第2話 マリアナ攻防戦①

西暦1945(昭和20)年9月15日 北マリアナ諸島より東に500キロメートル


 北マリアナ諸島から僅か500キロメートル東の海域は今、死闘の舞台となろうとしていた。


 サクソニア共和国を名乗る未知の国家によって北マリアナ諸島が墜とされて早2週間。ハワイより出撃した米海軍第5艦隊は、先の海戦の復讐を果たし、マリアナを取り戻すべく、戦艦6隻、空母8隻、軽空母2隻、護衛空母4隻、重巡洋艦14隻、軽巡洋艦20隻、駆逐艦72隻、護衛駆逐艦24隻、揚陸艦40隻からなる190隻の大艦隊となって展開。アメリカの実力を見せつけるかの様に迫っていた。


 第5艦隊旗艦を務める航空母艦「レキシントン」の戦闘指揮所CICにて、レイモンド・スプルーアンス大将は数人の幕僚とともに、海図を見つめていた。


「サクソニアは我が軍の撤収後、大々的な兵力を差し向けて上陸を果たし、飛行場に多数の軍用機を配備し始めている。偵察機及び潜水艦の強行偵察によってある程度の情報は集まっているが、損害も大きいのは否めない」


 先ず陸軍航空隊の重爆撃機を改造した偵察機は、高度1万メートルより高性能のカメラによって撮影する手法で、リスクを低減させていたが、敵はすでに高度1万メートルを悠々と飛べるジェット戦闘機と、高性能レーダーにそれと連動した射撃管制装置、そして大型高射砲からなる対空砲システムを実用化させており、何機か餌食になっていた。


 潜水艦においても、敵艦は高性能のアクティブソナーと対潜爆雷、そしてアメリカ海軍では生産が開始されたばかりのMk32魚雷に類似した対潜魚雷を有しており、10隻以上が近海に遊弋する敵駆逐艦に返り討ちにされていた。


「今回の敵は、日本よりも明らかに格上だ。決して慢心する事無く、常に全力で対決する姿勢を以て戦闘に当たってほしい。して、敵戦力の動向はどうだ?」


「はっ…現在、テニアン島近海にて数十隻の艦船が展開しており、地上の飛行場からも常に数機の航空機が展開。哨戒を行っている模様です。相手はすでに、我らより仕掛けられる前提で動いている模様です」


 幕僚から説明を受け、スプルーアンスは頷く。こちらには占領を目的とした米海兵隊3個師団が輸送船に乗って追随しており、彼らが無事に上陸作戦を仕掛ける事が出来る様に、露払いとして現地の海上戦力を殲滅するのが第5艦隊の役目であった。


「直ちに空母全艦、攻撃隊を発艦せよ。規模は1個空母群当たり100機程度、総数400機で徹底的に叩くのだ」


『了解!』


 命令を受け、8隻のエセックス級空母より次々と艦載機が発艦し始める。現在の海軍空母航空団の主力であるTBM-3〈アベンジャー〉艦上攻撃機は油圧式カタパルトによって空に上がり、そうして攻撃機が上がった後は、F8F〈ベアキャット〉艦上戦闘機が舞い上がる。そして編隊を組んで西へ飛んでいったその1時間後、CICにてレーダーを見ている乗組員が報告を上げてきた。


「ッ、レーダーに多数の反応!西より多数の航空機が接近中!速度は凡そ400ノット時速740キロメートル!友軍ではありません!」


・・・


 一方でその頃、サクソニア共和国海洋軍の主力たる黒龍艦隊は、マリアナ諸島西部沖合に展開していた。


「提督、空軍からの情報によりますと、敵は航空機を多数搭載・運用する特殊艦艇を中心にした、複数の小艦隊で構成されているとの事です。特に特殊艦艇は1個飛行師団に匹敵する数の航空機を搭載しており、単純な物量と高い機動力によって優勢に立とうとしております」


 大型巡洋艦「ドレノ」の艦橋にて、艦隊指揮官のトムス・ディ・ローダス中将は唸る。敵の航空戦力は規模の面において共和国航空軍を凌駕しており、さらに件の特殊艦は少数の護衛と共に本土近海に出没し、散発的な空襲を繰り返してきている。この洋上の機動せし飛行場は驚異的そのものであり、すでに海軍上層部ではこれの模倣が叫ばれているという。


「だが、機動力においては我が黒龍艦隊も負けてはおらん。空の脅威に対しては航空軍の連中に任せ、我らは潜水艦隊とともに敵水上艦隊へ強襲を仕掛ける。我が海軍の練度を敵に見せつけるのだ」


「了解!」


 指示を受け、通信員はテニアン島やグアム島に駐留する航空軍第7航空師団と、防空軍第6防空師団へ連絡を入れる。直後、飛行場にて幾つものエンジン音が響き始める。


 第7航空師団に配属されている〈トニトゥルス〉主力戦闘機は、後退翼を持つジェット戦闘機であり、その外見は後にソ連で誕生するミグMig-15〈ファゴット〉に酷似している。だが性能は〈ファゴット〉よりも高く、高高度飛行性能も有していた。


 そうして計40機の〈トニトゥルス〉が空中に展開し、基地や艦隊へ空爆を仕掛けようとする敵攻撃隊へ、急降下を仕掛ける。マッハ1にも達する速度で突入しながら、30ミリ機関砲の一斉射で敵編隊を撫で斬り、そして返す刀で急上昇。その間に敵機は数機が火だるまとなって墜ちていき、〈トニトゥルス〉は圧倒的速度で引き離しながら、攻撃態勢を整える。


 そうして一撃離脱で削られていく中、テニアン島へ接近した攻撃隊に、黒龍艦隊へ迫る攻撃隊も被害を受けていた。地上の対空砲のみならず、沿岸部に展開している警備艦はレーダー連動式の射撃管制装置を標準装備しており、10.2センチ単装砲や38ミリ機関砲で正確に砲撃。対地ロケット弾を装備しているだけに動きが鈍い〈ベアキャット〉や、大柄な〈アベンジャー〉は一方的に叩き落とされていったのである。

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