第23話 談話

 太い指に葉巻を持つとゆっくりと口に運ぶ。急いで入ってきたルドルフの表情を見て、この先の展開が予測できたらしく、セントからは思わず笑みが漏れる。


「それでどうだった? イスガンの事は気付かれてなかっただろうな」


「へい。問題ございませんでした。ヒルとジョナとは偶然出会ったようです。セント様は魔光の酒の話題の切り出し方が気になるとおっしゃっていましたが、そんな切れ者ではございません。それどころかあの使者様は世の中の事を何も分かっていませんぜ。あの亡国の瑞穂を知らないものなど初めてみましたぜ」


「ほほう。間違いないんだろうな。そこまで言うからには発言に責任を持ってもらうぞ!」


 ルドルフは筋肉のないうすい胸を大きく張ると、鼻息を荒くして両腕を前で組む。


「任せてくだせぇ。それで、セント様どのようにあのお上りさんを嵌めるんでぇ」


「嵌める? おいおい、何をお前は言っているのだ? 交渉だよ、交渉。私は商人だ。詐欺師ではない」


「そうでした、大変失礼しました。それでどのような交渉をされるのです?」


「ちょっと近くに寄れ。お前にも協力してもらうぞ」


「もちろんです。その代わりあっしにも上手い汁を吸わせてくだせぇ」


 セントは口元に葉巻を運ぶと肺いっぱいに煙を吸い込む。煙を口の中で転がし、肺の奥から大きく煙を吐く。煙を満喫したセントはとろりと溶けた目でルドルフに目を合わせる。二人は目が合うとどちらからというわけではなく大声を上げ、高々と笑い始めた。


 ※※※


 食事を終え、酒を片手にアルフレドとマリアナが談笑を楽しむ。たまにメイドの女がアルフレドに酒を勧め、上機嫌でその酒を受け取る。使用人が新たな酒を注ぎ、アルフレドが口元に持っていこうとしたところで、ドアが開かれ、顎髭をふんだんに蓄えたセントと赤鼻のルドルフが部屋の中へと入ってくる。


「客人をお待たせし申し訳ない。急な仕事が入り、片づけて参りました。食事は楽しんで頂けてますかな? 宜しければ隣に座らせて頂いても?」


 アルフレドはもちろんと頷く、すぐに席をずらし空席を作る。セントは恰幅の好い体をするりと滑り込ませると、アルフレドのすぐ横に座り込む。


「!?」


 セントは部屋に開けられた空き瓶の数を盗み見る。机の回りには十本程の酒瓶が転がっている。食事もだいぶ減っており、酒のつまみを平らげたのが窺える。


(これほどの短時間でこれほどまでにオクテの醸造酒を空けるとは! 一本いくらすると思っているのだ。お前が一年働いても買えん代物だぞこの若造め!)


 一瞬、眉間に皺を寄せたセントではあったが、すぐにいつもの商人スマイルへと戻る。ルドルフに指示を出し、マリアナにも酒を注ぐとセントはすかさずに本題へと入る。


「さて、先ほどお話しした魔光の酒の件ですが少しお話してもよろしいですかな? アルフレド様はドール殿とどのようなお知り合いなのですかな?」


 アルフレドは瞼が閉じかかった目を大きく開けると、不満げにセントをじっと睨む。セントは予想外の反応に、もしや失言でもしたかと肝を冷やすが、アルフレドはすぐさま嫌らしい笑みを浮かべると、セントの肩を馴れ馴れしく掴む。


「知り合いなどではありません。ドールとは家族です! デモゴルゴ教に入った者は等しくデモゴルゴ様と家族になるのです。ドールは熱心に布教活動に力を貸してくれます。もし、セントさんに会えればデモゴルゴ教布教の相談を持ち掛けては? と助言をくれたのもドールなんです」


「……デ、デモゴルゴ教ですか?」


「はい! 私共が崇拝している神の名前です。以前からフヨッドでは住民が信仰をしていたのですが、先日、私が正式に使者となりました。この素晴らしい教えを是非布教したいと考え、もし可能であればセントさんとお話したいと考えていたのです。まさかこのようにして話をする機会が巡ってくるとは、これもまたデモゴルゴ様のお導きですね!」


 酔いの勢いもあるのか、矢継ぎ早に話すアルフレドに対し、セントは上体をのけ反り、距離を空けようとする。しかし、その距離はすぐさま詰められ熱弁は続けられる。先ほどまでルドルフから聞いていた田舎から来ていた世間知らずの青年は、いつのまにやら、訳の分からない神を崇拝する変人に見えてくる。


 話しが違うと抗議の目をルドルフに向けるが、ルドルフは愛想よく酒を振舞うマリアナにだらしない表情を向け、骨抜きにされている。


(厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだが、魔光の酒の取引は捨てられない)


 アルフレドがデモゴルゴ神について捲し立てるのを聞き流しながら、話を切り替えるタイミングを窺うセント。デモゴルゴ神の話から教団の成り立ちに移ろうとしたところで、セントが話を切り出す。


「アルフレド様、デモゴルゴ教は素晴らしい教えのようですね。どうです? 宜しければ私にも布教のお手伝いを協力させて頂けないでしょうか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る