第43話 蛆虫らしく
階段を走り抜けてカフェまでやってきたが、ここも蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
表には何台も黒塗りの馬車が止まっていて、ジャッジの制服を来た男たちが次々と店内に入ってきている。
さっきまでの穏やかな空気は微塵も感じない。
店主はジャッジに連れていかれているし、店内の客も追い払われている。
ただ、幸運にも俺の顔を知っているジャッジはいなかったようで、「さっさと出ていけ」とミリネアや獣人たちと一緒につまみ出された。
これはラッキーだ。
シラトリが来る前にさっさと離れよう。
店の裏通りへと向かい、停めてある馬車へと急いで乗り込んだ。
客車ではなく幌がかかった荷車だったのも幸運だった。
客車に獣人が大勢乗っていたら目立ってしまうからな。
ここだけは、オークションの受付に感謝だ。
全員乗ったところで、御者の男が声をかけてきた。
「外は大騒ぎみたいですね。どちらに向かいますか?」
「ええっと……西区まで頼む」
とりあえずは西区のセナの店だ。
あそこに行けば、少なくともミリネアと獣人たちは助かる。
ゆっくりと馬車が動き出し、大通りに出た。
通りには多くの野次馬が集まっていて、ジャッジが彼らを制止しているのが見えた。
その横をゆっくりと抜けていく。
と、すごい形相でキョロキョロと辺りを見ている黒髪の女性が視界に入る。
──シラトリだ。
その姿に一瞬ヒヤリとしたが、流石に荷馬車の中にいるとは思わなかったのか、彼女の姿はすぐに小さくなっていった。
「……ふぅ、なんとかなったか」
ホッと胸をなでおろす。
シラトリはまだしも、あのキサラギとかいう転移者が現れたときはどうなることかと思ったが、俺の右腕一本だけで済んだのは幸いだった。
「トーマ」
と、ミリネアの声。
そちらを見ると、彼女がポーションをこちらに差し出していた。
「これ飲んで。どさくさに紛れて、会場から持ってきたの」
「ポーションか。ありがとう」
早速、ぐいっとポーションをあおる。
相変わらずドロッとした嫌な食感だったが、すぐに右腕の痛みが消えていった。
―――――――――――――――――――
名前:トーマ・マモル
種族:人間
性別:男
年齢:28
レベル:33
HP:550/1980
MP:120/120
SP:3/50
筋力:67
知力:32
俊敏力:44
持久力:49
スキル:【解析】【不正侵入】【痛撃】【追跡】【投石Ⅰ】【体力強化(中)】【俊敏力強化(小)】【体力自動回復(小)】【光合成・魔】【光合成・技】【光合成・体】【花粉飛散】【ドレインエナジー】【軽足】【毒耐性(中)】【水耐性(中)】【MP強化(小)】【知力強化(小)】【魔眼】【トキシックブレス】【アシッドブレス】【筋力強化(中)】【バーサーク】【グランドブレイク】【回避性能(極)】
魔術:【フレイムⅠ】【フレイムアローⅠ】
容姿:イリヤ・マスミ
状態:普通
―――――――――――――――――――
HPは全快とはいかないが、出血状態もなくなっているし大丈夫だろう。
しかし、SPの残りがわずかだったんだな。
あそこでシラトリと戦いにならなくてよかった。
「あ、あの、トーマ?」
「ん?」
隣を見ると、ミリネアがうつむきがちにこちらを見ていた。
上目遣いのミリネアに、ドキッとしてしまう。
「どっ、どど、どうして?」
「えっ?」
「どうしてこんな危険なことをしてまで、私を助けに来てくれたの?」
「あ、ええっと……そ、それは──」
言葉につまってしまった。
どうしてだと問われても、上手く言葉にはできない。
身を挺して誰かを助けるなんて、はじめての経験だ。
転移前も「助けてくれ」という友人に金を貸すことはあったが、それ以上のことをやったこともなかったし。
「……俺にもよくわからん。ルシールさんからミリネアが行方不明になっていると聞いて、居ても立っても居られなくなったというのが正直なところなのだが」
「……」
沈黙が流れる。
獣人の女性たちもキョトンとした顔で俺たちを見ている。
なんだか恥ずかしい。
ラムズデールの中央区に流れる川が見えた。
どうやら馬車は北区を抜けて中央区に入ったらしい。
西区のセナの店まで後少しだ。
「トーマ、お願いがあるんだけど……元の顔に戻ったらさ、素顔を見せてくれないかな?」
「……えっ!?」
突然の申し出に変な声が出てしまった。
なんでそんな頼みを?
「ど、どうしてだ?」
「あ、あのね? 前から思っていたんだけど、トーマから見覚えのあるニオイがするんだ」
「に、匂い?」
「う、うん。実は私って、結構鼻がきくんだよね」
マジで?
てことは……なんとなく俺がイリヤだってことは分かってたということか?
そこは完全に盲点だった。
「なんていうか、トーマからすごく落ち着くニオイっていうか、ドキドキするニオイがするんだよね」
「ド、ドキドキ?」
ちょ、ちょっと待て。
ドキドキって、お前──。
「それに、面と向かってちゃんと助けてくれたお礼を言いたいし……だから、お願い」
「い、いやでも、それは……」
そう言われて、ハイわかりましたと見せるわけにもいかないし。
しかし、獣人女性たちの視線が痛い。
そこは見せたほうが良いんじゃない? という空気をひしひしと感じる。
俺ってこういう空気にはめちゃくちゃ弱いんだよな。
転移前もこんな感じで大量の仕事を任されることがたくさんあったし。
仕方ない、と、その空気に押されて首肯してしまいそうになったそのときだった。
ガタンと、馬車が急に止まった。
セナの店についたのか──と思ったが、見える景色は中央区。まだ西区にすら入っていない。
何だ?
どうして急に馬車が止まった?
「おい、御者。どうして急に馬車を止めて──」
「はいっ! 蛆虫発見っ!」
頭上から、女性の声が聞こえた。
びっくりして顔をあげると、割かれた天井の隙間から、黒髪の女性がこちらを見ていた。
「お、お前……シラトリ!?」
冗談だろ?
なんでこいつがここに。
というか、どうやってそこに登ったんだ?
「ふふふ、おバカさんですねぇ! この私から逃れられるとでも思いましたか!? 私からは絶対に逃げることなんて不可能なんですから!」
「クソ、追跡スキル持ちだったか……」
當間が持っていたようなヤツか。
確か、マーキングした相手の位置がまるわかりになるみたいな能力で──。
「追跡スキル?」
だが、シラトリは首をかしげる。
「そんなもの、ありませんけれど?」
「何だと? だったらどうしてここが」
「フフ……山勘です!」
シラトリは幌の隙間に顔をギュッと押し込め、ドヤ顔。
山勘。つまり、当てずっぽう。
え? この女、あのカフェから適当に走り回ってここにたどりついたのか?
ウソだろ?
「何も考えずにここまで来たってことか?」
「違います。山勘ですってば」
「……」
何が違うのか俺にはわからん。
端正な顔立ちでめちゃくちゃ頭が良さそうに見えるのに、とてつもないバカだっていうのはわかったが。
「フフフ、驚きのあまり声も出ませんか」
するりと幌の上からシラトリが降りてくる。
彼女はちらりと怯える獣人たちを見た。
「しかし、たくさんの獣人を連れていますね?」
「彼女たちはオークションに商品として出されていた獣人たちだ。この後、顔見知りの獣人に彼女たちを引き渡して、故郷に帰すつもりだ」
「またそんなウソを言って。どうせ、エッ……エッ……エッ」
急に頬を紅潮させ、壊れたスピーカーのように「エッ」を連発するシラトリ。
「エッ、エッチなことをするつもりなんでしょう!? 知ってるんですからね! バカ! おバカ!」
「何を勝手に想像して興奮してるんだ」
「はぁ!? 誰がぁ!?」
シラトリは今にも爆発しそうなくらい顔を真っ赤にする。
どうやら見た目に反して、かなりお子様っぽいな。
もしかして中学生とか?
「というか、そもそも俺があのオークションに参加者を斡旋したっていう証拠はあるのか?」
「……えっ? 証拠?」
「そうだ。まさか、無いとは言わないだろうな?」
「まさか」
フッと涼しい顔をするシラトリ。
だが、その口から放たれたのは予想に反する言葉。
「無いですけど、何か問題でも!? そんなもの無くても、私から逃げたので『とーぼーざい』と『こーむしっこーぼーがいざい』であなたは死刑なんですよっ!」
「めちゃくちゃ言うなキミ」
公務執行妨害の定義、知ってるのか?
でもまぁ、気分ひとつで相手を死刑にするのはジャッジらしいといえばジャッジらしいが。
しかし、この状況、どう打開するか。
馬車から降りるにはシラトリの横を通り抜ける必要があるし、ここからは見えないが、馬車の周りには他のジャッジもいるだろう。
「……トーマ」
ミリネアの声。
どこから持ってきたのか、彼女が幌の一部にナイフを通していた。
ナイスだミリネア。
そこからなら、なんとか抜け出せそうだ。
「とにかく、神妙にお縄につきなさい! 蛆虫なら蛆虫らしく諦めて──」
「悪いが、蛆虫らしく、しぶとく反抗させてもらうぞ」
「──んああっ!? ちょ!? また逃げるのっ!?」
するりと幌の隙間から外に出る。
案の定、馬車の周囲にはジャッジがいたが、頭数は少ない。
これなら、路地に逃げ込めばなんとかできそうだ。
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