闇の児童相談所 〜光の章〜

@kkk-777

第1話

「オギャー・・・オギャー・・・」

(どこかで赤ちゃんの泣き声が聞こえる・・・)

何の変哲もない、どこにでもあるアパートの一室。

そこから聞こえるテレビからの音・・・

「現在、我が国の幼児虐待件数は年々右肩上がりに増え続けています。しかもこの件数ですら氷山の一角であり、実際にはその倍いや三倍はあると思われます」

「しかし、今まで虐待された子供の一時的な保護は出来ても、その子供を虐待をした親から完全に守るということは、完全には出来ていたとは言えない状態でした」

「それは、今までの児童相談所のルールでは、最終的に実親に親権を放棄させると言うことがとても困難であり、そしてこの親権の問題が起因して、虐待をしていた実親の下に結局戻すということになり、結果その虐待が原因で亡くなってしまう子供が出てしまっていました」

「この幼児虐待問題について、都として専門の機関を設置し、この問題の解決に尽力していくことが決定されました。詳細等についてはこれから色々と決めていくことになります。以上です」

最近就任した新しい女性の都知事が、ニュースでそう語っていた。


― その数ヶ月後 都内某区役所 ―

「えっ⁉︎ 私が新しく新設される児童施設の職員に選ばれたってどういうことですか⁉︎」

一人の女性が上司に詰め寄っていた。

彼女の名前は一之瀬純。この区役所で今年新卒で働き出した二十歳の女性である。

「そんなこと言われてもこれは都知事直々の内示だからね。区としては断れんよ。まー給料も今までよりも出る話しみたいだし、君まだ若いし独身だから職場変わっても問題ないでしょ。ってことで決まりね。はい、これその施設の住所だから」

純は上司から軽く諭されてしまった。純は何も納得はしていなかったが、内示である以上純には従うしか方法もなかった。そして、

(まー給料上がるならいっかー)

純自身もそう思うことにすることにして、無理矢理納得することにした。

「わかりました」。純は上司にそう告げた。

「おーわかってくれたか」。上司はその言葉に安堵の表情を浮かべた。そして、

「じゃーこれそこの住所だから」。そう言いながら上司は純にその施設の住所が書かれた紙を渡した。純はその紙を受け取るとすぐに自分のスマホで検索を開始した。その場所は山の中を指していた。

(何でこんな場所にあるの・・・!? 交通の便めっちゃ悪そうじゃんか・・・)

純は心の中でそう思った。


翌日。純は仕事が休みだったので、自分の車を運転して、その施設に向かうことにした。まだ内示に書いていた移動日にはなっていなかったが、純はこの施設を自分の眼でどうしても確認しておきたかったからだ。

都内某所。その施設は都心から外れた山の中にポツンとあった。

(間違いなくここね・・・)

純は駐車場らしきところに車を停めた。その駐車場らしきところは山の中にも関わらずとても整備されており、既に車が何台も停まってたので、すぐにそこが駐車場であると純は理解した。だが、その施設の風景は純が思っていたものとは大きく違っていた。

高さはぱっと見は四階建てで、横側は見える範囲だと、巨大なショッピングモールぐらいのサイズであるにも関わらず、窓もドアも一切なく、中の様子が全く見えない造りとなっていた。その異様な光景は、良く言えば一個の屋内型大型レジャー施設であり、悪く言えば隔離された収容所だった。

とにかくそれ程異様な光景が、純の目の前には広がっていた。

(な・・・なにここ・・・⁉︎ 何でこんな大型の施設がこんな山奥に!?)

(いやそれよりも・・・これ・・・入口はどこなの・・・?)

そう純がその光景に圧倒されながら心の中で色々思っていると、ふとその施設の一階の壁の中からドアの様なものが開き、その中から一人の年配の男が出てきた。

「どちら様でしょうか?」その年配の男は、純にそう話しかけてきた。

「あっ、すみません。私、来週からこの施設で働くことになりました一之瀬純って言います」。純はいきなり壁から出てきた男に戸惑いながらも、そう頭を下げて挨拶をした。

「あー君かね。来週から新しく入る新人さんは。ようこそナイトフォレストへ。私はこの施設の管理人を任されている朽木真也と申します。以後よろしくお願いしますね」

朽木は純にそう挨拶を返した。そして、

「さて、それで今日ここに来たのは下見が目的かな?ここに新しく入る人はみんなまずこの施設を下見に来る。そして必ずこの施設の異様さに驚いているよ。かく言うこのワシもその中の一人じゃがな。ホッホッホ」、と朽木は純の方を向いて言った。

「えっ⁉︎ 何で私が驚いていたの知っているんですか⁉︎」

純は素直に自分の疑問を、朽木にぶつけた。

「そんなの簡単じゃ。監視カメラで見てたからのー」

朽木はあっけらかんとした顔で、そう純に告げた。

「監視カメラ⁉︎ そんなのどこにあるんですか!?」

純は当たり前の質問を朽木にぶつけた。

「それは言えない・・・と言うかワシも知らない・・・何せその設置場所は機密情報らしいからのー」、と朽木は急に真顔になって純に話した。

(ヤバい!ヤバすぎるよ!ここ!何⁉︎ここ!怖すぎるよ!)

純は更にこの施設が異様なことがわかり、心の中でそう呟いた。

「さて、まー立ち話も何じゃし、とりあえず施設の中にお入り。施設の中の案内をしてあげるから」

朽木はそう言いながら入ってきたドアを開けて、純を施設の中に招き入れようとした。

純はとても怖くて逃げ出したかったが、来週にはここで働くことが決まっているので、

(今、ここで帰ったらこの人の機嫌損ねるよなー・・・それに意外と中は普通の施設だったりするかもしれないし・・・)

そう心の中で思い込むことにして、意を決してその施設の中に入ることにした。


施設の中は不思議な作りだった。

朽木が開けたそのドアの内側は、管理室の様な小さな部屋がある以外、見た目には行き止まりの様に見えた。

(これ・・・どうやってここから進むの・・・?)

純がそう心の中で呟き戸惑っていると、何もない壁に向かって朽木は手をかざした。

【指紋認証しました】

どこからともなくそんな声がしたと思うと、急に目の前の壁が横に動き出した。

そして朽木と純の前にあった壁はすっかり無くなり、目の前にはどこまで続くかわからない真っ暗な通路が現れた。

「えっ?えっ?えっ?」

純が今眼の前で起こった出来事に理解出来ずに戸惑っていると、朽木が後ろを振り返り、

「やっぱり最初はびっくりするよね。これ指紋認証の壁なんじゃ。凄いじゃろ。」

と自慢気に純に話した。

(いや・・・機能そのものもめっちゃ驚いたけどそもそもただの施設に何でこんな指紋認証付いてんの!?そっちの方が驚きなんだけど・・・)

純は心の中でそう呟いた。純の中でこの施設に対してどんどん不気味さが増していっていることはまず間違いなかった。

そんな純の気持ちを置いてけぼりにして、朽木はその通路の中に歩いて行った。純はそれに付いていくことしか出来なかった。

その通路は思っていた以上には長くはなかった。そして、その通路の行き止まりには普通のドアがあった。朽木はそのドアを開けた。

純はその目の前の光景に今まで以上に驚いた。

そのドアの向こうはとにかく明るかった。今までの道が本当に暗闇に近いぐらい薄暗かったせいもあるかもしれないが、純にはそのドアの世界が異常な程眩しく感じれた。


純はその理由にすぐ気付いた。眩しさの原因はドアから真っ直ぐ伸びる通路の両サイドにあった一面ガラス張りの部屋だったからだ。そしてその部屋が何部屋もあった為、それぞれの部屋の光が乱反射を起こし、それが急に目の前に飛び込んできたからだ。

そしてその通路を歩くとそれぞれのガラス張りの部屋には紛れもなく生後間もない赤子からおそらく十二歳ぐらいの男女の子供がいる部屋があった。おそらく年齢毎か何かで区切っているかはよくわからないが、とにかく子供がいる部屋が何部屋もあった。そしてそれぞれの部屋もとても広く感じた。おそらくその一部屋だけで一つの施設としても成り立つぐらい。それぐらい広かった。

だが、やはりそこは異質な空間だった。

まずそのドアを開けた瞬間に色々な子供の声や赤ちゃんの泣き声がした。これだけを聞けば特に何てことはないことかもしれない。だが、その声が聞こえたのはそのドアを開けてからだった。つまりこの部屋に入るまでその声は一切聞こえていなかったことになる。それはつまりこの部屋が完全防音されていたという証明となった。

そしてもう一つ、どの部屋にも大人がいないのである。それぞれの部屋の子供達は教室と思われるところで思い思い過ごしている。だがそこには先生はいない。よく見ると何人かの子供はタブレットを開いて勉強しているかの様に見えた。

それは赤子のいる部屋でも同じである。赤子の部屋にはベビーベッドが何台もある。特に問題はない。大きい乳児園といった感じだ。いや病院に近いかもしれない。

だが、そこで赤ちゃんの世話をしているのがどう見ても大人ではない。見たところ十二歳から十四歳の少年少女にしか見えない。そしてその少年少女がヘッドフォンで指示を受けながら世話をしている様に見えた。

そんな色々異質な部屋がその通路の両サイドに広がっていた。

純はその異様な光景を見て思わず朽木に、

「あのー・・・ここって大人の人はいないんですか?先生とか施設だから職員とか・・・とにかく子供を見る人とか・・・」そう尋ねた。

「大人ねー・・・ここにはおらんかのー・・・まーそれは後々わかることじゃよ」

朽木は淡々と純の問いにそう答えた。

純の頭の中には疑問マークしかなかった。なぜ?何で?どうして?ということしか頭の中には出てこなくなった。

そうこうしている内にしその通路の突き当たりまで二人は辿り着いた。

その突き当たりにはエレベーターがあった。

「この上が君が働く職場じゃよ」

朽木はそう言いながら純をエレベーターの中まで誘導して二階のボタンを押した。


二階は一階とはまた違う作りだった。

エレベーターから出ると右側にはおそらく職員室の様な部屋が見えた。だが、ここも全部ガラス張りとなっていた。そして何人かの職員が机に座っていた。

左側にはおそらく施設には絶対ない監視ルームみたいなものが見えた。ここも全部ガラス張りになっていたので中の様子はよく見えた。ただそこで働いていたのはまだ成人していないと思われる少年少女だった。多分十五歳から十七歳だろう。そしてその後ろに一人大人の女性が立っていて少年少女に指示を出している様に見えた。

ただ、そのエレベーター横にすぐにある二つの部屋を除きそれ以外の部屋はガラス張りにはなっておらず見た目ワンルームマンションのような部屋が大体二十部屋ぐらい連なっているのが見えた。そして時折その部屋からは監視ルームで働いている少年少女と同じくらいの少年少女が出入りしているのが見えた。その姿は丸で本当にここに住んでいる様な光景に思えた。

そんな純を余所に朽木は純を職員室と思われるところに案内した。

「はい。じゃーとりあえず今いる人だけ紹介するね」

朽木はそう言いながらそこで働いている職員の紹介を始めた。

「えっとーそこに座っているのが生後間もない子から三歳までの総責任者の渡辺唯さんです」。朽木はそう言って純にその女性を紹介した。

「渡辺唯です。よろしくね」。その女性は純に笑顔を浮かべてそう挨拶した。

その女性は見た目は大体二十代後半の今時の保育士風に見えた。その姿と雰囲気で純は瞬間的に少しの安心感を感じる事が出来た。

(こんな人が働いているんなら職場としては良さそうね。何よりこの人とは仲良くなれそう)純は心の中でそう呟いた。

「一之瀬純です。こちらこそよろしくお願いします」

純はその女性に向かってそう丁寧に挨拶した。

「で、えっとーそちらに座っているのが四歳から六歳の総責任者の城島舞さんです」

そう言って朽木は今度は別の女性を紹介した。

「・・・城島です・・・」その女性は少し無愛想にそう返事した。

その女性の見た目は大体三十代前半で茶髪のヤンママみたいな感じだった。

(この人は私ちょっと苦手かも・・・ってかーむしろ施設に預ける側の人ではないのかなー・・・・)純はそう心の中で呟いた。

「えっとーそれでそちらに座っているのが七歳から十二歳の総責任者の根本緑さんです」

朽木はそう言いながら純にその女性を紹介した。

「・・・根本・・・です・・・」その女性は机に座りながら小声で純にそう話した。

その女性の見た目は三十代前半で眼鏡をかけた根暗な感じに見えた。

(この人とは上手くやっていける自信ないな・・・ってかーそもそもこの人子供の面倒見れるの?)純は心の中でそう呟いた。

「えっとーそれであっちのオペレータールームで指示出しているのが十三歳以上の総責任者のマリア塁さんです」。そう言って朽木はオペレータールームを指差した。

その女性は見たところ二十代後半の金髪のハーフ美女という感じだった。そして、印象としては凛とした大人の女性という様に純には見えた。

(うっわー・・・めっちゃ美人じゃん・・・・)

その見た目に純も思わず心を奪われる程だった。

「とりあえず今のところはこれで全員かのー」朽木がそう言うと、

「朽木さん、蔵馬さん忘れてますよ」と唯が朽木に伝えてきた。

「あーそうでしたね。えっとー蔵馬さんはどこに行ったのかのー」

朽木はそう言いながら周りを見渡した。だがそこには他には誰もいなかった。

「朽木さん、蔵馬さんはいつものところです」。今度は舞が朽木にそう伝えてきた。

「またあそこかー・・・全く・・・困ったものです・・・」

朽木は頭を掻きながら渋い顔をしてそう言った。そして、

「一之瀬さん。ちょっとこっちに来て下さい」

そう言いながら純を職員室の外に誘導した。そして朽木はエレベーターに乗り込んだ。

純も付いていくことにした。朽木は五階のボタンを押した。二人を乗せたエレベーターは

五階に到着した。


五階にはこの施設には珍しくガラス張りの部屋が無かった。と言うよりかはそこは屋上だった。そして、目の前には休憩室と書かれた部屋がただ目の前にあった。

朽木はその部屋のドアを開けた。

部屋の中は見たところ本棚があったり、大型のテレビがあったり、キッチンやテーブルがあったりと普通の大きめの部屋だった。ただ、仕切りが全くなくベッドが五個置かれているだけのちょっと無機質な部屋だった。そしてそのベッドの一番端に誰かが寝ていた。

朽木はその広い部屋をベッドの方まで歩いて行き、その人物に呼びかけた。

「蔵馬さん。蔵馬さん。起きて下さい」

朽木がそう呼びかけると眠たそうな眼を擦りながらその人物が起き上がった。

その人物は髪がボサボサでとても目つきの悪い四十代ぐらいに見える男だった。

「朽木さ〜ん・・・まだ昼間でしょ〜?俺の活動時間ではないですよね〜」

その男は物凄く眠たそうな声で朽木にそう話しかけた。

「蔵馬さん、あなたの部屋はここではないでしょ。寝るなら自分の部屋で寝て下さい」

朽木はその男に対して諭す様に話しかけた。だがその男はその朽木の言葉を無視してまた布団の中に潜っていった。

「はぁ・・・やっぱり起きませんね・・・仕方ありませんね」

朽木が項垂れながら純の方に向いて話し出した。

「彼はこの施設の施設長の蔵馬健人さんです。彼の仕事は後々わかるのでここでは説明しません」。朽木がそう純に説明した。

(何なんだこの人は・・・昼間っから寝て・・・なのに施設長?)

純の頭の中には疑問しか浮かばなかった。

「さて蔵馬さんも起きそうにないし、とりあえず職員室に戻りますか」

朽木はそう言うと今にも叩き起こしかねない純を連れてこの部屋を出ることにした。そしてまたエレベーターに乗り込み二階のボタンを押した。二階に降りると、

「ちょっと一之瀬さん来て下さい」

そう言いながら朽木は職員室まで純を誘導した。そして、純に対して一枚の紙を渡した。

「さて、色々疑問なことあると思うけどまー施設のこと詳しくはここにマニュアルがあるからとりあえず読んどいて下さい」

その紙には次の内容が書かれていた。


 ーナイトフォレスト従業員マニュアルー

一、重要事項

この施設のことをはこの施設関係者以外の誰にも話してはいけない

もし、この施設のことを他の誰かに漏らした場合その者は即刻解雇とする

尚、これは東京都知事直々の重要事項の為、一切の反論は出来ないものとする

二、職員について

職員は年齢関係無く全てさん付けで呼ぶ(役職で呼ぶのは可)

三、子供の担当について

生後間もない子供から三歳までの担当は小学校四年生から可能とする

オペレーターの担当は中学生から可能とする

尚、いずれの担当にしても、その担当の先輩と三ヶ月一緒に業務を行い、それが終わった後に先輩から認められた者のみ以降の業務を一人で担当をすることを許可する

四、教育について

教育は押し付けることは絶対にしない

学びたい人が聞きたい人に色々聞くことを基本とする

   また、教育に必要な教材及び必要な道具については各部屋のタブレットから各自

自由に購入してもよいものとする

但し、不要だと判断されるものについてはオペレーターより審査が入る

その際にはオペレーターを納得させれない限り購入はできない

また購入品が不要となった際には必ず各部屋のリサイクルボックスに入れること

五、総責任者の役割  

総責任者はその受け持つ児童全てのデータを管理し、児童のケア方法について各

担当と打ち合わせを行い、心のケアを常に怠らない

また、各担当に問題がある時はその年齢の責任者に相談をし、担当の変更も考えることとする

六、児童の呼び方について

児童を呼ぶ時は必ず名札に書いている名前を呼んで下さい

そして絶対に本名を聞くことだけはしないで下さい

七、夜間業務について

施設長に一任します


(何なの?・・・これがマニュアル?・・・施設のこと話しただけで解雇⁉︎ 普通に有り得なくない⁉︎ そして夜間業務って何? 夜も働かされるってこと?)

そのマニュアルの異常な内容が純には到底理解出来なかった。それ程このマニュアルは他の児童施設とは内容がかけ離れていた。

「まーマニュアルなんてこんなもんだよどこも。ホッホッホ」

朽木が笑いながらそう話した。

「はぁ・・・」純はただ朽木に向かって愛想笑いをするのが精一杯だった。

(やっぱり・・・ここおかしい・・・こんなとこで働くのなんか無理だよ・・・ってかーそもそも私ここで何をするの?事務?でも事務員いる感じもしないし・・・そもそも役所仕事とはここの仕事かけ離れ過ぎていない?こういうとこで働くんならせめてそういう児童施設の経験が必要じゃないの?なのに何で私が選ばれたの?)

純はその施設の異様さも感じながらそれ以上に自分が選ばれたことに疑問を感じていた。


純が来てから時刻は夕刻に差し掛かろうとしていた。純は自身の腕時計を見ながら

(まー今日は下見がてらで来ただけだし暗くなる前に帰ろうかな)

そう思い、朽木にさよならの挨拶をしようとした。その時だった、

「ジリリリリリリ〜〜!!!」

急にフロア内に目覚ましの音の様な警報の音の様なものが響き渡った。

その音の大きさに純は咄嗟に耳を手で塞いだ。

「何よーこの音はーーー!」純は思わず声を出してしまっていた。

そんな純を余所に職員室にいた女性達が慣れた様子で一斉に立ち上がった。

「さて、仕事始めますか」

さっきまで笑顔で仕事をしていた唯が急に真面目で凛々しい顔つきになってそう喋り出した。

「さて、今日はどんな案件かな」

さっきまで無愛想で怠そうに仕事していた舞が急にやる気を出し、ストレッチを始めた。

「皆さん!気合入れていきましょー!」

さっきまで眼鏡をかけていて小声だった緑が眼鏡を外し、まるでキャラが変わった様に明るく皆を鼓舞した。

その三人の変貌ぶりに純はただ戸惑っていた。

「よしっ!じゃー始めるぞ!」純の後ろで急に声がした。

純がその声のした方を振り返ると、そこには見たことがある様な見たことが無い様な男が立っていた。

そう蔵馬である。たださっき見た蔵馬とは全くの別人。髪はセットされていてスーツ姿の身長の高いちょっとイケおじ風な男がそこには立っていた。

そしてその蔵馬の姿を見るや否や唯と舞と緑は蔵馬に一礼をした。

そして、そのまま四人はエレベーターに乗り込み下に降りていった。

(えっ?えっ?えっ?)

純は今目の前で起こったことが全く理解出来ずにいた。

そんな純を見て朽木がそっと話しかけた。

「ホッホッホ。ついでだから見にいくか?ナイトフォレストの本当の仕事を」

そう言いながら朽木は呆気に取られている純を連れてエレベーターに乗り込み、蔵馬達の後を追う様に外に停めていた自分の車まで誘導した。

純は何もわからないままただ朽木に連れられるがままに朽木の車に乗り込んだ。

「とりあえずシートベルトを締めなされ」

純は心ここにあらずな状態でとりあえず朽木に言われるがままシートベルトだけ締めた。

そして、朽木の車は施設を出て暗闇の中を走り出した。その道中、

(本当に何なの⁉︎ こんなの聞いたことない! 本当の仕事って何?)

そう心の中で思っていた純だったが、不意に数日前に職場で聞いたある噂話を思い出した。


― 回想 ―

「ねー知ってる?最近児童相談所からの通知で、もし闇の児童相談所ってとこから連絡があったらすぐに連絡してだって」。同僚が純にそう話しかけてきた。

「えっ?何それ?」

「私も何かよくわかんないけど何かそう言うところに子供浚われたとか騒いでる親が児童相談所にクレーム入れているみたいだよ。手口がとにかく非人道的なんだって」

「そうなんだ・・・わかった・・・でもそんな人達なら警察に相談したらすぐに解決するんじゃないの?」

「何かそうなんだけどさ、なぜかどの親も警察にだけは連絡していないんだって。不思議だよね。もしかしたらだけど、浚われたんじゃなくて自分達が虐待していた子供達を奪われたんじゃないかな?」

「ま、まさかー・・・」

「ねーそんなこと有り得ないよね。大体国の機関でもない人達がそんなことしても何の得もないもん。」

「確かに・・・そうだよね・・・」


そんなことを思い出している内に純を乗せた朽木の車はとあるアパートに辿り着いた。そこには既に蔵馬達の車も到着していた。

純達が到着する数分前に蔵馬達はそのアパートに着いていた。そのアパートは郊外にあり辺りには目ぼしい建物もなく木造建でとても年期が入っているアパートだった。そして外の表札には八木ゼクスと書いてあった。

「さて、行くか」。そう言って蔵馬達は車を降りて目標の二〇一号室を目指した。

その部屋からはとても賑やかな話し声が聞こえていた。

その部屋に着くなり蔵馬はそのドアを蹴り上げた。ドア自体が脆かったこともあり、大きな音共にそのドアは地面に倒れた。

その部屋は1DKぐらいの広さで窓はカーテンで締め切られていて部屋の明かりは薄暗かった。そして、部屋中アルコールの臭いが充満していた。

その中に机を囲んで酒盛りをしている夫婦らしい男女がいた。

その男女は急に起こった状況に困惑していた。

「な、なんだ君達は!警察呼ぶぞ警察を!」

中の住人の男はそう言いながら蔵馬達を威嚇した。

「へー・・・警察ねー・・・呼ばれて困るのはあんた達の方ではないのかなー?」

蔵馬は不敵な笑みを浮かべながらそう住人の男に話しかけた。

「な・・・何のことだ⁉︎」

住人の男はさっきまでの調子がどこにいったのかわからないぐらい急に小声になった。

続け様に蔵馬が切り出した。

「あんた達、自分の子供を虐待してんだろ?こっちはもう全部調査済なんだよ!」

蔵馬がそう言うとその部屋の住人の男女はとても戸惑った表情を浮かべた。

そんな二人を見ながら蔵馬が続け様に切り出した。

「俺達は闇の児童相談所だ。でも保護しに来た訳ではなく、交渉しに来たんだ。あんた達、金欲しいんだろ?夫婦揃って生活保護で生活してるもんな。喜べ!子供一人につき百万で買ってやる!その代わり子供に会う権利も親権も失うがどうする?」

その部屋の男女は蔵馬の訳の分からない話を聞いてキョトンとしていた。

その夫婦を見ながら蔵馬は自身の懐に手を入れた。

そこにドアが壊された音を聞いて車から飛び降りて駆けつけた純が現れた。

「な、何してんですか!あなた!」

純はその異様な光景をドアの外から見るや否やそのドアのところに立っていた唯と舞と緑の間をくぐり抜けて蔵馬に詰め寄った。

「何って仕事だよ!仕事!邪魔するな!」蔵馬はそう純に詰め寄り返した。そして、

「朽木!こんな奴何で連れて来た!仕事の邪魔だ!連れ出せ!」

そう言いながら遅れて部屋に入って来た朽木に指示を出した。

朽木は軽く頷くと蔵馬に言われるがまま興奮気味の純を外に連れ出した。

「ちょ、ちょっとー!まだはなし終わってないわよー!離せー!」

そう言いながら抵抗する純を朽木は部屋の外まで連れ出した。そして、

「ちょっとの間だからゴメンね。仕事の邪魔だけはしちゃいけないから」

そう言いながら朽木はポケットの中に入れてあった手錠を取り出して、外にあった柵にその手錠を付けるとその手錠を純の手首にはめた。

「ちょ、ちょっとー・・・」純は手錠のせいでそこから動けなくなった。

「ゴメンね。でも少しの間じっとしてて」

朽木は優しくでもちょっと恐怖を感じる様な声で純に話しかけた。

純はこれ以上暴れるのは良くないと察して大人しくなった。

「はーこれでようやく仕事が出来る。さて仕切り直しといこうか」

そう言いながらもう一度懐に手を入れた。蔵馬の懐からは札束が出てきた。

そしてその札束をその男女の目の前に投げ入れた。

「ほら、本物だぞ!これ!欲しくないのか?」

その部屋の男女は急に目の前に現れた札束に驚いた。そして男の方がその札束を手に取って確認を始めた。

「ヒャ・・・百万・・・嘘じゃない!本物の百万だ!」

その男は大喜びしていた。だが女の方は複雑な表情を浮かべている。そして、

「馬鹿にしてるんですか?子供の値段にしては安すぎます!それに人の子供を何だと思っているんですか!子供は物じゃありません!それに買い取って何をしようとしているんですか?そんな訳の分からない人達に子供を売るつもりはありません!お引き取り下さい!」

その部屋にいた女の方が蔵馬に食いかかってきた。

するとその状況にたまらなくなった唯が、怒りの感情を抑えながら静かに、

「ふーん・・・じゃーあんたは今自分の子供に対してそれ相応の愛情を持って接していると言うんだね・・・ましてや虐待なんか一切していないと・・・それで間違い無いよね?」

そう部屋にいた女に対して問い掛けた。

「もちろん!大切な子供にそんなことするはずがないでしょ!私は自分の子供を愛しています!」

その部屋にいた女が唯に対して毅然とした態度で言い返した。

「へーっ・・・じゃーこれはどう説明するのかな?」

そう言いながら唯は服のポケットの中から何枚かの写真を取り出した。

その写真にはまだ幼い五歳くらいの子供の身体らしきものが写っていた。

ただ、その身体にはあちこちに痣があり、更にその身体は信じれないくらい痩せ細っていた。

そして腕にはタバコを押し付けられた跡すらあった。

「!!!」

その写真を見た途端、その部屋の女は絶句してその場にしゃがみ込んだ。

「こ・・・これは・・・違う・・・これは違うの・・・」

その部屋の女は泣きながら話し出した。

「し・・・仕方なかったの・・・」その女はそう言いながら号泣しだした。

そして次に何か言い訳を述べようとしたその口を遮るように、唯が吐き捨てる様にその部屋の女に向かって言った。

「どうせ旦那に言われたか脅されたとか言うんだろ!そんなことはどうでもいいんだよ!大事なのはそんなあんたが子供を愛しているとか語るなってことだ!」

唯は普段見せない厳しい口調でその女に言葉を吐きかけた。

「決まりだな。これだけの虐待をしておいてよくまーそこまで言えたもんだ。本来は児童相談所に連絡し、保護対象として子供を引取。そしてその後日両親と面談ってところだろうな。しかし俺達の目的は保護ではなく買取だ。だから面倒な手続きはこちらで済ませるから貴方達は何もしなくて結構。それでは」

蔵馬はそう部屋にいた二人に言い放ち、どんどん部屋の奥に入っていった。

そして蔵馬に続くように唯も舞も緑も部屋に入っていった。

その奥には部屋があった。だがそこに子供の姿は見えない。

その部屋はおそらく二人の寝室だと思われた。

布団は置いていなかったが布団を引くスペースと押し入れがその部屋にはあった。

そして蔵馬は徐にその部屋にあった押し入れの襖を開けた。

蔵馬は絶句した。そこには子供がいた。

そこには恐らくホームセンターで購入したであろう金属製の楔が床に対して打ち付けられており、そこに鎖が繋がれていた。そしてその楔は錆びている様に見えた。恐らく子供の血が付着して数時間経過しているからだろう。

そしてその鎖の先には手錠を付けられた身体中痣だらけの子供が確かにいたからだ。

その子供は見るからに痩せ細っていた。

そしてその子供がいた場所にはその楔と子供の他にはただ水と空のプラスチックの容器だけがあった。

恐らくその空の容器には殺さない様にするだけに置かれた最低限の食事が入っていたのだろう。   

その余りにも酷い光景に唯も舞も緑も絶句した。

「丁度いい機会だ。あの女も連れて来い」

蔵馬は純を見張っていた朽木にそう指示を出した。

その言葉を聞いた朽木は純の手錠を外した。

(何?何なの?全くもう!)

純は不貞腐れながら部屋に入った。部屋にいた男女は気のせいかさっきよりも項垂れている。そんな男女を横目に純は蔵馬に指示されるがままその部屋に入った。そして押し入れを覗き込んだ。

「えっ・・・な・・・なんで?・・・なんでこんなとこに子供がいるの?そして何でこんな状態でいるの?・・・そ・・・そうだ・・・児相・・・児相に連絡しないと!いや警察!そう警察!いやその前に救急車!やっぱり救急車よ!まず呼ばないといけないのは!」

純は慌てふためきながら自分のスマホを取り出し救急車を呼ぼうとした。

そのスマホを取り出そうとする手を舞が止めた。

「余計なことはしないの。その為に私達が来たんだから」

その舞の今まで聞いたことのない優しい声に純はすっかり脱力してしまい、その場に座り込んでしまった。

そんな純をよそに唯がその子供を抱き締めた。

「今まで・・・本当に・・・辛かったね・・・でも・・・もう大丈夫だから。ここから・・・今この瞬間から・・・この人生から抜け出そうね」

唯は泣きながらその子供を抱き締め、か細くでも力強い声でその子供に語りかけた。

その間に舞は子供を拘束していた楔を手で外し、楔を床に叩きつけた。

その子供は状況をよく理解出来ていなかったのか、意識が朦朧としていたのか分からないが、唯に抱き締められたままそこにいた蔵馬、舞、緑、そして純を一人一人ゆっくりと見てただ一言、

「あ・・・り・・・が・・・と・・・う・・・」とだけ言うとすぐに意識を無くした。

恐らく長い間拘束され過ぎていたこともあり、色々な意味で限界だったのであろう。

唯は意識を無くしたその子供をおんぶした。そして蔵馬達はその部屋を出て二人の男女のことは無視してそのままドアへと向かった。

その時だった。急にそれまで項垂れていたその部屋の女が発狂して部屋の台所にあった包丁を取り出して来た。

「嫌!嫌だ!返して!」

そう言いながら蔵馬に襲い掛かろうとした。すると、危険を察知した舞が蔵馬の前に立ち、その部屋の女が今まさに蔵馬を刺そうとしたその腕を取って、その腕をその女の背中に回して腕を拘束し、そのまま床に倒した。    

「い、痛い!離して!」

その女は急に腕を極められ、身動き出来なくなった。そしてその腕の痛みから、握っていた包丁を離した。

「このままこの腕を折ってもいいんだぞ!こっちは!」舞は興奮してその女にそう言った。

「そこまでにしとけ」。蔵馬が舞にそう言うと舞はその女の腕を離した。

「全く・・・目的を忘れるなよ!」。蔵馬はそう言って舞を嗜めた。

その後で、ドアのところで蔵馬はその部屋にいた男女に対して、

「別にあんた達が不正に生活保護受けていようが、それが原因で前の旦那に愛想つかされようが、その寂しさから行きずりの男と一緒に生活しようがそんなことはどうでもいい。あんた達がどうなろうが俺には全く興味がない」

「ただそんなあんた達の犠牲に子供がなるのが俺には許せない!それだけだ!じゃあな!」

その言葉を言い残してその部屋を出た。

唯と舞も一緒にその部屋を出た。遅れて純も色々戸惑いながら蔵馬を追う様にその部屋を出た。その純を追う様に朽木も外に出た。

その後、そこまで特にこれといった行動をしていなかった緑がドアのところで最後に小声で二人に言った。

「貴方達のしていることは全て知っています。だから私達を訴えようとは思わない方がいいですよ。今の生活を守りたかったらね。それに訴えたところで無駄ですから。こちらにはこの私という優秀な弁護士がいますので」

緑は小声ではあったが少し脅し口調でその部屋の男女にそう諭した。

その部屋の男女はもう何も言えなくなっていた。そして緑は最後に、

「あっ!ドアの方はきちんと修理業者呼んで直しておきますので大丈夫ですから。それでは今まで通りの生活を楽しんで下さい」

それだけ言い残し、緑もそのドアから外に出た。


外では蔵馬と純が言い争っていた。

「あんたどういうつもり?こんなことして許されると思っているの?」

純が蔵馬に噛み付いていた。

「はー?そもそも何でお前にそんなこと言われなきゃいけない?お前俺の部下だろ?首にするぞ!働く前に!」

「上等だよ!首にしろや!こんなところで働ける訳ないだろ!私はただの公務員なんだよ!」

二人はお互い一歩も引くつもりはない。

「大体・・・さっきあの二人に話し掛けていた言葉は何?何であんたがその言葉を知ってるの?あんたもあの日あの場所のいいたの?だってあの言葉って・・・・私の・・・」純は何かを言いかけそうになった。

(ワシはのー・・・何かの犠牲に子供達がなるのが許せないだけなんじゃ・・・その一心だけで今までやって来たんじゃ・・・それだけじゃ・・・)

純は蔵馬がさっき言った言葉を、昔別の人から聞いたことがあったのだった。

「ちょっと待て!今なんて言った!」蔵馬は純を問いただそうとした。その時だった、

「はいはい近所迷惑近所迷惑。警察呼ぶわよ貴方達」

急に暗い夜の中から声がした。その声の主を見た瞬間、純は驚愕した。

「えーーーーーーっ! さ・・・冴島都知事ーーー⁉︎」

その人物は若くして都知事まで上り詰めた才色兼備の女性である冴島涼子都知事その人だった。その凛々しくも完璧な大人の女性の姿に純は身体が硬直してしまった。そして、

「な・・・なんで・・・冴島知事がこんなところにいるのでしょうか?」

純は当然の疑問を冴島にぶつけた。

「なんでって言われてもねー・・・ねっ健人」

そう言って蔵馬の方を見た。蔵馬は少しバツが悪そうな顔を浮かべている。

「涼子姉ちゃん・・・ちょっと今は来ないでよ・・・立て込んでるところなんだから・・・」

「そんなこと言ったってねー・・・ちゃんとあんたの仕事を見届けるのが私の仕事だから」

涼子はそう言って呆気らかんとした口調で蔵馬に答えた。するとその後ろから声がした。

「そうだぞ健人。俺達はあくまで仕事で来てるんだからな。別にお前のお守りで来てる訳ではないからな」

純がそこに目をやると暗がりの向こうから男が歩いて来た。その男は見た目にちょっと陰がありそうだが顔は端正でありシュッとしていた。そして蔵馬よりも見た感じに真面目で紳士的な姿をしていた。

(だ、誰このちょっと陰はあるけど守ってあげたくなる様な格好良い人は)

純はまるでアニメに出てくる執事の様なその男の見た目に、ちょっとした恋心を抱いた。するとそんな純にその男は気付いた。

「あっ。申し遅れました。私は影山誠と申します。健人とは仕事仲間の様な腐れ縁の様なそんな感じです」

その丁寧な挨拶と少し不慣れな笑顔に純は更にドギマギした。

「あっ!純・・・純です・・・一之瀬純です・・・一応来週から同じ仕事仲間になります!」

純はそう言って、影山に見惚れて固くなった体を無理矢理直角に曲げて挨拶した。

「・・・なんか俺の時とはお前態度違うなー・・・」

その不自然に緊張して上がっている純を見て蔵馬がボソリと純に言った。

「う・・・うるさいなー」純は顔を伏せて照れながら小声でそう言った。

「大体そもそも俺はまだお前をここで働かせるなんて言った覚えは一度もないからな!俺が許可しなかったらお前なんかここで働けないんだからな!」

蔵馬は小さい子をイジメる様なそんな喋り方で純にそう言った。

「あら?健人・・・私が推薦したのにそんなこと言うんだ・・・ふーん・・・いいのかなー・・・私に逆らって・・・」

涼子は不敵な笑みを浮かべながら蔵馬にそう言った。その言葉に蔵馬は驚いて声が出なくなった。そして、

「えっ⁉️えーーーーーーーーーーーーっ!」

「な・・・なんでこんな奴を⁉︎涼子姉ちゃん!どうして⁉︎」

蔵馬は明らかに狼狽えていた。その様子を見て涼子が話し出した。

「うふふふふ。まー色々理由はあるけど決め手はこの子が斉藤先生最後の教え子だからかなー・・・」

涼子はそう蔵馬に言った。その言葉を聞いて蔵馬は急にキョトンとした顔になった。

「涼子姉ちゃん・・・それはないよ・・・絶対ない!・・・だってこの女どう考えても俺よりも全然若いじゃん。俺達が【希望の郷】を去ってもう三十年以上経っているんだよ?」

蔵馬は涼子にそう返した。

「まー健人が驚くのも無理はないよね・・・もうあれから二十数年か・・・長いよね・・・」

涼子は感慨深くそう話し出した。

「そう、【希望の郷】が無くなって・・・いやあの事件があって斉藤先生が私達の元を去ってもう三十数年・・・私はずっと斉藤先生を探していた・・・そして数年前に斉藤先生が副都心近くの不良少女の溜まり場にいることを突き止めたのよ」

涼子は淡々とでも力強く健人にそう話した。

「えっ⁉︎今・・・なんて・・・だって・・・斉藤先生は・・・捕まったはずじゃ・・・」

蔵馬はとても驚嘆してか細い蚊の鳴くような声を絞り出してそう答えた。

「そっかー・・・健人はあの時何も聞かされてないもんね・・・別に斉藤先生はそんな重い罪で捕まった訳ではないから・・・確か刑期は三年?くらいだったと思うけど・・・」

涼子は更に淡々と話し始めた。

「でも・・・それなら・・・何で⁉︎・・・何で失踪なんかしてるんだよ。何でここに戻って来ないんだよ!」

蔵馬は急に大きな声を出して涼子にそう問い詰めた。

「理由は私も知らない・・・多分その辺りは彼女の方が詳しいのかもね」

涼子はそう言って純の方を向いた。

「そ・・・そう言えばお前さっき何か言ってたよな?俺の言葉を聞いたことがあるって。どこだ!どこで誰から聞いた!」蔵馬はそう言って今度は純を問い詰めた。

「どこも何も私はその場所に昔いた少女で、その時運命的に出会った一人のお爺さんから聞いたのよ!」

純はそう蔵馬に答えた。そしてその人物との出会いを語り出した。


「忘れもしないわ・・・あれは私が十八歳の時・・・私は色々あって実は施設育ちで・・・それで当時荒れてて・・・よく悪い男と連んでた時期があって・・・そんな時、その当時の彼氏から援交の仕事を持ち掛けられてて、よくそこのキッズ達に混じって若い子好きな男から身体の代わりに金を受け取っていたわ・・・」純がゆっくりと自分の過去を語り始めた。

「そんな生活をしていたある日、急に一人の初老がその東横に現れたの。最初はまた新しいカモが来たかと思ったわ。でもその初老はそこにいた少年少女に対して急に怒り出したの。」

「『君達はこんなところで何をしてるんだ!』ってね。」

「急に大声出すから周りのみんなもビックリしてね。そしたらその当時そこのシマにいた怖い兄ちゃん達も出て来てさ」

「『なんじゃ!お前は!殺されてえのか!』って」

「そしたらその初老がさ『貴様達の様な若造にやられる程まだ腕は落ちてはいない!』って言ってその人達と喧嘩始めたの」

「そこまで言うからめっちゃ強いかと思ったらそこまで強くはなくて、殴ったり殴られたりのやり合いで、でも殴られながらもその眼は死んでなくてそうこうしている間に騒ぎを聞いた警察が来て、そしたらみんな一斉に逃げて、で偶然私が逃げたその方向にその初老も逃げて来たのよ」

「それで私は聞いたのよ。何でこんな馬鹿なことしたの?って。そしたらその初老がさ」

「『許せなかったんじゃ・・・何でも出来る若さもあるのにそんな貴重な時間を無駄にダラダラ過ごす子供も・・・それを怒りもせずむしろ利用する大人もな・・・』」

「『ワシはの・・・この世界には理不尽な環境に巻き込まれた子供が大勢いることを知っているんじゃ・・・昔わしはその子達の為に色々としてきたつもりじゃった・・・じゃがの汚い大人達にその場所を奪われてしまった・・・別にワシはどうなっても構わない・・・じゃがの・・・その子達には辛い思いをさせてしまった・・・この事実だけは紛れもない真実なんじゃ・・・それにワシはもう以前の様には出来なくなってしまった・・・だからの・・・せめてこの眼に映った子供達だけは絶対守りたいと思ったんじゃ・・・ワシはのー・・・もう何かの犠牲に子供達がなるのが許せないだけなんじゃ!その一心だけで今までやって来たんじゃ!それだけじゃ・・・』」

純は蔵馬にその人物との出会いとその後の会話を話した。

「まー・・・なんて言うか・・・初めて?ここまでの熱い人に出会ってね・・・それで急に自分の事恥ずかしくなって・・・なんて言うか・・・もっと真時目に生きなきゃって思って・・・で、公務員になろうと思って、公務員試験受けて、で今に至る?みたいな・・・だからあの出会いがなけりゃ私は公務員にはなっていなかっただろうし、もしかしたらクズの様な人生を歩んでいたかもね・・・」

純は自分の事を話すことに少し照れながらも、その後の自分の心境の変化について話し出した。するとその話しを聞いた直後に蔵馬は膝から崩れ落ちて急に泣き出した。

「せ・・・先生・・・まだ・・・心折れてなかったんですね・・・あんなことがあったのに・・・でも・・・自分が許せなくて・・・それで・・・だから・・・でも・・・」

蔵馬は泣きながら声にならない声でゆっくりと話し出した。

その急な感情の変化を見て純は戸惑った。

「えっ・・・えっと〜・・・あの〜・・・もしもし・・・?」

そんな二人を見るに見かねて緑が声を掛けた。

「はいはい。しんみりしてもしょうがないですよ。むしろ良かったじゃないですか専門室長。恩師が生きてることがわかって。じゃーこれからも恩師の意志を受け継いで仕事頑張らなきゃですね」、緑が明るい口調でそう蔵馬に話した。

「あー・・・そうだな・・・何か今まで以上にやる気出てきた」

蔵馬はそう言って涙を拭って強い口調で語り出した。

「さーまだまだ買い取らないといけない子供達がいるはずだ!これからもバシバシ買い取りに励むぞ!」蔵馬は元気になって意気揚々と叫んだ。

「だから〜ちょっと待ってよ!何でこんなことしてるのかまだ私何も聞いてないから」

そう純が蔵馬にまた突っかかった。その時急に今まで静かだった影山が話し出した。

「八割・・・これが何の数字かわかりますか?児相が今まで保護して戻した児童の割合です。児相は保護までしか出来ない・・・もちろん無能過ぎる親であればその状況で戻すことが出来ない状態だと判断し、そのまま親権放棄も可能。だが実際は、親権放棄までになるケースは一割あるかないか。でも保護出来ず死ぬケースは三割以上だ。それでもこの国は何もしようとはしない!なぜならこの国では親が絶対的正義であり、子供はその正義にただ守られる存在でしかないという考えの人間がほとんどだからだ。だが実際には親が必ず親の責務を果たすということは必ずしも絶対ではない!そしてその正義ではない者達が子供を不幸にしている!ならばどうすればいい?そうそんな親からは子供を奪ってしまえばいいんだ!そして完全に安全な施設を親代わりとして子供を育てる。これこそが本来児童相談所が行うべき姿なんだ!」

影山はさっきまでの素敵な笑顔とは全然違う、怒りの表情で純にそう静かに語り掛けた。

「えっ・・・影山さん・・・⁉︎」

純は今までとは別人の様な顔をした影山を見て驚いた。そこには本当に同一人物かと思うぐらい静かに、でも確かに鬼の形相で怒っているのがわかる影山がいたからだ。

その様子を見て涼子が話し出した。

「そう・・・国は何もしない・・・何かをすると・・・必ずその反発を喰らうから・・・だから何もしない・・・でもそれはもしかしたら都も同じなのかもしれないわね・・・」

「だから私達は作ったの・・・全く新しい・・・でも国も都も関係ない機関を・・・それが闇の児童相談所。健人が率いるナイトフォレスト。そして誠が率いるナイトケージ。そしてそこに都の力を持った私の三つの機関で構成された全く新しい機関。それが闇の児童相談所なの」。涼子は淡々と純にそう説明した。

純は涼子のその言葉から力強い意志を感じ取っていた。そしてもうこれ以上何を言っても意見が変わることもなければ何かが変わることもないと純は悟った。

「はいはーいじゃー皆さん帰りますよー」

そんな重たい空気を察したのか、緑がとびっきりの明るい声で、そこにいた全員に呼び掛けた。

「そうだな。仕事も終わったし帰るとするか。じゃーな誠」

そう言って蔵馬は緑と一緒に車に乗り込み闇の中に消えて行った。そんな蔵馬を見て、

「じゃー僕ももう帰るね。じゃーね一之瀬さん。この仕事大変だけどやり甲斐だけは本当にあるから。じゃーまた次の仕事場でね」

さっきまでの怒りの表情が嘘の様に穏やかな表情で影山は純にそう言って闇の中に消えて行った。

純はその場に残されてしまった。辺りを見渡したがもうそこには純と涼子しか残っていない。気付いた時には朽木も姿を消していた。

「あら。取り残されたわね私達。じゃー乗っていく?どうせ車ないんでしょ?」

そう言って涼子は純を自分の車に誘導して車を発進させた。


純は涼子が運転する車の中で今日あったことを頭の中で整理しようとしていた。

(もうーーーーー本当に色々訳わからないよ!一体何なの?闇の児童相談所って⁉︎そして私にここで一体何をしろって言うの⁉︎)

純は今日の出来事一つ一つが衝撃過ぎて、頭の整理が全く出来ずにパニックになっていた。

そんな純を横目で見ながら涼子が語り出した。

「私と健人と誠の三人は、あなたが出会った斉藤先生が数十年前に運営していた児童養護施設【希望の郷】で出会ったの。その施設は親に恵まれなかった子で溢れていたわ。そして私達は年齢が近いこともあり、兄弟の様にそこで一緒に育ったわ。今思えばあの頃が一番楽しかったかもしれないわね。健人は昔からちょっと悪ガキでいつも斉藤先生に怒られていたわ。誠は当時から優秀で頭もよかったのに、なぜかそんな健人とよく連んで一緒に怒られていたっけなー。で私が二人より年上だったこともあり、御目付役?みたいな感じで。何かよくわからないけどいつも三人で一緒にいたのを覚えているわ・・・」

純は所々笑顔で昔のことを語る涼子の話に耳を傾けた。

「そしてそんな生活が永遠に続くと思った時、あの事件が起こった。忘れもしない。私が十二歳の時・・・斉藤先生が逮捕されたの。幼児虐待の罪でね。もちろん斉藤先生はたまに手を出すことはあったけど、それは私達の事を思ってだってことはみんなわかっていたし、だから信じれなかった。でも世間は斉藤先生の事を知らないから・・・だから当時マスコミも記者も相当騒いでいたわ。毎日記者が施設にも来てたのを覚えているから・・・」

そう語り出した涼子にはもうさっきまでの笑顔はない。むしろ少し怒りの感情を持ちながらでもその感情を抑えながら力強く純に更に語り出した。

「その事件のせいで結局施設は封鎖。そしてそこにいた子供達は皆それぞれ別の施設へと引き取られていった。私達も当然それぞれバラバラになったわ」

涼子は今度は少し寂しそうな表情を浮かべながら、そう純に語り出した。

そして、更に話を続けた。

「その後、幸か不幸か私は次の施設でいい里親に巡り会うことが出来て、それで大学も行かせてもらって、私はそんな環境で必死で勉強して官僚になることが出来たの。その頃の私は少し昔のことは忘れかけていたわ」

「そんなある日、街中で急に声を掛けられたの。そこにいたのは大人になった健人だった。そして懐かしい話もそこそこに急に言われたのよ」

「『涼子姉ちゃん。斉藤先生を逮捕した原因を作った奴に俺は復讐をしたい。だから涼子姉ちゃんにはこの国のトップになって欲しい』ってね」

「本当訳わかんないよね。私も最初何を言ってんだって思ったわよ。だから私も言ったわ」

「『そんなこと言ってももう今更何も出来ないよ。あれからもう十年以上経過してんだよ?大体証拠はあるの?誰に復讐しようとしてるの?』ってね」

「そしたら健人。『証拠は無い。でも手掛かりはある。そしてその手掛かりを手にする為にはまた施設を復活させないといけない』ってね。本当意味不明だよね」

涼子は昔話に懐かしくなって少し熱を上げて語り出した。そして更に話を続けた。

「だから私言ったのよ。『何馬鹿なこと言ってるの!いい加減目を覚ましなさい!本当にそんなことしようとしているんならとその覚悟見せて!』ってね」

「そしたら健人が『分かった。じゃー今から十年後の今日、【希望の郷】の跡地で集合な。そこで俺の覚悟見せる』ってね。で結局その日はそれで別れたのよ」

純は現実離れし過ぎているその涼子と蔵馬のやりとりにただ驚くばかりだった。

「そして約束の日・・・私は目を疑った・・・【希望の郷】の跡地に見たこともない大きな施設があったから・・・そして私がその異様な光景に驚いていると中から健人と誠が出てきたのよ」

「そして、『涼子姉ちゃん。これが俺の覚悟だ。この施設ナイトフォレストをまずは拠点として虐待された子供を回収していく。その先に必ず手掛かりがあるから』ってね」

「本当驚いたわよ。そしてそこに誠がいて、その手助けを誠も行うって聞いた時に、私も覚悟を決めることにしたわ。今まで以上に必死で頑張って絶対に総理大臣になろうってね。って言いながら結局私は都知事が精一杯だったんだけどね」

涼子は淡々とでも色々な感情を出しながらその時の事を話した。

純はもう驚き疲れていた。これが本当に現実の会話かと疑う程だった。

「健人は昔から言い出したことは曲げない子だったわ。そしてどんな無茶でも実際にやり遂げてきた。だからこそ私にはわかるの。あの子には必ず暴走し過ぎる時が来るって。だからその制御役をあなたにお願いしたいの」。涼子はそう言いながら純の方を軽く見た。

純は涼子からの突然のお願いにとても驚いた。

「えっ⁉︎無理無理!無理ですよ!知事の頼みでも私には出来ません。あの人止めることなんか絶対出来ません」

純は首を物凄く横に振りながら涼子からの突然のお願いに対して拒否の姿勢を見せた。

「そんなことないわよ。だってあなたは最後の斉藤先生の教え子だもん。頼りにしているわよ」

そう言って涼子はウインクをしながら軽く純に返事をした。

「それにいざとなったら私が止めるから。でも私も毎日毎日公務で忙しいからさ。だから御目付役でいいからさ。お願い。ラインも教えるからさ。何かあったら連絡してきていいからさ。お願いよ」。涼子は再度純に頼み込んだ。

「・・・わ・・・わかりました・・・本当見るだけ・・・見るだけなら私でも出来ると思うので・・・それで良ければやります・・・」

純は涼子のその必死にお願いしてくる姿に、遂に折れることにした。

「ありがとう。本当何か暴走し掛けたら私の名前すぐに出せばいいからね。そしたら大体のことは聞いてくれるからさ」。そう言って涼子は純に感謝の言葉を述べた。

気付いたら涼子の運転する車はナイトフォレストに到着していた。純は涼子に頭を下げて車を降りた。

「じゃーまたね」。涼子はそう言うと車を走らせて闇の中に消えて行った。涼子の車を見送った後、純も自分の車に乗り込んで自分の家に帰って行った。家に帰った純は心身共に疲れ果ててそのまま眠ってしまった。


数日後いよいよ異動日を向かえることとなった純は、指定された時間にナイトフォレストへと向かった。

そして以前と同様に朽木に招かれてナイトフォレストの中に入って職員室まで入った。

「今日から一緒に働くことになりました一之瀬純です。よろしくお願い致します」

純がそう丁寧に挨拶をすると、

「じゃー改めてよろしくね」と唯が明るい声で言い、

「・・・よろしこ・・・」と舞が無愛想な声で言い、

「・・・よろしくです・・・」と緑が、か細い声で言った。

そんな軽い挨拶を済ませた後、朽木が急に

「じゃー一之瀬さんの部屋は唯さんの隣の四○五号室ね」

と純に言った。

「・・・はい?・・・朽木さん?・・・今なんて言いました・・・?」

と純が言うと朽木はあっさりとした口調で、

「あれ?・・・あっ!言ってませんでしたっけ・・・これは失礼致しました。えっとですね・・・ここは施設であると共に職員の寮なんです。ってことで皆さんと同様に一之瀬さんにもここで一緒に暮らしてもらいます」と純に言った。

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

純は驚き過ぎてその場に座り込んでしまった。

こうして純のナイトフォレストでの生活は始まりを迎えた。

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