第45話 ケモナー
止めてあった馬車の周囲にジャッジの姿はなく、すぐに馬車を走らせて西区へと向かった。
一応、馬車の中から周囲を警戒していたが、ジャッジたちが来ることはなかった。
シラトリたちはあの路地裏を必死に探しているんだろうな。
セナの店の前に堂々と馬車を止めるわけにはいかないので、少し離れたところで馬車を降りた。
大勢の獣人女性を連れてきた俺を見てセナに変な目を向けられてしまったが、事情を説明したところ「責任を持ってあたしたちが故郷に帰す」と言ってくれた。
獣人の女性たちに感謝され「この恩は必ず返すから」と言ってくれたが、気持だけもらうと伝えた。
俺への恩返しなんて考えずに、故郷で他の獣人たちと幸せに暮らしてほしい。
とはいえ、この世界は獣人にとって住みやすい場所とは言いづらい。
フランのような奴隷商がいる以上、似たような悲劇は何度でも起きてしまうだろう。
もしかすると、俺のやったことは無意味なことなのかもしれない。
だが──俺の手が届く場所では、できるだけ助けてやりたいと思う。
獣人の女性たちをセナに引き渡したあと、2階で拘束していたカインに【不正侵入】スキルを使い、顔をもとに戻した。
その後で、今回の件を口止めして彼を解放することにした。
念を押して「もし、俺の情報が街に流れていたら、獣人たちに協力してもらってお前を殺しにいく」と脅したら、折れるかと思うくらい首を縦に振っていた。
セナに「甘すぎないかい?」と笑われたけど、カインは俺の恐ろしさを知っているから大丈夫だと思う。
まぁ、そんな考え自体が甘いのかもしれないが。
だが、カインが約束を破って情報を流したときは、俺も甘さは捨てるはずだ。
というわけで、こうしてミリネアの誘拐騒動は幕を下ろした。
穏便に済ませるつもりだったのに、結局大騒動になってしまったのは失敗だったが、無事にミリネアを助け出すことができたので良しとしよう。
「トーマ」
獣人騒動があった次の日。
普段通り、朝からフィアス・キャッツに顔を出したのだが、またしてもルシールさんから声をかけられた。
「おはようございます。ルシールさん。何かありましたか?」
「使いの者から連絡があったのだが、昨晩ミリネアが自宅に帰ってきたようだ」
「そうなんですね」
「……ん? 何だ? 随分と淡白だな」
訝しげな視線を向けるルシールさん。
あ、ヤバい。
ミリネアの顛末は知っているから適当に返してしまったが、俺が助けたことをルシールさんは知らないんだった。
それに、「ミリネアの件は俺に任せろ」と言われていたっけ。
マズいな。すっかり忘れていた。
「そ、そんなことはありませんよ。ミリネアは無事だったんですね。良かったです」
「ミリネアを助けたのはお前なのか?」
「……ぶふぉ」
いきなり疑われてしまった。
「昨日、北区のカフェで違法な取引をしていた奴隷商グループが逮捕されたらしい。なんでも、獣人女性を売買していたのだとか」
「そう、なんですね」
「そこに客としてやってきた男が、大勢の獣人を買って行ったらしいのだが」
「……」
そこまで情報が筒抜けになっているなんて驚きだ。
ルシールさんって、かなり顔がきくんだな。
「言っておきますが俺じゃありませんよ? 奴隷を買う金なんてありませんし」
「どうやらその男は奴隷商の金を使ったらしくてな。どんな方法で商人から金を盗んだのかはわからんが、腕利きの盗人だったのかもしれん。どちらにしても犯罪者だ」
「……盗んだわけではありませんよ」
ちょっとムッとしてしまった。
確かにフランの口座から金を移動させたが、すべて獣人たちを助けるために使ったので俺の口座には1ライムも残っていない。
犯罪者扱いする前にちゃんと調べて欲しい──と思って、ルシールさんを見ると冷ややかな顔でじっと俺を見ていた。
「ほう? やけにその盗人の肩を持つのだな?」
「え? あっ……い、いや、そういう可能性もあるって話ですよ」
「フン。まぁ、いい」
ルシールさんが少しだけ呆れたような笑顔を覗かせる。
「これ以上の詮索はやめておこうか。その盗人は一度ならず……二度も娘を救ってくれた恩人なのだからな」
ルシールさんは俺の肩をぽんと叩いて、2階へとあがっていった。
一度ならず二度もって。
ううむ。どうやら全部バレていたらしいな。
いや、さっきの返答でバレた感じか?
俺ってウソがつけない性格だったんだな……。
ふと、ルシールさんから俺の情報がジャッジに行きやしないかと少しだけ不安になったが、そんなことを考えた自分に呆れてしまった。
バカバカしい。
ルシールさんに限って、冒険者を売るなんてことはあり得ないだろ。
むしろ、ジャッジがここに来ても最後の最後まで俺をかばってくれるはず。
「あっ、トーマさん!」
カウンターの向こうから声がした。
ギルドの制服を着ているミリネアだ。
ちょっとびっくりした。
昨日の今日でしっかり仕事に復帰しているなんて。
「おはよう、ミリネア。今日くらい休んでも良かったのに」
「そういうわけには行きませんよ。私がいないと困っちゃう人がいるので」
何だ何だ?
もしかして俺のことを言ってるのか?
そんなことはない……と言いたいところだが、ミリネアの笑顔でエネルギーを得ているので、あながち間違いではない。
「というか、どうしたんですか? そんなフード付きのマントなんて着て?」
「これか? まぁ、色々と事情があってな」
今日はいつものカラス面に、体がすっぽり隠れるフード付きのマントを着ている。
「事情?」
「そうだ。昨日話したミリネアとの約束を果たそうと思ってな」
「……えっ?」
フードをおろし、さらにカラスの仮面も外す。
素顔を晒した俺を見て、ミリネアの目がみるみるまん丸くなっていた。
「うええっ!? ちょ、トーマさん!? ──なんで獣人のままなんですかっ!?」
ミリネアの尻尾がボフンと膨れ上がった。
昨日、姿は元のイリヤに戻したが、種族は獣人のままにしておいたのだ。
フードで隠していたのはネタバレをしないため。
しかし、予想通りの反応で嬉しいな。
「色々考えたのだが、ジャッジの目をごまかすためにしばらく獣人のままでいたほうが安全かもしれないと思ってな」
シラトリが知っているのはカインの顔だが、どこから正体がバレるかわからない。
なので、しばらく獣人のままでいたほうが得策だと考えたのだ。
「そ、そんな、余計なトラブルに巻き込まれちゃいますよ? だってほら、獣人って嫌われてますし」
「かまわんさ。もともと転移者は嫌われているしな」
店員から冷たくあしらわれたとしても、普段通りの対応だ。
「それに、オフの日はミリネアと一緒に依頼を受けるだろ? 相方が同じ獣人だと、嫌がらせをうけても半分俺が肩代わりできる」
「ト、トーマさん……」
感激しているのか、目をうるませるミリネア。
流石にうろたえてしまった。
驚かせようとは思ったが、感激されるなんて思ってもみなかった。
獣人の姿のままでいたのは主にミリネアに説明した通りなのだが、獣人の身体能力を使ってモンスター狩りをしたかったという下心もあるんだけどな。
―――――――――――――――――――
名前:トーマ・マモル
種族:獣人
性別:男
年齢:28
レベル:35
HP:2230/2230
MP:130/130
SP:54/54
筋力:69
知力:35
俊敏力:56
持久力:55
スキル:【解析】【不正侵入】【痛撃】【追跡】【投石Ⅰ】【体力強化(中)】【俊敏力強化(小)】【体力自動回復(小)】【光合成・魔】【光合成・技】【光合成・体】【花粉飛散】【ドレインエナジー】【軽足】【毒耐性(中)】【水耐性(中)】【MP強化(小)】【知力強化(小)】【魔眼】【トキシックブレス】【アシッドブレス】【筋力強化(中)】【バーサーク】【グランドブレイク】【回避性能(極)】
魔術:【フレイムⅠ】【フレイムアローⅠ】
容姿:イリヤ・マスミ
状態:普通
―――――――――――――――――――
ステータスを見てわかったのだが、獣人になって能力値が底上げされていた。
これは知らなかったのだが、多分、種族によってボーナス値が変わるのだろう。
こういうボーナスがあるのなら、しばらく獣人でいるのも悪くない。
「えへへ」
と、ミリネアがニヤニヤしているのに気づく。
「ど、どうした?」
「トーマさんの獣人姿、可愛いですね」
「か、可愛いだと?」
「はい。人間じゃなくて獣に近い獣人の黒猫っていうところが、ケモナーにはたまらないです。えへへ」
「……ケモナーってお前」
自宅に帰って鏡を見てわかったのだが、俺の獣人姿は黒猫タイプだった。
それも、ほとんど猫に近い顔。
獣人は人間に近い顔立ちから獣に近い顔立ちまで様々だが、俺は後者だったらしい。
「でも、どうして黒猫なんですかね?」
「さあな。猫みたいに自由奔放だからじゃないか?」
「あ、多分ツンデレだからじゃないですかね」
「誰がツンデレだ」
しれっと失礼なことを言うな。
そんなことを言われたの、初めてだぞ。
「あの、顎ナデナデしてもいいですか? 多分、気持ちいいですよ?」
「駄目だ」
「けち」
急に馴れ馴れしくするな。
俺はお前のペットじゃないんだぞ。
しかし、とニヤニヤとだらしない顔をしているミリネアを見て思う。
こんなふうに喜んでくれるのなら、やはり獣人のままでいて正解だったのかもしれない。
仕方ない。ケモナーミリネアのためにも、しばらくこのままでいてやるか。
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