入寮パーティ!

 私達は入寮を記念したパーティを今夜開く予定であり、今はその用意を慌ただしくしているところだ。

「メリナはセッティング班でしょ?早く行きな」

「うん......」

「ほら行った行った」

「ん……」

 無口で非協力的なメリナを強制的にセッティング班に詰め込むと、私もパーティの準備に参加する。

「調理班!!」

「はい」「はい!!!」

 アガサちゃんの号令に私とジンジャーちゃんがぴしっと敬礼。

 私とジンジャーちゃんは、調理班、テーブルセッティング班として、アガサちゃんのもとで働くことになった。赤毛のツインテールが映える女の子だ。

「調理の前に、お皿洗っとこうか」

「「はい!!!」」

 二人でてきぱきと作業する。

 買い出し班と、飾り付け班に他のことを任せながら、私達はお皿を洗って、みんなが持ち寄った料理を温めたり、調理したり、盛り付けたりするのだ。

「おいしそうですね!! こぜっとおんふれ!!」

「そうだね!!」

 おでこをぺかーっと光らせたジンジャーちゃんが、ワクワクを抑えきれない! という感じで、こっちを向いて話しかけてきた。完全に同意なのでうんと首が取れるくらい頷く。みんなが持ち寄った食事はいつもよりずっと豪華! とはいっても寮のパーティなので、学生が喜びそうなものばかり。パスタにキッシュロレーヌにローストビーフに、チキンをトマトで煮込んだ奴に、牛すじシチューのストウブ等。


「すみません......」

 料理を慌ただしく用意していると、パーティのセッティングを行っていたマリちゃんが声をかけてきた。もじもじと俯いて、私のほうへとにじり寄ってくる。

「音楽をどうしましょう?」

「音楽?」

 マリちゃんは、渾名がマダムになってるくらい、淑女めいた雰囲気が魅力的な子だ。でも何より特徴的なのは、その触手! 彼女は背中から触手のようなものが、何本か生えていて、それらは赤と黒と紫の間の不思議な色をしている。これが臓器みたいでかわいい。ただ、この触手のせいでお皿を割って、調理班を降ろされた悲しい経歴もある。


「このままじゃただの食事会ですから。音楽くらいかけてもいいのではないでしょうか?」

 マリちゃんが言って、たしかにその通りだと思う。なのでパーティではとりあえず音楽を流そうということになるのだけど、

「なに流す?」

「何流しましょう」

 これが、うーん......むずかしい。スマホを取り出して自分の聞いている曲をみるけど、アニメの曲だとか、ゲームの音楽がいっぱいあって、それ以外はない。湧き出るオタク趣味の油田みたいなプレイリスト。


「マリちゃんは?マリちゃんはなんかないの?」

「クラシック以外はあんまりで。それに趣味がバレるのも恥ずかしいですし」

 分かる〜。別に恥ずかしいものを聴いていると思っているわけじゃないんだけど、それでも自分の趣味嗜好がバレるのは、自分の内側が透けているみたいで恥ずかしいのだ。結局マリちゃんがスマホを操作して、アプリのトレンドから、昔のヒットチャートのプレイリストをとりあえず上から流していこうということになった。できるだけパーティソングっぽいプレイリストを選択する。


 音楽が済んだら、お酒! となりそうだけど、お酒はない。寮にはお酒と薬物を絶対に持ち込んではいけないことになっている。

 そのため私達は秘密兵器を用意していた。アガサちゃんが冷凍庫から瓶を取り出す。

「りんごジュース!!」

「高級りんごジュースよ。多少発酵感があるから、風味がちょっとお酒っぽいんじゃないかな?」

「へえ!!」

 さっきまで冷凍庫に入れてたから、瓶が白い空気をまとっている。触るとすごいつめたい!!

「わあ! つべた!!」

「キンキンだ!!」

 私達がそれをさわってきゃっきゃしてると、「ただいまー」「色々買って来たよー」丁度サンドラちゃん、クロエちゃん、ルナちゃんの買い出し班が帰ってきた。

「料理班、もう料理並べちゃおう」

「はい!!」


 買い出し班から荷物を受け取って、簡単な飾りつけもおわると、八人の寮生で席について、いよいよパーティも本番。配られたグラスにジュースが注がれる。早くもおいしそう!!

「コゼット乾杯前に飲まないで」

「あ、ごめ」

 クロエちゃんにたしなめられて、慌ててグラスから口を離す。はずかし......!! これ毎回やっちゃうんだよなあ。

 そんな恥ずかしい一幕を経て、みんなに飲み物が行き渡り、いよいよ乾杯の音頭だ。

「じゃあかんぱーい!!」

「「乾杯!!」」

 チンとグラスの音が鳴って乾杯する。ぐいっとりんごジュースを呷った。

「わっうまい!! 深みがすごい」

 白く濁ったジュースを一気に半分まで飲むと、その味に感動した。なんか、子供の頃に思ってたお酒の味ってこんな感じだった気がする。

 料理に目をやると、どれも美味しそうで目移りも目移り。しかしパーティという名目で料理を豪華にしただけで、とりわけパーティらしいものなんかない。お酒も飲めないし、恥ずかしいから音楽に乗って何かすることもない。開始当初はパーティって、これでいいのかな? なんて思っていたが――



 ――結論から言うとぜーんぜん、問題なかった。

「バゲット旨いよ」

「オリーブオイルがしゅんしゅんだね」

 食前にみんなでバゲットにかじりついて、

「触手にごはんあげなくていいんすか?」

「触手を何だと思ってるんですか?」

 サンドラちゃんがマリちゃんの触手をいじって、

「あ、メリナちょっと!!」

「お前その量馬鹿だろ!!!」

「え」

 メリナは貴重なローストビーフをふぐの刺身みたいな食べ方をしたので、クロエちゃんに叱られた。結局こうしてみんなと話しながら、手間などを共有して、美味しいものをつまむのが、一番楽しかったりするんだ。わいわいと時間が流れて、お皿の上のものも数を減らしていく。

「そういえばさあ、この間の魔術の話で、うちはさ......」

「へえ、クアッド系の魔術式って今そんなところまで進んでるのね......」

「......いえいえいえ、これからは抗魔術体アンチマジックの時代ですよ!!」

 食事中いろいろな話題がぐるぐる回るが、それでも私達の会話の中心は圧倒的に魔術が多くを占めていた。

 そして魔術の話題になる度に、魔術が得意じゃない私はみんなの話についていけない。今この場で黙っているのは私とメリナだけ。

 メリナはそもそも話さない人だから、もそもそと食事にありついてる。見かけによらず、すごい食べるのだ。

 喋らなくても自然なメリナに対して、私だけ不自然に黙していて、だらだらと冷や汗をかいていた。

 みんな魔術が大好きなんだ。すごい人たちの集団なんだということを、改めて思い知らされてしまった。それに比べて、私はカスだ。この学校では何の価値もない人間。


 本当の話をすると、入学当初は、ちょっとだけ自信があった。

 私は全然魔術が使えないけど、魔術校に進学出来るだけのポテンシャルがある。

 紙のテストで上位で居続けさえすれば、魔術の実技なしでも赤点は取らないし、そんな自分が、ちょっとすごいんじゃないかって思っていた。


 でも違った。

 周りの人達は本当にエリートだ。周囲では、なにも気取らずに、当然のごとく魔術を高水準で扱えるという前提で話が進められる。本物の上位層の会話が、日常で繰り広げられる。

 私は嘘をついて、取り繕って、みんなに話を合わせる方針を取ってしまった。本当のところ、なにも分かっていないのに。身なりを気にして、大事なものを捨てている。

 私はつくづく、嫌なやつなのだ。


「......でさ!! それで私達の担任ってさあ......」

「......へえ、確かに......」

 段々と、みんなの喧騒が遠くに聞こえてくる。


 入学してすぐにテストがあった。私は実技試験を受けない選択をした。徹底して魔術を披露する場を回避し続けていて、おかげでクラスで最下位になっている。

 一方で上位層は、クロエちゃんがクラスで一位、僅差でメリナが二位になった。だから彼女たちはツートップだなんて言われている。クロエちゃんはギャルみたいな見た目だけど、とりわけ成績の面では優秀だった。成績がいいと、学年ランキングで貼りだされるようになる。学年一位から五位は、この学校では特別な地位。だからみんなで熾烈な争いによってその席を奪いあうのが風物詩となっている。そしてクロエちゃんは、そんな学年五席の一角に位置している。

 一方で私は紙面のランキング上に乗るなんて夢のまた夢。みんなすごいんだ。羨ましくて、目が潰れる。


「コゼット?」

「わっ!!」

 クロエちゃんが私を気にかけて声をかけてくれた。おもわずびっくりする。

「ぼーっとしてたけど、大丈夫?」

「あ、ごめん。大丈夫」

 謝ると、みんな不思議とこっちを見ていた。

「え、どうしたの?」

「いや、コゼットの魔術がどんなのかみんな知らないよね?って話になってて......聞いてなかったの?」

 それを聞いた瞬間一気に冷や汗をかいた。私の魔術? 使えないんだからそんなのあるわけないのに。でもめいめいが口々にクロエちゃんの意見に同調する。メリナだけはローストビーフを貪り続けていた。

「私は......」

 また嘘をつこうとしてる。今正直に言えば、楽になれる。これからは嘘を使わずに済む。嘘を言ったり、誤魔化したりするのは、辛い。ここで、ここで自分が魔術を使えないことを言ったら、楽になれるのかな。

「その、私の魔術は」

 もう明かすならここしかない。このタイミングを逃すと、私はこのままズルズル隠し続けて、どこかで破綻する。言え。言うしかない。言わなきゃ、多分一生......


「私の魔術は口にすると弱くなっちゃうの。だから言えない、ごめんね」


私はまた、嘘をついた。

魔術がろくに扱えないだなんて、言えるわけないじゃないか。ははは、と乾いた笑顔で取り繕う。結局私はごまかしにごまかしを重ねて、なんとかパーティの話題の中心から逸れることに成功した。その後のパーティでは色んな話をして、食事も空き皿が目立ってくる頃、

「コゼット、先プライベートルーム戻るね」

「あ、メリナ。うん」

「......食べ過ぎた...........」

 お腹がぱんぱんのメリナが先に脱落した。すごい量食べてたから、さもありなん、だ。でも無限の胃袋というわけじゃないらしい。彼女はお腹をさすりながらプライベートルームへと引っ込んでいった。

 それからは、パーティの熱狂も程なく覚めて、なんとなく、みんなゆったりとした空気の中にいた。

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