第3話 イリスへの手紙

はじめこそ、イリスは「キモイ」と悪口を言われたり、遠巻きにされていたこともあった。

だけど、心無い言葉をかけられたときには毅然と、「なにが悪いの?」と返すイリスは格好良かったし、「いつから女の子になったの?」なんて、聞いていいのか分からないようなことにも「途中からじゃなくて、生まれた時から女の子なの」とはっきり答えてくれたから、だんだんみんな普通に話せるようになっていった。

それに、イリスはいつも綿菓子みたいにふんわり笑っていて、いつの間にかイリスの周りには人の輪が絶えなくなった。

 中には、高橋くんとか、変わらず陰口を言う子もいたけど、大体誰かがたしなめるくらい、イリスはみんなに好かれていた。

心春とイリスは、小学校こそ違ったけれど最寄り駅が一緒で、いつだったか、急にイリスが心春の席にやって来て言った。

「山本さん、私たち同じ駅から通ってるみたい。一緒に帰らない?」

断られることなんて考えていない小さな子みたいに、屈託なく笑って尋ねるイリスに「嫌だ」とは言えず、その日から一緒に登下校するようになった。

心春たちの家から学校までは、一時間強かかるほど遠かったので、長時間一緒に過ごすことになる。

初めは、お互い何を喋っていいのか分からなくて、心春が仕方なく先生のモノマネをすると、イリスは涙が出るほど大笑いしていた。

乗車時間は長いはずなのに、好きな漫画とアイドルの話をしていたら降りる駅になっていたのはざらだったし、座れた時には一緒に寝過ごしてしまって、起きた駅で急いで電車を降り、二人で猛ダッシュして反対側のホームに駆け上がったこともあった。

歯磨きみたいに当たり前に繰り返していたから、これからも終わったプリントみたいに、何気なく積み重なっていく時間だと心春は思っていた。

でも、一緒の登下校は、そんなに長くは続かなかった。


「これ、イリスに渡してもらえる?」

放課後、斉藤さんと松波(まつなみ)さんが、心春の席にやって来た。

斉藤さんは長い髪の先をくるくるといじりながら、大人っぽい笑みを浮かべている。

松波さんが持っているのは、朝、窓際で話していた手紙だろう。思っていたよりもずっと沢山、10通くらいの封筒の束だ。

イリスの好きそうなペールブルーの封筒に、ハートや星のシールがあちこちに貼られている。

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