第34話 ヴァシジ

 蛍は口を開かない。ヴァシジについて話すことに抵抗があるようだ。


 しかし、ここで隠し事などしていればこの先に進むことなどできない。蛍は決意を固めるとこの町の秘密を話し始める。


「ヴァシジは瑞穂の国の元守護神獣です。国を挙げ信仰の対象としている神の一人でした。巨大な大猿の姿をしており、黒いたてがみに鋭い爪、一匹で百の兵を相手にできると言われている神獣です。国から逃げる際も、多くの信者を守る為、この地までついて来てくれたのです。


 しかし、ピートモスは女神教の領域。セントは神教を信仰することを良しとしませんでした。


 当初はヴァシシも町に出入りし、住人を守るような素振りを見せていました。しかし、住民の安全が確保されたのが分かると、ヴァシシは時折姿を現すだけとなり、普段は森の中で生活するようになりました。熱心な神教の信者もアルフレドさんが住む神殿で細々と神教の活動をしていましたが、やがて女神教の圧力もあり、住民は表立って活動をすることは無くなりました」


「なるほど。一つ気になったのですが【元守護神獣】と言ましたが元とはどういう事ですか?」


「お恥ずかしい話しですが、我々とヴァシジはコミュニケーションを失っております。今のヴァシジは知性もなく住民を守ろうとはしません。信者がヴァシジと距離をとり、信仰が薄れたことにより魔物と化してしまったのです」


 信者の命を守ってきた神獣に対して恩を仇で返したというわけである。


「つまりナグモさんはヴァシジが害を及ぼす前に始末して欲しいということかな?」


 蛍は小さく頷くとアルフレドより視線を逸らす。ヴァシジには申し訳ないが悔しくも蛍もナグモと同じ意見なのだ。


「蛍さん。ヴァシシのことを詳しく教えてくれませんか?」


「喜んで。ヴァシシは雨の日に――」


 少し寂し気な表情をした蛍はアルフレドならどうにかしてくれるかもしれないと願っているのかもしれない。僅かな希望を抱きながら蛍は神教の成り立ちとヴァシシとの関係の詳細を始めた。


 ※※※


 夜は考え事ばかりしている。


 外は風が強い、隙間風が今日は体に応える。アルフレドは寝床から取り出した毛布を被りながら蛍から聞いたヴァシシの話を頭の中で繰り返す。


 一、ヴァシシは雨の日には森に現れない


 二、かつては瑞穂の神官が定期的に契約を更新していた


 三、意志の疎通はとれない


 四、信仰の力によりヴァシシは民に従っていた


 アルフレドが最初に気になったのはヴァシシが雨の日に現れないという点だ。晴れの日は例外なく現れるという。晴れの日に必ず姿を現すという点を鑑みるに、雨の日には姿を現さないとも考えられる。そこを紐解けばヴァシシが何を基準にして行動しているのかが分かるのではないだろうか?


 次にアルフレドが注目したのは【意志の疎通】と【信仰の力によって従っていた】という点である。過去の話を聞く限りヴァシジは臨機応変に動いていたようであるし、生身の体を持つものだ。信仰の力で動くというのはアルフレドの中で少し気になった。


(この世界ではスクロールを始め、魔法が世の中の常識の一部となっている。何でもありといえばありなのだが果たして信仰だけで生身の大猿が人に従うだろうか?)


「んっ? まてよ」


 南部に来て以降天気はずっと晴れている。いずれ北部へ布教活動をしようとすれば森を必ず通ることになる。もし、アルフレドが何も知らずに森に入っていればそこにはヴァシシが……。アルフレドは表情から血の気が引いてゆく。


「あの爺さんほんとに食えないな」


 ~~~


 翌朝。アルフレドはファーと共に町のとある場所へと向かう。


 道中に住人とすれ違い、愛想よく声を掛けてみるが住人の反応は相変わらず冷たい。今から訪れるこの家は町に来て三度目の訪問となる。


「こんにちは!」


 ドアに向けて声を上げる。しかし家の主は扉を開けようとはしない。アルフレドがファーの顔を覗くとファーは首を縦に振っている。ファーは家の中に住人がいることを察知しているようだ。


「ナグモさん! デモゴルゴ教のアルフレドが来ましたよー! 貴方の友人のアルフレドです!」


 扉を叩こうとしたところでドアが急に開かれる。ナグモは怒っているようで、眉間に皺を寄せ、人を殺しそうな目付きをしている。


「お前と友人になった覚えはないぞ! 何の用だ!」


 あまりの勢いにアルフレドがファーの後ろに隠れ、その背後より顔だけを出す。ナグモも勢いよく啖呵をきったものの、目の前に現れた不気味な仮面を被る男が只者ではない事を一瞬で理解したようで先ほどまでの勢いは若干そがれている。


「とりあえず中に入れてくれませんか? ここでは目立ちます……長居はしませんので」

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