第2話 召喚試験1

「どいてどいてどいてーッ!」


 語尾をめいっぱい伸ばし、おなかの底から声を出した。


 体の半分くらいある、おっきな黄色い水玉模様のタマゴを抱えて、街の中を走る、走る、走る。

 低い位置でふたつに結んでいる赤茶色の髪が、風にのってふわりとなびいた。

 ドタドタと石畳の道を走るわたしの声を聞いて、街の人たちが「おやまぁ」という顔をして道をゆずってくれる。

 そしてなじみのパン屋さんのまえを通ると、お店のおばさんが窓から顔を出してわたしに手を振った。


「おんや、リディル。またかい?」

「そう! 生まれそうなの!」


 わたしは走りながら、笑顔で両手に持っていたタマゴをぐいっと持ち上げた。


「これでわたしも、召喚士ディセルだよ!」







「エリーさん! エリーさんいますか⁉︎」


 声を張りあげ、ぐるりとあたりを見まわす。

 今はあまり人がいないみたいで、召喚士組合ガランとしていた。


 この召喚士組合、金のまるいタマゴみたいな形をしたゴージャスな建物で、ほんとうはディセル・コレーっていうらしい。

 ここはわたしみたいな召喚士志望者にとって、すっごく大切な場所。

 まず、召喚士になるためにはここの試験に合格しなくちゃいけない。

 合格できなかったら、もちろん召喚士にはなれない。この試験がわたしにはとっても難関で、たぶん二十回は受けてると思う。

 もちろん、今まで受けた試験は、全部不合格だったってこと!



「エリーさーん!」


 カウンターに近づきながらもう一度声を張ると、奥からきれいな女の人がやってきた。

 肩より上で切りそろえられた緑の髪に、つり目がちなセクシーな青の瞳。その瞳がわたしに向くと、女の人、エリーさんはにこっとほほ笑んでくれた。


「リディル。いらっしゃい。今人が出払ってて……ごめんなさいね」

「ううん。大丈夫。それより、タマゴがっ!」

「あら、また生まれそうなのね?」


 わたしはウンウンと何度もうなずいて、抱えていたおおきなタマゴをエリーさんに見せる。


「見て見て! 今度こそ、大丈夫!」

「ふふ、その言葉を聞くの何度目かしら? まあいいわ。とにかくこちらへいらっしゃい」

「うん!」


 わたしはエリーさんのあとについていき、ふつうの人は立ち入り禁止の場所、カウンターの奥に足をすすめた。


 このカウンターの奥地は、とくべつな人しか入ることができない。

 召喚士組合ではたらく人か、召喚士組合のだれかに招かれた人。

 この組合には、たっくさんの貴重なデータや情報があるからだって、エリーさんがいってた。

 ふつうの召喚士は、一回ここに足を踏み入れたらおわり。

 でも、わたしはちがう。

 わたしはもう、数え切れないくらいここに入っていた。

 どうしてかというと……この奥に、わたしにとっての最大の難所、召喚士試験会場があるから。


 そう、わたし、リディル・ベロワーズは今まさに、召喚士試験の真っ最中!



 いくつもの扉がならぶ細い廊下を歩く。

 会話のない重い空気にタマゴを抱える腕が小さくふるえだす。期待と緊張で心臓がおおいそがしだ。


 今度はうまくいくのかな。

 何度も何度もあこがれた夢。

 それが、ようやく叶うかもしれない。

 ううん。それよりも。今度はあんな悲しい思いをしなくていいのかな。


 そんなことを考えたら、不安でおなかが痛くなってきた。

 祈る気持ちをこめて、ぎゅうっとタマゴを抱きしめる。


 どうか、無事に成功しますように!

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