第22話 アンピプテラ(2)

「キシャアッ!」



 アンピプテラの鳴き声が轟く。


 ふと見上げると、巨大な瞳が俺を見下ろしていた。


 と、そのときだ。



「……む?」



 モンスターの視線との視線が交差した瞬間、俺の体に異変が起きた。


 四肢が全く動かなくなったのだ。


 何だこれは。


 体が全く動かない。


 そんな俺をあざ笑うかのようにアンピプテラが悠然と動き出し、木の幹ほどありそうな巨大な尻尾を振り上げる。


 マズい。回避行動を取らないと──。



「……うぐっ!?」



 巨大な尻尾をまともに受けてしまった俺は、地下水の河を通り越して対岸にふっとばされてしまった。



「ト、トーマさん!」



 ミリネアの声。


 朦朧とした頭で起き上がり、手を挙げて無事だということを伝えるが、体のあちこちが痛い。


 殴られた胸部も、じんじんと疼いている。

 これは……骨をやってしまったか? 

 

 今のは相当なダメージを受けた。



―――――――――――――――――――

 名前:トーマ・マモル

 種族:人間

 性別:男

 年齢:28

 レベル:13

 HP:220/480

 MP:75/75

 SP:23/26

 筋力:37

 知力:23

 俊敏力:28

 持久力:21

 スキル:【解析】【不正侵入】【痛撃】【追跡】【投石Ⅰ】【体力強化(小)】【俊敏力強化(小)】【体力自動回復(小)】【光合成・魔】【光合成・技】【光合成・体】【花粉飛散】【エナジードレイン】【軽足】【毒耐性(中)】【MP強化(小)】【知力強化(小)】

 魔術:【フレイムⅠ】【フレイムアローⅠ】

 容姿:イリヤ・マスミ 

 状態:毒 肋骨骨折

―――――――――――――――――――



 やはり結構HPが減っているな。 


 毒の継続ダメージ分を考えても、100近くダメージを受けたのか?



「……まずはダメージの回復か」



 幸いアンピプテラとの距離は離れている。


 今のうちにダメージを回復するのが吉だろう。


 スキルの【光合成・体】を使って回復してもいいが、SPは温存したほうが良さそうだな。


 ポーチから回復ポーションを取り出して、一気にあおる。


 苦くてドロッとした食感が気持ち悪かったが、体の痛みが和らいだ。


 胸部に触れてみたが、疼くような痛みもない。

 とりあえずはこれで大丈夫だろう。


 しかし、と、ゆっくりとこちらに近づいてくるアンピプテラを見て思う。


 さっきのは一体何だったんだ?


 一瞬体の自由がきかなくなった気がするが。


 何かのスキルを受けたのだろうか。


 アンピプテラのステータスにある、それっぽいスキルをタップしてみる。



―――――――――――――――――――

 魔眼:視線を交差させた対象を一定時間行動不能にさせる

―――――――――――――――――――



 ──これだ。これで俺の体の自由を奪ったのか。


 しかし、スキルだけでも相当凶悪なものを持っているな。


 筋力分のボーナスダメージを追加する【テイルアタック】。


 毎秒10のダメージを与える毒状態にさせる【トキシックブレス】に、防御力無視の150ダメージを与える【アシッドブレス】。


 自身強化のためにステータス値を奪ってもいいが、まずは相手の攻撃手段を封じるためにスキルから奪ったほうが良さそうだ。


 SPの残量と相談して、【トキシックブレス】【アシッドブレス】……そして【魔眼】を奪取した。



「シュルシュルシュル……」



 アンピプテラの声。


 いつの間にか近くまで来ていたアンピプテラが、じっと俺を見る。


 先程と同じ行動。

 多分、【魔眼】を発動させようとしているのだろう。


 だが、残念ながら【魔眼】は奪取させてもらったぞ。



「……ギ? ギ?」

「どうした? 虎の子のスキルが使えなくて困惑しているのか?」



 あきらかに動揺している。


 オロオロとしていてちょっと可愛いが……今が攻め入るチャンスだ。



「【トキシックブレス】!」



 すかさずスキルを発動させる。


 どうやって毒霧が出るんだろうと思ったが、俺の口の中から大量の毒霧が噴出してきた。


 ちょっと苦い。


 まぁ、スキルを使った俺自身に毒効果はないみたいだが。



「……ギッ!?」



 危険だと直感したのか、アンピプテラが慌てて踵を返す。


 巨体の割りに素早い動きだ。


 だが、簡単に逃がすかよ。



「……【魔眼】」



 アンピプテラと視線が交差すると同時に、巨体の動きがピタリと止まった。



「【痛撃】」

《スキル発動。次の攻撃が防御力の70パーセントを無視します》



 アナウンスと同時に、固まったアンピプテラの胴体を斬りつける。


 硬い表皮を切り裂き、青い鮮血がほどばしる。



「ギャ!」

「まだ終わりじゃないぞっ! 【フレイムⅠ】ッ!」



 火炎放射器のように手のひらから噴出した炎が、斬りつけた箇所に襲いかかる。



「ギャアアアッ!」



 炎であぶられた箇所を中心に、アンピプテラの表皮に無数の亀裂が走る。


 必死に逃げようとするアンピプテラだったが、俺の【魔眼】のせいで動けない。



「一気に行くぞっ!」



 【魔眼】の効果はそう長くない。


 持って数秒たらず。


 だが──その数秒で終わらせる。 


 亀裂が入ったおかげか剣が通るようになり、アンピプテラの胴体に次々と深い割創が生まれていく。


 ついにアンピプテラの巨体がぐらりと揺れた。



「……こいつで止めだ! 【フレイムアローⅠ】ッ!」



 最後のダメ押し。


 手のひらから発射された炎の矢は、傷ついたアンピプテラの胴体に突き刺さり、派手に爆散した。 



「ギギ……ギィ……」



 胴体の半分ほどを失ったアンピプテラが、ゆっくりと地面に倒れる。


 瞬間、ブワッと黒い煙が舞い上がる。


 それを見て、ホッと安堵する。

 出し惜しみなくスキルと魔術を使ったが、なんとか仕留めることができてよかった。SPとMPの残量的に、あれを耐えられていたらちょっとマズかったかもしれない。



「とりあえず、魔晶石をいただくか」



 周囲を警戒しつつ、アンピプテラの魔晶石を拾い上げる。



―――――――――――――――――――

 アンピプテラの大魔晶石

 スキル:【テイルアタック】【防御力強化(大)】【体力強化(大)】【SP強化(大)】

 備考:なし

―――――――――――――――――――



 ゴブリンロードと同じサイズの魔晶石だ。


 ギルドに持っていけば5000ライムで買い取ってもらえるレアアイテム。


 もちろん、そんなことはしないが。


 ミリネアが警戒してくれていたおかげか、河辺にはモンスターの気配はなかった。ゆっくりと河を渡り、彼女の元へと戻る。



「……ん?」



 ミリネアのそばにいくつか小さい魔晶石が転がっていた。


 やはり戦闘音を聞きつけてモンスターが近寄ってきたらしい。


 ミリネアに警戒してもらっていてよかった。



「ありがとうミリネア。お陰でアンピプテラとの戦闘に集中できて──」

「……たっ!」

「え?」

「たた、倒しちゃったぁ!?」



 素っ頓狂な声を上げるミリネア。


 倒したって何が?


 もしかして、すごいモンスターが来てたのか?



「え、ウソ!? トーマさん、アンピプテラをひとりで倒しちゃったよ!? すっごい! すごすぎますってば!」



 興奮のあまりるミリネアが抱きついてくる。


 あっ、すごいいい匂い。


 ──じゃなくて。



「お、おい、ちょっと」

「まさかひとりであんな凶悪なモンスターをあっさり倒しちゃうなんて……トーマさんってば、ドラゴンを討伐したお義父さんよりも強いんじゃないですか!?」

「そ、それは流石に持ち上げすぎだ。というか、離れてくれない?」



 だが、興奮しっぱなしのミリネアは抱きついたまま、その「お義父さん」と比較して、いかに俺がすごいかを昏々と説明してくれた。


 褒められまくって非常にむず痒かったが、周囲に危険はなさそうだし、彼女が落ち着くまでやりたいようにさせるしかないか。


 というか、そのそもの話だが──ミリネアさん。

 俺も知ってる前提で話してるみたいだが、その「お義父さん」って誰ですか?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る