第30話 (回想)明和総合病院にて~

「キィーーードンッ!!ーガッシャンーー」


受験当日の朝。

爽やかな風に吹かれ、穏やかに流れる白雲が浮かぶ青空に衝撃音が大きく

鳴り響いた――――――――。


いつものコースをジョギングしていた50代くらいの小柄なおばさんが血を流して

倒れている中学生くらいの男女を発見したのは大事故が起きてから5分後の

ことだったーーーーー。


急ブレーキをかけた跡はあったが、車はすでに逃げた後だった。


事故現場を発見したおばさんは河川敷から5分くらいの近所で一人暮らしをしている

木元英子きもとえいこ・53歳だった。

英子はすぐに救急車と警察へ連絡し、20分後、救急車が到着し中学生男女2名は

意識不明のまま現場から最短距離にある明和総合病院へと運ばれた。


「パーポー、パーポー」  「ピーポー・ピーポー」


河川敷付近にパト―カーと救急車のサイレンの音が賑やかにとどろく。

次第に木霊する残響は白雲が流れる大空へと消えていった。


空良に取り付けられた緊急ブザーとGPS機能が作動し、幸之助のパソコンと

スマホに連動され連絡を受けた幸之助が明和総合病院へと駆けつけたのは、

ちょうど2人がストレッチャーに乗せられ手術室へ向かう途中だった。


ドタバタと慌しく忙しそうに移動する複数人の足音が病院内に響きわたる。

「すぐに手術室へ!!」

「はい」

医師の切迫した声が看護婦や医療スタッフにさらに緊張感を与えていた。


「空良…空良…」


幸之助が動くストレッチャーを追いながら眠る空良に声をかけている。


「…お父さん……」


空良の意識回復は一時的なものだった。人は死ぬ間際に三途の川を夢見るという。

実は空良も三途の川を夢に見ていたのだ。

そして、自分の命が短い事を察していた空良は無意識にその領域を超え奇跡的に

瞼を数センチ開けたのだった。


「先生…女の子の意識が…」

「え…これは…」

医師も空良の取り戻した意識には驚いていた。

「空良! 空良…」

幸之助が医療スタッフの間から顔を出す。

「ここにいるよ…」

幸之助は空良の手を取り温もりで自身の居場所を知らせる。

「……お父さん…」

「なんだ…」

「お願い、お父さん…大地を助けてあげて」

幸之助にはその言葉が空良の最後の言葉になると、薄々 感じていた。

「……わかった…」

幸之助は空良を安心させるためにそう答えた。

「ありがとう……」

空良は穏やかな笑みを見せ瞼を閉じる―――ーーー。

「空良――――……」

医師は白衣からペンライト取り出し、瞳孔を確認する。

その後、脈拍と心音の確認をする。

「―――心肺停止。8:45分、死亡が確認されました」

医師の呟くような低い声が静かな廊下へ響き渡り、空良が眠るストレッチャーは

一旦停止し、大地が眠るストレッチャーだけが手術室へと向かった。

「先生…」

「―—……ん」


医師が幸之助に視線を向ける。


「彼を助けてあげて下さい。どうか、空良の臓器を使ってやってください」

「本当にそれでいいのですか」

「はい…。脳以外の臓器なら大丈夫です。彼の命が助かれば娘も報われるでしょう」

「わかりました。ありがとうございます」

医師は医療スタッフに視線を向ける。

「彼女も手術室に運んで、彼の内臓が破損しているかもしれない。

その時は臓器移植もあるかもしれない」

「はい…わかりました」

医療スタッフ達によって空良が眠るストレッチャーも手術室へと運ばれた。



5時間もかかった手術は無事に終了し、大地は一命を取り留めた。


そして、大地の身体には空良の臓器が一部使われ、大地は空良に救われたのだった。


「手術は成功しました」

手術室から出てきた医師が待合室で待つ幸之助に告げる。

「そうですか…」

「娘さんのご遺体はどうしますか?」

「このまま連れて帰ります」

幸之助は冷たく眠る空良の遺体を抱きかかえ正門ロビー方向へと向かう。


医師や医療スタッフ、看護婦たちは深く頭を下げていた。



正門玄関前の駐車場に止めてある車の後部座席に空良を乗せると、幸之助は

車を走らせ自宅へと向かう。

『徐々に硬直が始まっている。急がないと……』

ルームミラーで後部座席の空良の様子を伺いながら幸之助はアクセルに力を加え、

スピードを上げていく。

「空良…待っていなさい。すぐに私が生きかえらせてあげるよ。生まれ変わった時、空良は永遠の命を手に入れるんだ。もっと強くて逞しい身体に私が作り変えてあげるからね……」

幸之助は頭に描いた未来都市の模型がやや完成に近づいていると確信し、歓喜は高く舞い上がり荒息を鼻で笑い飛ばした。



大地が意識を取り戻したのは手術から1週間が過ぎた頃だった――――。


その視線は呆然と天井を眺めていた。



大地の頭の中には白い霧ができていて、ぽっかり空いた空間に

                 記憶は消えていたのだった――――ーーー。





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