第8話 強化された力

 街道でゴブリンに襲われていた黒い馬車は、客車ではなく荷車を引いていた。


 大きな樽がいくつも乗せられているし、これは商人の馬車か。



「く、くそっ! 近づくなモンスターども!」



 ふくよかな体つきをした商人っぽい男が、にじり寄ってくるゴブリンに向けて剣を振り回している。


 彼の周囲に護衛らしき者はいない。


 モンスターが出没しているという話は知っているだろうに、護衛無しでここまで来たのか──と思ったが、馬車の周囲に冒険者っぽい男の死体が転がっていた。


 なるほど。先に護衛をやられてしまったのか。


 相手が雑魚モンスターだと油断したか、それとも俺みたいな低レベルの冒険者だったのか。



「……まぁ、何にしても俺がやるべきことはひとつだが」



 荷馬車から落ちた荷物を漁っているゴブリンを背後から斬りつける。



「……グゲッ!?」



 ゴブリンの首が飛び、またたく間に黒い煙に変わった。


 超極小サイズの魔晶石が地面に転がる。



「なな、なんだ!? 誰だ!?」

「手助けする」

「う、うひゃっ!? カラス!?」 



 俺の顔を見た商人が、すっ転びそうなくらいに驚いた。


 ああ、そうだった。


 完全に顔にフィットしているから忘れていたが、カラスの仮面で変装しているんだった。



「あ、新手のモンスターかっ!?」

「違う。俺は冒険者だ。あんたは荷台に避難してろ」

「……へっ!?」


 しばしポカンとしていた商人だったが、状況を理解したのか一目散に馬車の御者台へと逃げていった。


 それを見て、ふたたび剣を構える。

 

 ゴブリンはざっと数えて5匹ほど。


 危険そうな武器を持ったゴブリンもいないし、レベルが上がった今なら問題なく片付けられるだろう。


 手始めに足元に転がっている石ころを拾い、ゴブリンから奪った【投石Ⅰ】を発動させる。


 これは投石によるダメージがアップするというもの。


 消費SPは1だし、こういう雑魚モンスター相手に使えそうなスキルだ。



「……グギャッ!?」



 見事脳天に命中し、1匹のゴブリンが魔晶石へと変わる。


 ふむ。今回は頭部にに当たったが、命中するかどうかは俺の腕次第なところがあるので運要素が強いのが難点か。


 投擲物が百発百中するスキルなんてあったら、優先的に奪うんだがな。



「ギャッギャッ!」

「ギギギッ!?」



 ようやく俺の存在に気づいたのか、ゴブリンが集まってきた。


 残りは4匹。


 しかし、とゴブリンたちを見て思う。


 ついさっきまで恐ろしい相手に思えていたが、今は恐怖を全く感じない。

 これもレベルアップした恩恵なのだろうか。



「さて、やりますかね」



 恐れる相手ではないとはいえ、数で負けているので先手を打つ。


 まずは一番近くにいる、ナイフを持ったゴブリンだ。


 咄嗟にナイフで身を守ろうとしたゴブリンだったが、大きな剣を防げるわけもなく簡単に胴体を両断された。


 次は棍棒を持ったゴブリン。


 仲間を殺され一瞬たじろいだように思えたが、すぐに襲いかかってくる。


 それも、2匹同時に。


 片方の攻撃は躱し、もう片方の攻撃は左腕で受け止める。


 ダメージはない。


 すぐさま切り返し──2匹の体を真っ二つにした。



「ギ、ギギッ!?」

「お前で最後だ!」

「……グギャッ!?」



 最後のゴブリンは【投石Ⅰ】のスキルで頭を石で撃ち抜いて仕留めた。


 地面に倒れたゴブリンが魔晶石に変わるのを確認して、戦闘終了。


 よし。想像以上に上手くやれたな。


 これならもう少し強い相手にも行けそうだ。



「……む?」



 モンスターを片付けたことを商人に伝えようと思ったとき、ふと何かがこちらに飛んでくるのが視界の端に見えた。


 そちらを見て、ぎょっとしてしまった。


 飛んできていたのは──馬車ほどある巨大な岩。


 飛来してきた岩石は馬車のすぐ傍に落下し、ズズンと地響きを起こす。



「……くっ」

「ひゃあああっ!?」



 御者台の商人が悲鳴を上げたが、幸い怪我はなさそうだ。

 岩の落下地点が少し横にズレてよかった。


 もし命中していたら──と思うと背筋が寒くなる。


 しかし、一体誰があんなデカい岩を?


 ぐるっと周囲を見渡す。


 馬車の周囲には馬車から落ちた荷物がいくつかと、ゴブリンの魔晶石……それに、護衛の冒険者の死体しかない。



「グルルルルゥ……」



 ふと、唸り声のようなものが聞こえた。


 その声に引き寄せられるように、数メートル先の崖を見上げる。



「なるほど。あいつか」



 こちらを見下ろしていたのは、巨大なモンスター。


 見た目はゴブリンっぽいが、全身の筋肉が異様に発達していて、普通のゴブリンよりもふた回りはデカい。


 あいつの正体は【解析】しなくても分かる。


 この世界に召喚されてから2ヶ月間、レベルが低い俺が生き残ることができたのはモンスターの情報を仕入れていたからだ。


 どういう場所に生息していて、どんな見た目なのか。


 特に、見かけたら絶対に逃げなければならないモンスターの情報は優先して手に入れてきた。


 その「超危険」リストの中にあったのが、あの巨大なゴブリン。



「……ゴブリンロード」



 ゴブリンの群れのリーダー的存在。


 こいつの討伐依頼はたまにギルドに発注されるらしいが、受注できるランクはCからだ。


 つまりFランクの俺からすると、逆立ちしても勝てないような相手。


 だが、俺は歓喜にふるえてしまった。


 なにせこっちには【不正侵入】スキルがある。


 あいつの能力を奪えば──更に強くなれるに違いない。



「フフ、フフフ……」



 思わず笑みが溢れる。


 その顔を見られてしまったのか、御者台から「うひっ」と、商人の小さな悲鳴みたいな声が聞こえたが……まぁいい。


 情報によると、ゴブリンロードは筋力を武器に戦う超肉弾戦を得意とする脳筋モンスターだ。


 魔術や凶悪なスキルを使わないだけ戦いやすい部類といえる。


 ヒットアンドアウェイで相手のHPをじわじわ削りながら、隙を突いてハッキングして能力を奪ってやる。



「グォオオッ!」



 ゴブリンロードはけたたましい雄叫びを上げると崖を飛び降り、こちらに向かって猛然と走り出す。


 巨体のくせに意外と足が速い。


 これじゃあゴブリンというよりゴリラだな。


 などと考えている間に目前まで迫ってきたゴブリンロードは、拳を振り上げると、力任せに叩きつけてきた。


 間一髪、後ろに飛び退きその攻撃を躱す。


 瞬間、大地が揺れ、空気が震える。


 まさに一撃必殺の攻撃。


 ただのゴブリンとは比べ物にならない威圧感。


 恐怖で背筋が寒くなる。


 だが──。



「近づく手間が省けたぞ!」



 地面に突き刺さった丸太のようなゴブリンロードの腕に触れて【解析】スキルを発動させる。



「ギャギャッ!?」



 こちらを警戒してか、ゴブリンロードが大きく飛び退いた。


 ハッキングする時間までくれるとは、ありがたいヤツだ。 



「さぁて、お前のステータスはどれくらい強いのかな?」



 自然と笑みが溢れる。


 まるで宝箱を開ける前みたいに高揚してしまっている。


 だが──表示されたゴブリンロードのステータスを見て、度肝を抜かれてしまった。



―――――――――――――――――――

 名前:ノ・ウルォ・ギズ

 種族:ゴブリン

 性別:男

 年齢:43

 レベル:32

 HP:2530/2530

 MP:0/0

 SP:20/20

 筋力:80

 知力:30

 俊敏力:65

 持久力:80

 スキル:【筋力強化(大)】【体力強化(大)】【体力自動回復(小)】

 容姿:ノ・ウルォ・ギズ

 状態:普通

―――――――――――――――――――



「な、なんだこりゃ……」



 ちょっと待て。


 ゴブリンのリーダーだとはいえ、ステータスが異様に高すぎないか?


 特にHPなんて、4桁いってるし。


 筋力も桁違いだ。



「だが、こいつを奪えば、俺が強くなれる」


 むしろ好都合。


 早速、【不正侵入】スキルで能力を奪取する。


 奪うのはHPと筋力だ。



――――――――――――――――――― 

 名前:トーマ・マモル

 種族:人間

 性別:男

 年齢:28

 レベル:6

 HP:220/220

 MP:7/7

 SP:15/15

 筋力:30

 知力:7

 俊敏力:14

 持久力:15

 スキル:【解析】【不正侵入】【痛撃】【追跡】【投石Ⅰ】【体力強化(小)】【俊敏力強化(微)】

 容姿:イリヤ・マスミ 

 状態:普通

―――――――――――――――――――



「……あれ?」



 おかしい。


 筋力とHPを奪ったはずなのに、あまり強化されていない。


 いや、筋力30とHP220でも十分強いんだけど、ゴブリンロードの筋力は80でHPは2000だったよな?



「ゴアアアアアッ!」

「……っ!」



 困惑する俺をよそに、ゴブリンロードの雄叫びが空気を震わせる。


 これ以上は待ってくれないか。


 ゴブリンロードは地面に指を立てたかと思うと、ズゴゴッと大地をむしり取った。


 なんという筋力。


 というか、俺の筋力と入れ替えたのに、なんでそんな芸当ができるんだ?



「ギャアアアス!」



 ゴブリンロードは両手で地面から切り抜いた岩盤を持ち上げると、こちらに向かって放り投げた。


 さっきの岩石と違って、ピンポイントでこちらに向かってくる。


 避けないと──と咄嗟に動こうとしたが、グッと思いとどまった。


 俺の後ろには馬車がある。


 ここで俺が逃げたら、商人が危ない。


 刹那、全力で剣を振り上げる。


 飛来してきた岩盤は中心から真っ二つになり、俺と馬車を避けるように地面へと落下した。



「お、おおおお……っ!」



 馬車から商人の驚きの声が聞こえる。


 だが、俺自身も驚いていた。


 咄嗟に体が動いたが、簡単に岩盤を叩き切ることができるなんて思わなかった。


 たった筋力30で、こんなことができるんだな。


 いや、ジャッジをやっていた當間の筋力が12だったことを考えると、30って相当強い部類なのか?



「……いいぞ。この力だったら、ゴブリンロードを仕留められる!」



 手応えを感じた俺は、剣を構えてゴブリンロードに向かって走り出した。

 

 

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