第9話 実技試験2
エリーさんに案内されたのは、いつもタマゴを孵すときにいっていた部屋とはちがうところだった。
いつもとは別のながーい階段をくだっていくと、羽の生えたタマゴが描かれた真っ赤な扉があらわれる。
どうやらここが、試験会場みたい。
中は召喚の間と似たような不思議な紋様が床に描かれていて、かべには中心が赤くなっている的みたいなのがいくつかあった。
「あそこに的があるでしょう? あの中心に攻撃があてられたら合格。生成系の場合はお題のものを作れたら合格。リディルは生成系だったかしら」
「え、うーん。クロウ、なににする?」
クロウはなんでもできるっていってたけど、その中でも得意なのがいいよね。大事な試験だもん!
「的にあてればいいんだろ」
クロウはそういいながら手のひらを上に向けた。やっぱり雷が得意なのかな? 昨日もバチバチっていっぱいしてたし。
わたしはクロウの邪魔をしないように一歩さがって見守った。
大丈夫だと思うけど、緊張する!
「そこに線が引かれているでしょう? そこから出ないで」
エリーさんのいうとおり、不思議な紋様とはちがう線が床にはいくつかある。
クロウは線の数歩うしろに立って的を見た。そして、人差し指を立てて、指先にぽっと、小さな小さな火を点して……。的にあてるヒマもなく、クロウの指先にあった火はすーっと消えていった。
そう、消えちゃった。跡形もなく。
「は?」
クロウが自分の指先を見る。
今度はクロウの手の中に静電気みたいな青白い光が一瞬だけ走って消えた。
その次はコップにくっついた水滴みたいなのが、クロウの手からポタリとひとしずく床に落ちた。
もちろん的には、当てられてない。
しーんっと、重たい沈黙が流れる。
クロウがうつむいて、肩を細かくふるわせる。もしかして、ショックだったとか⁉︎
だって、的に当てるどころか、消えちゃったんだもん!
どうしよう。こういうときって、はげましたほうがいいんだよねっ?
「あ、あの。クロウ? 元気出して!」
わたしの言葉が着火剤になったみたいで、クロウの怒りの火山がドカンッと爆発した幻覚が見えた。
「てっめぇー、そんだけ膨大な魔力持ってて、どうなってんだよっ!」
「えっ、えっ」
「すっとぼけんな! つうか、昨日は使えただろ。たったアレっぽっちであんたの魔力が枯渇するはずねぇんだよ!」
そんなこわい顔で吠えられても、わたしだってわかんないよ!
そもそも、魔力って、なに⁉︎
鬼みたいな顔でズンズン迫ってくるクロウから必死に距離をとる。後ずさりするわたしのまえに、サッとエリーさんが立ちふさがった。
「エリーさん!」
「残念だけど、結果は不合格」
「えっ!」
そうだった。これは実技試験。クロウが召喚獣として認められるかどうか、そして、わたしが召喚士になれるかどうかがかかってる、大切な試験だったのに!
「たしかにしょぼいけど火が出てたわ。あとは電気に水ね」
しょぼい……たしかに小さなロウソクみたいな火だったけれど。
クロウが怒りの眼差しでわたしを見てくる。ひぃぃっ。おこってる! なんでかわからないけれど、ものすっごくおこってるよぉ!
「でも、あの程度の火だったら、なにか細工があったのかもしれないわ」
「細工なんかあるわけねぇだろ」
「どうかしら? それに、召喚獣はふつう、ひとつのチカラしか使えないはずだもの。あなた……本当は精霊使い、とか」
精霊使い? 聞いたことがない。クロウはあるのかな?
クロウを見ると、黙ったまま目を細めていた。なにを考えているのかはわからないや。
「あの、エリーさん。精霊使いって、なんですか?」
「伝説の存在よ。本当にいるのかも怪しいけれど、精霊の力を使う人のことをそう呼ぶそうよ。自然界の力を操ることができるとか」
「ええ! そんな人がいるんですか⁉︎」
「古い文献にちょろっとのっているだけだから、実在するかはわからないの。ただ、彼が召喚獣でないのなら、もしかしたらって」
す、すごい。世の中には、召喚獣がいなくてもチカラが使える人がいるかもしれないんだ。
世界って、わたしが思っていたよりずーっと大きくて、不思議。ワクワクする!
「とにかくっ! いい? リディル。今すぐその男とは縁を切りなさい」
「えっ⁉︎」
「あなた、だまされているのよ。あの結果でわかったでしょう? いいわね?」
「で、でも……」
チラッとクロウを見る。クロウは自分の手を見ては握ったり開いたりしていた。
もう、クロウもなにかいってくれてもいいのに!
「とにかく、今日中に縁を切るのよ。いいわね? リディル」
「え、えっと。あーっ! そうだっ、わたし、これからお仕事だった!」
パンッと大げさに手をたたいて、スルリとエリーさんの横を通り過ぎる。そしてクロウの手をつかんで、そのまま走った。
「ちょっとリディル⁉︎」
「エリーさん、試験ありがとうございました! それじゃあ!」
細い階段を一気に駆けあがる。そのままの勢いで召喚士組合をあとにした。
「ふぅ」
「よかったのかよ?」
「え?」
「あの女のいうこときかなくて。あんた、だまされてるかもしれないけど?」
クロウはゆっくりと口角を上げて笑った。
「いいの! だって、わたしは知ってるもん。クロウがタマゴから出てきたこと。それから、雷を使ってたこと。だからわたしだけは、なにがあってもクロウのこと信じなきゃ!」
「……」
「えっと、これからよろしくね?」
すごいおこってたけど、機嫌はなおったのかな?
おそるおそる手を差し出すと、クロウは息を吐き出すように小さく笑って軽くにぎりかえしてくれた。よかった。火山大噴火みたいな怒りはおさまったみたい。
「あんた、悪いヤツに簡単にだまされそ」
「えっ。大丈夫だよ!」
「だまされるやつって、だいたいそういうんだよ」
「そんなことないよ! あ、それより、お仕事あるのも本当なの。とりあえず本屋さんにいこう? クロウのことも紹介するね!」
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