、こんな所で巨人を呼んだら大騒ぎでございますからね」

「そうね」

 分かったのか分からないのか、アストリは首を傾けて、珍し気にじっと細石を見ている。

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