26.強行軍
時は少しの間遡る――。
(誤算だった……)
自分が馬の手綱を握るわけではないので、ティステの後ろに乗っているだけならばなんとかなると、勇馬は思っていた。
だが、簡素な鞍は着実に勇馬にダメージを通し、馬の胴を挟むために常に力を入れていた脚は、もはや限界に近付いていた。
「――ユウマ様、見えました! フィーレ様です!」
ティステが全力で馬を走らせ数十分、ようやくフィーレの後ろ姿を捉えることができた。
フィーレは乗馬技術を身につけていたので、なかなか追いつくことができなかったが、ティステの愛馬のお陰でなんとか勇馬は休むことができそうだった。
「フィーレ様!!」
「――!」
ティステの呼び掛けにちらりと後ろを振り向いたフィーレは、諦めたように速度を落とした。
「ティステ……ユウマさん……」
馬を降りたフィーレは、飛び出したときよりは幾分冷静さを取り戻したような顔をしていた。
「いつつつ……ッ」
「ユウマ様!」
「ユウマさん!」
ティステに手を取って馬から降りた勇馬は、地面に脚が触れると同時に内腿に痛みが走り、その場にしゃがみ込んでしまった。
「ああ、いや……大丈夫です。ちょっと、痛めちゃっただけですので……」
「――っすぐに手当てをします!」
フィーレは慌てて勇馬に駆け寄り、
「《我、欲すは生命神の叡智、願うは癒やし、我が根源を代償とす》――【
手をかざしながら詠唱すると、その周囲からいくつもの小さな光の玉が浮かび上がり、勇馬の傷めた脚に次第に集まって少しずつ癒やしていく。それは以前出会った頃に、フィーレが傷ついたリズベットに掛けていた魔法と同じだった。
「おぉ……! これはすごいですね。実際に魔法をかけてもらうとわかるけど、あったかくて不思議な感じがします。治してもらっちゃってすみません」
フィーレの治癒魔法を受けながら勇馬がそう言うと、
「そんなっ……謝るのは私のほうです。私が暴走してしまったばかりにこんな怪我を……本当にすみませんでした」
「フィーレさん……」
申しわけなさそうな顔で、勇馬に謝った。
自分勝手な行動によって、結果として勇馬を怪我させてしまい、領主の娘としては許されないことだ。
だが、あの時のフィーレの気持ちは勇馬にも十分理解できるため、
「気にしないでください。フィーレさんが、ルティや使用人の方々を大切にしているからこそのことですから」
勇馬は、今は領主の娘という立場でなく、年相応に見える少女に優しく微笑んだ。
「ユウマさん……」
「フィーレ様。キール様もきっとご心配なされていると思います。一旦、屋敷に戻りましょう」
ティステは諭すようにフィーレに話しかける。
「……ううん、だめよ」
だが、それでもフィーレは頑なに戻ろうとはしなかった。
「フィーレ様……これ以上は、ユウマ様に更なるご迷惑が掛かります。たった今、ユウマ様の傷を癒したばかりじゃありませんか。それは、フィーレ様にとっても望むものではないのではありませんか?」
「確かにそうよ……でも、私にとってルティはたった1人の妹なの! お母様が亡くなって、お父様が忙しい中、私達姉妹はいつも、どんな時でも一緒に過ごしてきたの。今、あの子が助けを求めているのなら、私がすぐにでも駆けつけなくちゃいけないの……」
母親を幼い頃に亡くしたフィーレにとって、妹のルティーナは何よりも彼女にとって大切な存在だった。その大切な存在が失われるかもしれないと、今のフィーレは恐怖心でいっぱいだったのだ。
「だからお願い――! 私を行かせて!」
涙をぎりぎりで堪えながら懇願する姿に、ティステは困惑の表情を浮かべる。
彼女の立場としては、当然そんなことを受け入れるはずもなく、無理やりにでも連れ帰るのが役目のはずだ。だが、ティステもルティーナとは幼い頃から過ごしてきた仲であり、根が優しい彼女はフィーレの願いを無下にすることができなかった。
とはいっても、「わかりました。では好きにしてください」と言うこともできるわけもなく、ティステは押し黙ることしかできなかった。
「――ふぅ」
勇馬のため息に、フィーレとティステ、2人が肩をぴくんと反応させる。
フィーレの身勝手ともいえる言動に、勇馬が呆れ、怒りを露わにしたと思ったのだ。
――だが、それは違った。
「では、3人で行きましょうか」
勇馬の出した答えは、屋敷に戻るでもフィーレを1人で行かせるのでもなく、3人でルティーナを助けに行くことだった。
◆◇◆
「ここら辺で一旦休憩いたしましょう」
ようやく馬から降りることのできた勇馬は、腕を上げて、背筋を大きく伸ばした。
街からクレデール砦までは30km以上あり、ずっと馬を走らせ続けることは難しいため、こうして途中途中で馬を休ませていた。
少しでも早く着きたいがために、通常の行軍で2日はかかるところを、1日という強行軍で向かっていた。
「ユウマさん、お身体の調子はどうですか? もしまた痛みがあるようでしたら、治癒魔法をしますので遠慮なく仰ってください」
「ええ、今のところなんとか大丈夫そうです。
勇馬はそう言って、馬に取り付けられた『鐙』に触れた。
馬に乗っているだけなのに脚の痛みに耐えられなかった勇馬は、試しに『ミリマート』で鐙を探してみたところ、なんと新品でも中古でも売っていたのだった。
中古の2個セットで格安で手に入れることができたので、フィーレの馬とティステの馬、それぞれに取り付けることができたのだった。
「これは本当にすごいですね。画期的です! これなら軍でも使えるんじゃない?」
「ええ、間違いありません。これがあれば、騎乗による戦闘が非常に有利に運べると思われます」
2人からも大絶賛だった。
なぜ鐙が『ミリマート』にあるのかわからないが、勇馬としては助かったわけだし、現実世界の『ミリマート』とは違うものだと思うことにした。
(まぁ、元々ミリタリー系だけじゃなくてドラッグストアみたいになんでもあったし、こっちに来てからは軍艦まで載ってるんだから気にしてもムダか)
「お役に立てたようでよかったです。まぁ、お金がないのでこれ以上はちょっともう買えませんけど……とりあえず、今は大活躍ですね」
「買う……ですか?」
勇馬の言葉の意味が、2人ともよくわかっていない顔をしていた。
(まぁ、当然と言えば当然か。説明したことないしな)
これまで、勇馬の持つスキルについてはちゃんと説明したことはなかった。
ルティーナにチョコレートバーを持たせた時も、特に何も言ってないので、元々持っていたものと彼女は思っているだろう。
自己防衛的な意味でもスキルのことは敢えて言ってこなかったのだが、「そろそろ言ってもいい頃合いなのかもしれないな」と、信頼できる相手となった2人に勇馬は話すことに決めた。
「実は――」
さすがになんでもは話せないため、勇馬には『ミリマート』という自国のものを購入できるスキルがあると、簡単な説明をした。
「そんな能力が……」
説明を聞いた2人は、その摩訶不思議な能力に、驚きを隠せなかった。
「しかしそういう能力であるのなら、このアブミやルティーナ様にお渡しになった食べ物なども、ユウマ様が購入していたということですか?」
ティステの質問に、フィーレはハッとした表情を浮かべた。
「ええ、そうですよ。ルティにあげたものはそれほど高くはないので大したことないんですけどね」
「知らなかったとはいえ、ユウマさんにお金を使わせてしまい、申し訳ありません。必ず後でお金をお渡しします」
「ああ、そんな気にしないでください。この鐙だって中古で安かったですし。ただ、私の手持ちがちょっと少なかったので、思うようにはもう買えそうにないですね……」
現在の残高は8981リア、あまり余裕のある金額ではない。
勇馬は、この世界でも何か稼ぐ方法があればなと、頭の中で考え始めた。
「あの、つまりお金があれば、こういった便利なものを買うことができるのですか?」
「え? えぇ、まぁ」
すると、フィーレはごそごそと小さな袋を取り出し、
「ユウマさん、どうぞこれを足しにしてください」
彼女の手には、キラキラと光る金貨や銀貨が乗っていた。それがいくらになるのか勇馬には検討つかないが、街で買い物したときは、そのほとんどを銅貨で済ませていたのを覚えている。
それを考えると、フィーレが出したものは相当な金額になるかもしれない。
「いえ、そんな……受け取れませんよ」
「いえ、これはこれまでユウマさんが使った分の足しにしていただきたいだけですので。どうか気になさらないでください」
「いえいえ、これは額が大きすぎますし――」
「いえいえ、これくらいはさせてください――」
しばらくそんなやり取りを繰り返したが、結局勇馬が折れて、フィーレの持つ貨幣を受け取ることにしたのだった。
「これって、単位は『リア』であってますよね? 今更ですけど、貨幣について教えてほしいのですが……」
勇馬が聞くと、フィーレがこの国の貨幣について教えてくれた。
種類は全部で7種類あり、上から白金貨、金貨、大銀貨、銀貨、大銅貨、銅貨、鉄貨となっている。
金額としては、白金貨が100万、金貨10万、大銀貨1万、銀貨1000、大銅貨100、銅貨10、鉄貨が1と、非常にわかりやすい設定だ。
「えーと、ではここにあるのは……73万8000リア!? いくらなんでも多すぎですよ!」
「気にしないでください。ね?」
「いやいや……」
想定していたよりもずっと大金で、勇馬は戸惑ってしまった。
しかし、これ以上言っても無駄だろうと悟った勇馬は、
「――わかりました。では、せっかくですので、このお金を使って『ミリマート』で買うところをお見せしますね」
2人には以前1度だけ見られたことのある、『ミリマート』での購入を改めて説明しながら見せることにするのだった。
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