第2章 安全運転でお願いします

第6話 草野改造計画始動

「やっと起きたかい草野君」


 椅子の上に体操座りをしてくるくると回りながら、天井を見上げていたら、突然部屋の扉が開いて星川が現れた。


「うわ、ストーカー」


「ストーカーじゃないよ君。

 買い物に行くって約束だっただろう。

 電話も出なかったから家に来てみれば寝てるし。一階で待たせてもらってたよ」



 そういえばそんな約束もしてたかも。

 星川は文句を言いながら、空きペットボトルの山を踏み越えて勝手に座椅子に座る。


 草野の母親は遊びに来る星川が大好きで、うちで作った煮っ転がしを持って帰らすほどだ。

 星川もにこにこと対応し、次に来たときに「美味しかったです。もう他で煮物食べれませんよ~」とか抜かすものだから、母親の中で絶大な人気を誇っている。


 座椅子に座った星川が手元にあったリモコンでテレビを付ける。

 番組はまだ「有名女優、噂の彼との関係を大胆告白!」とテロップが出ている。



「消せよ、わざわざ視聴率あげてやるのがもったいない」

 

 イラついた様子で草野はリモコンをひったくり、テレビの電源を落とした。


 例の『木曜日事変』の事を知っている星川は、草野のこの手の癇癪には慣れっこだった。

 一緒に出かけても、電車の中釣り広告や看板にいちいち文句を言う面倒な奴だと言う事も知っていて、その諭し方もうまい。


 しかし今日に限って、星川はそんな草野を見て、ううん、と小さくうなると 



「よし、草野君。その女性恐怖症を克服しよう」



 と手を打った。


 あん? と草野が生返事を返すと、星川は目をキラキラさせている。


「今度さ、僕の冠番組ができるんだよ。

地上波じゃなくてネット番組なんだけどね」

 

鞄をごそごそやって一枚のチラシを取り出した。


掲げたそこには、『新番組開始! ハル☆ボシに願いを!』とカラフルな文字が書いてあり、いかにもなモデル立ちをした星川の写真がある。


「お前が番組MC?」


「僕、一応父がやってるタレント事務所に入ってて、ドラマやCMのオファーもよく来るんだけどね。

ほとんどが『星川豊の息子』としての仕事なんだ。だからずっと断ってたんだけど」


「もったいねーな」


「今回の話は、雑誌のインタビューで僕が『座右の銘は?』と聞かれた時に『踏んだり蹴ったり。なぜなら女性に踏んだり蹴ったりされたいからです!』って言った記事をたまたま番組のプロデューサーが読んでくれてて、僕の中に可能性を感じて、レギュラーに起用してくれたんだって」


「思い切ったなプロデューサー。生き方がファンキーだな。お前もよくそんな事言ったな」


「そこで草野君に提案があるんだけど、番組のADのバイトをやってみないかい?」


星川は拳を握るとぐっと前へ突き出した。


虫に食われた首筋をポリポリと掻きながら、



「…………おぉ? なんだいきなり」


 草野が机に肩肘をついてだらしなく返事をすると、



「さっき一階で君のお母さんと話したけどね、あんまり心配をかけてはだめだよ。せっかく大学に行っているのに、バイトもしてなきゃサークルも入ってない。帰ってきて部屋にこもってはゲーム三昧。

不健康で不健全な生活を送ってるだろう」



清潔感のある白いシャツが大層お似合いな星川は、頷きながら何やら決意した様子だ。


机の上に山になっている、いらないダイレクトメールの裏に、マジックでなにやら文字を書きだした。


 書き終わったそこには、


「心の友、草野君応援キャンペーン☆

 『バイトで稼いでニート脱出!』

 『人とのコミュニケ―ションを円滑に!』

 『ロマンティックが止まらないような恋をしよう!』」



 と書かれている。ペンにキャップをしてうんうんと頷く星川。 



「おいお前!」


 油性のマジックを使うのに下に何も敷かなかったせいで、木製のテーブルの上にくっきりと今書いた三カ条がうつってしまっていた。

慌ててウエットティッシュで拭こうとするも、時すでに遅し。少しも取れる気配はなく、草野は舌打ちをした。


「ごめんごめん、弁償するよ!」


「あーあ……まあいいよ」


 申し訳なさそうに謝ってテーブルを拭いてた星川だったが、どうやっても取れそうにない。諦めたようにため息をつくと、草野の方に向きならって眉をきりっとあげて鼻息荒く意気込む。


「いいかい、バイトをすることによってお金が入る。そのお金は貯金をするもよし、趣味に費やすもよし。

経済力は、そのまま自分の自信にもつながるものさ。


そして、上司や同僚と働くことで、空気を読む力やコミュニケーション能力を身につける。社会人に必要な、空気を読む力も養える。


極めつけは、一緒に同じ目標に向かって大変な事を乗り越えると、自然とお互いの間に恋心が芽生えるものだ。

そうやって現場の女の子と恋人同士になれば、もう怖いものなしだろう!」

 

書いた紙を指で示しながら、暑苦しく熱弁していく星川。


そういや受験時代の予備校の先生に、こういう熱血漢いたなぁと思いだす。

あーいいですかぁ、伸びない生徒には先生おこらないぞぉ。

泣いても笑ってもあと一カ月、受験を勝ち抜くのは最終的には精神力! 

さあ赤本が破れるまでひたすら解きまくれ―い! とか。


「治そう、草野君。女性恐怖症をさ。僕は全面的に協力するよ。

コンプレックスは心の傷だ。努力すれば治るんだよ」


「やめろやめろ。カウンセラーみたいなことを言うのはやめろ」


「君の事が心配なんだよ。この就職難の時代、ちゃんと自立して生きていけるのかって」


「お前は俺の母親かよ」


「僕は恩返しがしたいんだ」


「鶴かよ」



ツッコミが追いつかない。


星川は嫌味でもからかいでもなく本気で言っているから、尚更たちが悪いのだ。

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