第3話 パパ、スキルを使う

 拝啓。


 琴音、そっちはどうだい? 俺がいなくなっても悲しまないで、元気やれているかい? やれるわけないよな。ごめん。


 そんな俺は今、訳の分からない詐欺に引っかかりそうだよ。



『詐欺では御座いません。神谷様専用のスキルです』



 嘘を仰い!! ……スキルって……なんだ??



『スキルとはこの世界の住人に備わることがある固有の能力です』



 なぁるほど。



 ってそういうことじゃない!! 俺が聞きたいのは、具体的な内容だ! ゲームとかアニメみたいに、火が出せたり空を飛んだりするのか?



『おおよそ、そう捉えて頂いて構いません』



 ほほぉう。そっかそっか。スキルね——






 って納得出来るかぁぁぉ!!



 そんな幻想みたいなものに騙されるほど俺は馬鹿じゃない!! なぁ詐欺師さんよ、化学って知ってるか? 全ての現象には法則に則ったあれやこれやがあるんだよ!! 詳しくは知らんけど! 



 仮に、百歩譲って、スキルってものがあるとしよう! それで一体この状況をどうする!!



「ギャー! ヘッヒ、グッピギャーー!」



 赤ちゃんがぁぁああ!! お腹をぉぉぉぉぉぉおお!! 空かせているんだよぉぉぉ!!



『説明をしっかり聞いてください。固有スキル、森羅マーケットは所有するBPを引き換えにありとあらゆる存在を生成することが出来るスキルです。試しにスキル名を唱えてみてください』



 この人は一体何を言っているんだろうか。この後に及んでまだ俺を詐欺にかけようとするなんて……



 まぁしかし待て。俺も鬼ではない。今は時間がなくて一刻を争う事態というのは承知の上で、一回だけ話を聞いてあげてもいいだろう。



 唱えるだけなら減るものじゃないしな。これでダメなら全力でスルーしよう。それはもう、いつも俺だけにティッシュをくれない駅前のお姉さんの如く。




「し、森羅……マーケット」




 戯言だと思っていた。




 期待などしていなかった。




 死後の世界とはいえ、こんな意味不明なことが起こっていいのだろうか? 俺の目には信じられない光景が写っている。



 突然現れたのは、パソコンのブラウザのような画面。それが宙に浮かんでいた。まさか……俺の知らないところで最新の技術はここまで発展したのか? それとも死後の世界の科学レベルはぶっ飛んでいるのか?



『ウィンドウをご覧ください。こちらにBPを消費して入手出来る物が表示されております。BPは万象ポイントの略で、あらゆる物をBPに変換することが可能です。また、一定数のBPを使用してスキルレベルを上昇させることが可能となっております。現在はスキルレベルが1ですので、レベル1に応じた物が入手可能となっております』



 ……




 あのさ、説明下手って言われたことない?




 一度にそんなたくさん言われたら……わからないでしょぉぉぉぉぉうが!!



 『はぁ……ひとまずウィンドウに触れてみてください』




 溜め息つくなよぉぉぉ!! 投げ出すなよ! 突然出て来たくせに!!



 もういい!! こうなったら前世の直感を信じて突き進むのみ!! 娘が一人いるとはいえ、インターネット成長期を生き抜いたおっさんのリテラシーを舐めるなよ——!!




 これがこうで。



 ここがこう。



 へぇ。これがこうで。



 ここがこうか。すごっ!



 なんて直感的な操作感♪ 消費者への配慮がすごいな!



 ウィンドウに触れるように手を伸ばして適当にフリックすれば画面が動き、拡大もお手軽。説明も日本語だし、デザインもシンプルでいい。



 ってそういうことじゃなぁぁぁぁい!!



 これで一体どうやって赤ちゃんのお腹を満たせというんだ!! 俺の知的好奇心しか満たされていないぞ!!



 『適当な商品の画像を選択してみてください』



 適当な商品……え、確かにネットマーケットみたいだとは思ったけど……商品? とりあえずこのベッドみたいなのでいいか。




 なになに? 最高級の寝心地と夢の世界の充実を……って?

 


 

 大特価セール、200,000BP? 




 まさか……この、200,000BPを支払えば、このベッドを出現させれる……とでもいうのか?




『やっと理解して頂けましたか。その通りで御座います』




 なるほど。便利な世の中だぁ。




 って納得出来るかぁ!! BPってなんだよ!! 『万象ポイントです』 そんなこと言ってたな!! 何円だ! 何ドルだ!! 無一文だぁぁぁあ!!



『初回特典として10000BP付与されています。必要な物は右上の検索欄からいつでも検索が可能です。スキルレベルが入手可能なレベルに達していれば検索結果として表示されます』



 そういえばそんなこと言ってたな! 詐欺だと思ってたから聞き流していた……いや待て、まだ詐欺の可能性は捨てきれないか? そもそもこれを買っていつ届くんだ! 赤ちゃんは将来お腹が空くんじゃない! 今お腹が空いてるんだよ!!



 『……もういいですので、必要なものを探して購入してください』



 「ンギャー!! ピギャー!!」



 くそっ!! もう猶予がない!! 詐欺に引っかかったとしても……赤ちゃんのお腹が満たされるのであれば本望だ!! えぇぇぇぇい! ダメで元々!!

 


 とりあえず……粉ミルク!!



 勢いのまま検索欄を指でタップすると、別のウィンドウでキーボードが浮かび上がる。もはや突っ込む気力も失せている。そういうものだと納得しないと突っ込みどころが多くて進まない。



 ひとまずキーボードで「粉ミルク」と入力し、検索してみる。


 すると、ウィンドウには取り扱っている粉ミルクの一覧が表示された。多いな! 品揃え豊富!!



 どれにするか悩んでいる暇はないが……とスクロールして探しているとき、見覚えのある粉ミルクの名前が目に入った。「スクスクソダーツ」だ。



 これは……奏音を育てるときにも使っていたミルクだ。琴音は母乳が出難かったため、奏音の育児は母乳とミルクの混合で行っていた。



 琴音がそのことで夜に泣いていたことがある。出産後はナイーブになるというが、責任感の強い琴音は母乳だけで育てられないことを悪いことだと思ってしまったようだ。



 決してそんなことはない。



 確かに母乳を推奨する病院があったり、そういった考えもあるだろうが、それぞれでいいんだ。愛情は母乳から出ているわけじゃない。俺は子供には栄養も大事だと思うが、それ以上に愛情が大事だと思っている。



 琴音が頑張って愛情を注いだおかげで、奏音は元気に立派に育った——



 おっと……今は感傷に浸るときじゃないな。



 粉ミルク、スクスクソダーツをタップすると、スクスクソダーツのページが表示された。そこには、【粉タイプ100g 200BP】と書かれていて、g数を選択する欄がある。



 よくよく考えたら粉ミルクだとお湯も必要だな……熱湯で溶かしてから冷ます必要もあるから手間だし時間がかかってしまう。何か方法はないか——



 そう思って商品ページをスクロールしていると、【お出かけの方はこちら】という表示が目に入った。そこに書かれていたのは【常温液体100ml 250BP】という案内だ。



 なにこれ。超便利かよ!!



 本来であれば少し暖かいミルクをあげたいが……今は時間短縮が最優先だ!



 迷わずお出かけ用の常温ミルクを選択する。続いてg数だが、見たところまだ産まれて間もない子だ。首もすわってないから三ヶ月にも満たないだろう。そうなると80mlくらいで一旦様子をみるか。



 よし、数量を80mlにセットして購入!!



 本当に……こんなことでミルクが手に入るのか?



『購入手続きが完了致しましたので、液体ミルクを出現させます』



 まじかよ……もしかして詐欺師じゃなくて……神様ですか? あぁ、もしあなたが神様ならば……これは神の恵みかもしれませんね。



 感謝します。神様。あなたのおかげで、この子のお腹を満たしてあげることが——





 ドボドボドボドボ——




 目に映るのは、何もないところから白い液体が地面に流れているという摩訶不思議な光景だ。




 へぇ。これが神の恵みか。




『液体ミルクを出現させました。またのご利用、お待ちしております』




 ちょっと待てぇい詐欺師!!





 哺乳瓶を寄越せええええええ!!



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