第34話 奴隷商
「……はっ、俺に何をしようだって?」
状況がわかっていないリロイが、ほくそ笑む。
「何の権力も持ってねぇクソ転移者がこの街で俺に何かできるわけがねぇだろ! 残念だが、お前はもう終わりなんだよ!」
「公安隊にいる父親に泣きつくのか?」
「今更謝っても遅いぜ!? オヤジに言えば、てめぇは明日の朝、絞首刑だ!」
「そうか。だが、公安隊にいるお前の父親さんは、その姿を見て我が子だと認識できるのか?」
「……あ? 何?」
リロイが訝しげに眉根を寄せる。
そんな彼を見て、取り巻きの男たちが青ざめている。
「お、おい、リロイ……お前、その顔……」
「あ? 何だよ? 俺の顔に何が──」
自分の頭に振れたリロイが言葉を飲み込んだ。
「な、なんだこれ!? なんで俺の頭に……獣の耳があるんだ!?」
リロイの頭に見えているのは猫の耳。
鼻も少し黒くなっているし、瞳孔も猫のように細長い。
多分、下半身にもミリネアのような尻尾がついているだろうな。
「て、てて、てめぇ、俺に何をしやがった!?」
「大したことはしていない。人間から獣人に種族変えさせてもらっただけだ」
「は、はぁっ!? しゅ、種族変え!?」
リロイにコピーしたのは、ステータスの「種族」の部分。
そこを人間から獣人に変えたのだ。
ここまではっきりと特徴が現れるとは思わなかったが、どこからどう見ても獣人族だな。
いままで散々獣人族をモノのように扱ってきたんだ。
獣人になって、彼らの気持ちを少しは理解しろ。
「ど、どど、どうなってんだ!? なんで俺が獣人に……」
「し、知らねぇよ! てか、近づくんじゃぇね! き、き、気持ちが悪りぃ!」
「な、何を言って──お、おい、待てお前ら!」
リロイを置いて逃げようとする取り巻きたちだったが、彼らの首根っこをつかまえて押さえつける。
「ひ、ひっ!?」
「あの男を連れて行くのを忘れるな。目障りだ」
「わ、わわ、わかったよ!」
取り巻きの男たちは、慌ててリロイに肩を貸し、立ち上がらせる。
「なんだ!? 逃げるのか!?」
「情けねぇヤツらだな! 恥を知れ!」
「……く、くそっ! 覚えてやがれ転移者!!」
客から罵声を投げつけられながら、脱兎のごとく酒場から消えていくリロイと彼の取り巻きたち。
残されたのは、テーブルや椅子の残骸。
それと、リロイが連れていた獣人の少女。
「大丈夫か?」
「……うん」
首輪を付けられた獣人の少女はこくりと頷いた。
落ちていたナイフを手に取り、彼女の首輪を切った。
「もし身寄りがなかったら、西区のセナという獣人を頼れ。きっと力になってくれるはずだ」
「……わ、わかった。ありがとう」
「それと、これを着ていけ。その格好だと目立つ」
持っていた外套を渡す。
獣人の少女は深々と頭を下げ、足早に酒場を出ていった。
セナに押し付けるみたいになったが、彼女ならきっと保護してくれるだろう。
「えっと……」
ふと、背後から声がした。
ミリネアだ。
「あ、ありがとうね、トーマ?」
彼女は恥ずかしそうに身を捩りながら続ける。
「えっと、その、私のために怒ってくれたり、あの子を助けてくれたり……」
「気にするな。あの金髪には俺も腹が立っていたしな」
もっと痛めつけてやろうと思ったが、あれくらいで十分だろう。
奴隷商売は。買うヤツが一番悪い。
もちろん売る方も悪いが、需要があるからこそ供給があるのだ。
「それより、嫌な気分にさせて悪かったな。口直しってわけじゃないが……店を変えようか。焼肉でも奢るよ」
「焼肉!? そ、そんな、大丈夫だよ! このお店で十分だから!」
ぶんぶんと首を横に振るミリネア。
「というか、ここで呑み直そうよ。だってほら……お店にも迷惑かけちゃったわけだし、お金を落とさなきゃ」
「……そうだな。ミリネアがそれでいいなら、そうしようか」
ここを出禁にされたらちょっと困るしな。
ちゃんと店に謝罪して、呑み直そう。
散らばった残骸を片付けていたら給仕がやってきたので、壊したテーブルと椅子は弁償することを伝えたが、「代金はサザーランドに払ってもらう」と返された。
どうやらこの店では喧嘩に負けた側が損害を支払うというルールらしい。
なんとも清々しいルールだな。
それから、テーブルや椅子を給仕と一緒に片付け、ミリネアと閉店まで呑むことになった。
***
酒場での一騒動があった次の日。
遅くまでミリネアと呑んでいたが、いつも通りの時間に宿を出て、フィアス・キャッツに向かった。
普段と違うところと言えば、頭がガンガンして気持ちが悪いこと。
これは完全に二日酔いだ。
仕事漬けだった転移前もあまり酒を呑むことがなかったので二日酔いなんて初めての経験だが、結構つらいな。状態異常無効スキルが欲しくなる。
この状態でモンスター退治は辛いので、今日は簡単な採取系依頼にしておくか。
そんなことを考えながら、フィアス・キャッツの扉を開けたが──カウンターにミリネアの姿がなかった。
あれ? ミリネアがいない。
もしかして、彼女も二日酔いとか?
う~む。
ミリネアも結構フラフラになってたし、やはりちょっと呑みすぎたかもしれないな。
帰りに西区に寄って、二日酔いに聞くポーションでも持っていくか。
「トーマ」
不意に声をかけられた。
ルシールさんだ。
朝早くからロビーに来るなんて珍しい。
「おはようございますルシールさん。どうしました? こんな時間に」
「お前に聞きたいことがあってな。変な質問だが……最後にミリネアに会ったのはいつだ?」
「え? ミリネア? 昨日の夜ですが」
「よ、夜だと!?」
ギョッと目を見開く。
あ、また勘違いされた。
「ミ、ミリネアと一体何をしていたのかはこの際聞かないでおこう」
「ご想像しているようなことはしていないとだけ言っておきますよ。夕食を食べに行っただけです」
「夕食!? き、貴様ら……もうそんな関係に!?」
さらに驚嘆の声をあげる親バカルシールさん。
ああ、めんどくさい。
早く話の本題に入ってくれ。
「それで、ミリネアになにか? 今日はギルドにいないみたいですが」
「実は今朝から姿が無くてな。彼女の宿に使いを出してみたのだが、不在だった」
「不在……」
「ああ、少し嫌な予感がする」
俺の脳裏にも嫌な予感がよぎる。
宿にもいなくてギルドにも来ていないとなると、考えられるのはふたつくらいしかない。
事故か事件に巻き込まれた。
そして……生憎、その両方に思い当たるふしがある。
「ルシールさん、サザーランドという名前に覚えはありますか?」
「サザーランド? 確か公安の大物だな。何故その名前を?」
「実は昨日、サザーランドの息子と酒場でトラブルになりまして」
「なんだと?」
ルシールさんに昨晩のことを説明した。
酒場で街のごろつきどもに絡まれてしまったこと。
そして、ミリネアを守るために彼らを返り討ちにしたこと。
「……ふうむ」
ルシールさんはしばし考え、小さく唸った。
「噂でサザーランドは奴隷商とつながりがあると聞く。数日前からラムズデールに来ている、獣人を専門に扱う奴隷商だ」
「……っ!? まさか!」
考えうる中で最悪の予想が脳裏によぎった。
昨晩、リロイに目をつけられ……さらわれたってことか?
「俺が調べます」
すかさずそう申し出た。
「彼女を巻き込んでしまった原因の一端は俺にあります。奴隷商に連れ去られたのなら、俺が力づくで奪い返しますよ」
「……いや」
だが、ルシールさんは首を横にふる。
「そう言ってくれるのはありがたいが、今回は俺にまかせて欲しい。なにせ相手は公安とつながりがある奴隷商だ。大事になれば、ジャッジが動いてしまう可能性がある」
「……」
確かにルシールさんの言う通りかもしれない。
ただでさえ公安隊は不正の温床になっている組織なのだ。
顔が利く人間じゃなければ、極秘裏に消されかねない。
「……わかりました。ルシールさんにお任せします」
静かにそう返す。
だが──口ではそう言ったものの、このまま大人しくしているつもりなど、さらさらなかった。
もし、ミリネアが奴隷商にさらわれたのが事実なら、一刻の猶予もない。
ぐずぐずしていたらリロイと似たような人間に買われてしまう可能性がある。
一秒でも早く、ミリネアの身の安全を確保しないと。
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